女性は強い・・・のかな?
「今控えさせておるのがアンネリーゼじゃ。しばらく、そなたとともに働くことになろう、よろしく頼むぞ」
エルランディア城の一室。朝日が窓から差し込む中、二人の女とひとりの男が向かい合って話をしていた。
「ショウです、よろしくお願いします、お嬢さん」
「……こちらこそ」
少し機嫌を損ねた様子で頭を下げる女騎士、その姿には抜き身の刃のような鋭い雰囲気をまとい、背筋を伸ばした立ち姿はりりしい。その口を固く結び、ショウを正面からしかとみる目には石の光を宿している。髪も短く切りそろえているところをみると、男勝り、といった言葉がぴったりなのだろうか、こういう仕事だから、男に負けないようにと気を張ってきたのかもしれない。とはいえ、隠しようのないその美貌は、こちらに女ということを意識させずにはいられないものだった。
「ショウよ、妾の護衛をそんなに見るでない」
ミシュリーまで、少しばかり気を損ねたようだ。これはまずい。
「申し訳ない。それでミシュリー、この子にはあらかた事情を話した、という理解をしてよろしいでしょうか」
「うむ、でなければ呼ばぬな」
機嫌は治らない。お嬢様にはどうやらショウの預かり知らぬところに機嫌スイッチがあるらしい。思わず苦笑い
「はい、ということで、今日から七日間はなるべくミシュリーと陛下は行動を共にしてもらいたいのですが、大丈夫ですか?」
「それについては妾が父上に頼んでおいた。問題ない」
「では、もうひとつ。アンネリーゼさんは……使えるのですか?」
ショウにしてはものすごく直接的な物言いだ。アンネリーゼは怒りを隠そうともせず、いまにも飛びかかりそうだ。おそらく、軽い挑発なのだろう。意図を理解してか、いたずらっ子のような笑みを浮かべてミシュリーは答えた。
「妾が保証しよう、と言いたいところだが、試してみるか?」
「ぜひ」
「望むところだ、おい、表へ出ろ」
血の気の多いアンネリーゼの言葉をいなすように、ショウは答える。
「いや、いまここで、はっきりさせましょう」
刹那、全身を突き刺すような濃厚な殺気に部屋が包まれる。思わず、何歩か後ずさるミシュリー、小さな声で「ひぃ」なんて出してしまっている。
アンネリーゼはさすがといったところか、一歩も引かずに腰に差しているショートソードに手をかける。
「では、どこからでもどうぞ」
殺気を出している本人とは思えないほどのんきなことを、のんきな口調で、笑顔とともにのたまった。
「貴様ッ!」
頭に血が上ったアンネリーゼは、腰の剣を抜き放ち、思い切りショウに叩きつけようとした。が、剣が抜けすらしない。驚いて手元を見ると、柄頭を抑える手が見え、顔を上げるといつの間にか鼻先数センチにショウの顔が迫っていた。
「おや、この程度?」
思わず飛びずさってしまってから、少しいらだつ。このムカつく男に一発ぶち込んでやらないとと、心が急く。
「おやおや、では、少し攻めさせていただきますか」
またしてものんきなその口調に苛立たされる。だが、そんな考えもありえないほどのスピードで眼前に迫る拳を確認して吹き飛ばされた。かろうじて利き手で受け止め、顔面まで吹き飛ばされるのは避けたが……思い出すと肝が冷える。
パンチを繰り出した後、また距離を取るショウを見送った後、じんじんとする手を自らの剣に持っていく……が、剣はなかった。
「まあ、よく頑張った、と言っておきましょう」
剣をこちらに向けながらショウは言う。腹立たしいことに、いままさに切っ先を自分に向けている剣、それが先ほどまで自分の腰にあったものだった。
「ミシュリー、このお嬢さん、なかなか強いですね」
「なぜっ!……なぜこうも無様に負けたわたしをそう評価する?」
自慢げに答えようとした主を差し置いて、この男に問いかける。問わずにはいられなかった。
「普通の近衛兵ならば、顔面を殴られておしまいです。それくらいのつもりで殴りました」
「しかし!」
「アンネ、この男に評価されておるのだ、喰いつくよりまず誇るがよいぞ」
ミシュリーが、二人きりの時にしか使わない愛称でアンネリーゼを呼んだ。そして続ける。
「あの『血濡れの教授』、もしくは『勇者』といった方が通りがよいか、その男にほめられたのだ。負けるのはある意味当然だったのじゃ」
「では……失礼いたしましたッ!あの名高い勇者様だとはつゆも知らず!」
「いいんですよ、大した人間でもありません。教授だの何だの呼ばれますが、名前にふさわしい人間ではないですよ、僕は。というよりミシュリーは僕のこと話してくれてなかったんですね……」
笑いながら男は答える。
「むしろ、先ほどまでの非礼を詫びたいのはこちらの方です。さすが、ミシュリーのお眼鏡にかなうことだけはある。これから少しの間、お世話になりますね」
「はい!ぜひご指導を……ところで、あの、ひとつ尋ねてもよろしいでしょうか?
「もちろん」
「なぜそんなに謙虚なのでしょうか?」
アンネリーゼは、勇者と呼ばれるほどの男だから、もっと傲慢なものを想像していたので、そのイメージとのギャップに少なからず違和感を感じていた。
「いや、いつも言うようにそんな二つ名がにあうような人間じゃないですって」
「では、そなたはつけるとしたらどのような二つ名にするのじゃ?」
いたずらっぽく、ミシュリーが尋ねた。すると、はにかむようにショウは答える。
「しいて言うなら――――『嘘吐き』ですかね」
その後、執拗に対人戦のレクチャーを要求する女騎士にショウは辟易とすることになった。
「だからといって、この妥協案ですか」
もうちょっと、うまくできなかったものかと自分でも思う。手合わせか、怪我しなきゃいいけどね。早く終わらせないと、日が暮れちゃう。
僕とアンネは、城の中庭のようなスペースで向かい合っている。ちなみにミシュリーは少し離れたところでにやにやと見ている。ちょっと……もうっ!
「とりあえず。アンネリーゼさん、魔法についてはどれくらいできますか?」
剣術主体の戦法であることは話してもらったが、魔法の方を尋ねてみた、やはり、少し疑問に思っているのか、そんな表情を少し見せて、はきはきと答えた。
「そんなに得意ではないですが、一応それなりには使える方だと思います」
「これから敵になる人間に向かって手の内を明かすとは、ずいぶん余裕ですね」
我ながら、これは少し汚かったか。が、アンネリーゼはすこしあわてた様子で口に手を当てた。なんというか、素直というか、バカ正直というか。
「ともかく、どうぞ?」
半身になって構える。相手も様子が変わったことに気付いたのか、まとう空気を変えた。
しばしの空白――――矢が飛んだ。風の刃がショウを襲う。いきなりの魔法にしては練度が高い。詠唱もしていたようだが、小声で聞こえないように配慮もしていた。が、視覚を強化していた僕にとってはテレフォンアタックもいいところだ。
「ふふっ、なかなかやりますね」
あくまで余裕を見せながら、左に飛ぶ。的を失った刃は地面をえぐる。ショートソード型の木剣を持ったアンネリーゼに対して僕は無手。これだけでもなんだか見下した印象があるのだが、それでも怒られないのはこの肩書のおかげか。
「風の矢よッ!」
大声で詠唱を行った。そう、アンネリーゼに聞こえるように。
アンネリーゼはあわてずに飛んでよける。これで、位置関係は始めた場所からちょうど90度回転した。この位置関係になった時点でアンネリーゼの負けは確定した。
「アンネリーゼさん、まずは一本、です」
きょとんとしてしまった。
「後ろを見てください」
アンネリーゼの後ろにはミシュリー。
「もし、ここで僕が何か飛び道具で攻撃した場合、避けるとどうなるかわかります?」
アンネリーゼははっとした。
「そう言うことです、では、二本目いきましょうか」
深くうなずき、今度は懐に飛び込んでくるアンネリーゼ。ラークのそれより洗練されて隙のない剣術に、アンネリーゼの積んだ修練の量を思い、舌を巻く。
かといって、無手では受ける手立てもない、紙一重でひらひらとよける。もしラークなら少しは付け入る隙ってものがあるのに、いやでも、下手に隙だと思って手を出すとブラフだったりするからたちが悪い。なんて考えるほどの余裕はあるのだが。
今度はぶつぶつと詠唱を始める。聞こえなさそうで聞こえる、そんな絶妙な声量で炎の矢の詠唱を。
手のひらをアンネリーゼに向けた瞬間、分かっていたかのように水の盾を展開させる。が、炎は現れずに、代わりに激痛が体を走り抜けた。かろうじて世界が暗転するには至らないが、それでも膝をついてしまった。
「これで二本目です。『嘘吐き』の本領、理解してもらえましたかね?けがはないと思いますが、これでお開きでいいですよね?」
パタパタとミシュリーが駆け寄ってきた。
「アンネ、なぜあそこで水の盾だったのじゃ?ショウの魔法は妾には雷に見えたのじゃが」
「僕が炎の詠唱をしながら雷の魔法を打ったんです」
「そうか、さすが……なのかの?種を明かすと簡単なことのようじゃが」
本当のことではあるが少し心外な言い方だ。
そこで少し落ち着いてきたアンネリーゼが話を始めた。
「いえ、姫様。普通魔法を扱うものは、最初は詠唱による補助を借りながら魔法を学びます。だから、強固なイメージが詠唱に張り付いてしまって、他の属性のイメージを乗せるなんてとてもとても」
そう、魔法を扱うのは、精密な絵画を書くと同じもの。詠唱はそれを版画にしたと思えばいい。同じ版を使いながら別の絵は描けないのが当たり前。その当たり前を捻じ曲げているのだ。
「もっとも、僕の弟子はできていますけどね」
エリスの場合は、詠唱をまったく教えてないから版画の版を用意しながら使わずに絵を描くということも当たり前のようにできるというだけなのだが。すこしだましてしまったような気分だが、二人の驚く顔を見られるのだからいいものだ。
「とにかく、今日はもうお開きにして休みましょう?明日も早いですし、陛下の方もきちんとおまもりせねば」
茜色に照らされていた中庭の空は、いつの間にか書き割りのような闇に包まれていた。