弟子VS王族
王宮に向かう馬車の中唐突にミシュリーはショウに聞いた。
「おぬし、ファリアスに向かっていくとき、怖くなかったのか?」
それは、純粋に疑問に思っているように見える半面、確認のようにも見える問いかけだった。しかし、聞かないではいられなかった。
「情けないことに」
笑いながらうなずく。しかし、ミシュリーの表情は変わらない。
「ならばなぜ、あのようにふるまった?」
「僕にもよくわからない、というよりうまく言えないですが、それでもいいですか?」
首肯する。するとぽつぽつとショウは語り始めた。
「もし、あそこで僕以外が行ったら、確実に死んでいたでしょう。もし、それを僕が見ていたとしたら、僕はその絶望に耐えられるでしょうか?答えは否です。僕はその重みに耐えられずにつぶされてしまうでしょう。それが嫌だったんです」
「しかし、おぬしとて同じじゃないのか?おぬしとて、死んだら悲しむ者がおろう」
あの弟子たちの姿を見ていなかったのだろうか。だとしたらとんだ利己主義だ。
「僕は、魔女との戦い以降ほとんど不老不死なのです。だから、大丈夫。とはいっても、死んだことはなかったから確証がなくて今思うと大した冒険ですが」
いかにも荒唐無稽な話だが、この男ならありうる話だ。
「つまり、僕は僕の大事な人が死ぬのを絶対に見たくないから行ったんです。それなら、僕の方が先に死にたいと思うくらいに嫌なんです。大事な人の死に、僕は耐えられないから」
「そうか、おぬしは弱いのじゃな」
それは、ある種の答えだった。目の前の男、勇者と呼ばれているこの男は、とても弱くて、もろい。この男は守るための強さを持っているわけじゃない。持っているのは逃げるための強さなのだ。死におびえ、逃げ惑う。皮肉にも、弱いからこそ勇者になりえた。かれは勇者じゃない。かれの弱さこそ勇者なのだ。かれの弱さが彼を奮い立たせる。
「そうです、僕は弱いです。うんざりするほどに」
自虐的な笑みで語るショウは、ものすごく悲しそうだった。
「そうじゃ、おぬしは弱い。弱くて、弱くて。その弱さは――――――もはや強さじゃ」
やはり、この男の言った通り、うまく言葉にはできない。しかし、理解することができた。理解したうえで、ミシュリーはこの弱い男とともに歩んでみたい、そう思った。
「ショウよ、久しぶりだな。初めて会ったのはいつのことだったのだろうか、そちは変わらぬな、懐かしいぞ」
「陛下こそ、変わらぬ様子で。ますますのご活躍が見れましたこと、とてもうれしく思います」
「以前のように接してくれぬか?肩が凝ってかなわんわ」
銀の髪をした齢は五十ほどであろうかと思われる男がショウに話しかける。エルランディア城の一室、そこではショウ、皇帝、ミシュリー、シャルル、アリエルが顔を合わせていた。
「ならば、お言葉に甘えさせていただきましょう」
「ショウ、君、よく生きてたね。ミシュリーは知らせを聞いた途端飛び出していったったけど、僕らは一応客人だったから無理だったんだ。ごめんね」
軽い調子で王子は言う。ショウもこういう人柄は好ましく思っている。
「ありがとうございます。死にかけはしましたが、並大抵な丈夫さじゃないですよ」
だから、こちらも軽い調子で。
「ところで、おぬし、妾らを集めて、何の悪だくみを始める気じゃ?」
ミシュリーが意地悪く聞いてくる。
「ちょっと、魔女退治をね」
「今さっき、謁見の間には、皇妃様と皇子様もいらっしゃいましたね。結論から言いますと、皇妃様から『魔女』の気配がします」
一同は騒然となる。この国の皇妃、名をベアトリスというのだが、彼女はミシュリーの母ではない。ミシュリーは側室の子なのだ。そして、皇子、こちらの名はカール、かれはベアトリスの子である。ところが、ミシュリーは才に恵まれ、しかも彼女の母と皇帝とは互いに愛し合っていた。そのため、ミシュリーを次期皇帝に推す声も無視できるものではない、といった状況もあったのだ。
「でも、なぜじゃ?ベアトリスは『魔女』に与しているというのか?」
「はい、ほぼ確実に。そして、目的はおそらく陛下とミシュリーの暗殺でしょう」
再び騒然となる。ショウは話を止めない。
「ここまでの旅の道のりの中での襲撃の多さも説明がつきます。そして、皇妃の側のメリットは、息子の皇帝即位、『魔女』側はエルランド―ガイナス間での同盟もしくはエルランド―シュメリア間での同盟の妨害といったところですか」
一同は、ショウの言葉に納得する。国のトップに立つ者として、切り替えは早いようだ。
「そう考えると、陛下の暗殺を第一にするでしょうね。ミシュリーが生きていても、今の力関係で行ったらカールの即位を押し切ることは不可能ではないですし、そうしてしまえば『魔女』の思うがままですから。で、その暗殺のチャンスは案外近いうちに訪れるのです」
「武道大会か?」
ミシュリーが答え、笑顔でショウは言う。
「正解です。武道大会、特に表彰式でしょうね」
「そうか、表彰は父上が自らするものじゃな」
「じゃあ、ショウはどうするんだい?間違っても、ベアトリス様やカールくんが暗殺を実行するわけじゃないだろう?」
ミシュリーと、シャルルが言う。アリエルはたぶん、話についてこれないらしい。
「まず、僕が実行犯を探します。『魔女』の息がかかった者なら感覚で分かります。そして、僕たちの弟子には武道大会に出てもらおうと思います。なんだかんだ言っても、表彰される人が一番実行しやすいですから」
「もしかして、エリスも?」
アリエルがやっと参加してきたが、別のことが気になっているようだ。
「戦いたいのですか?でも、あなたはおそらく出場できないでしょう?」
しょぼん、とする黒髪の美少女、それを困ったような目で見ている兄。
「と、思いきや、舞台なら用意できると思いますよ?」
一転、きらきらした目でショウを見るアリエル。
「どっ、どういうことじゃ?主催はエルランドじゃ」
びっくりした様子でミシュリーが言う。同じエルランド側でも落ち着き払った皇帝を見習うべきだ……とは思うものの、そんなミシュリーもいい。
「エキシビジョンマッチ、どうなっていました?」
皇帝の方に視線を送ると、すぐに答えてくれた。
「カールとシャルルだったはずだが?」
「僕とカールにしてもらえませんか?そして、エリスとアリエルの戦いも入れてもらって。ついでにシャルルもうちの坊主と戦いますか?」
「ぜひ」とシャルル。この子も素直な子だ。
「ねぇ、ショウ、お願いがあるんだけど」
アリエルが上目遣いでショウを見ながら言う。
「はい、とりあえず何でしょうか?」
「エリスに勝ったら、わたしも弟子にして?」
「それは僕もお願いしたいな」
二人で、いつもいつものお願いをしてくる。いつもなら心を痛めながら袖にしているのだが、今回はちょっと違う。
「もちろん。頑張ってくださいね」
そう、あいつらに勝てるかな?
「そんなことがあったんだ、お兄ちゃん」
ふふふ、なんて笑いながらエリスが言う。今さっきからつぶやく内容が、「これであの女を徹底的に…………」だの、「王族を殴る……」だの、この子はとんだバーサーカーだ。
「俺も楽しみっすよ。シャルルはいい奴だけど、手加減は無用っすよね」
シャルルとラークはだいぶ打ち解けたらしい。こっちはこっちで気合は十分だ。
「あはは、僕もなんだか本気を出さなきゃいけないかもしれないですね」
ショウはそう言うが、弟子たちはものすごく意外そうな顔をする。
「ショウさんが?たかが一国の皇子に?本気?あり得ないですよ、殺す気ですか?」
「そうだよ、お兄ちゃん。いくら暗殺計画を練っていそうでも、まだやってないんだから」
二人ともかれらの師の頭の中身を心配しているようだ。
「いえいえ、それくらいしないとこっちが痛い目見ちゃいますって。それに、対人戦での僕の本気、見たことないでしょ?楽しみにしておいてくださいね」
はい!と元気に返す。伝える内容はこれで終わりじゃない。
「あと、君たちには武道大会に出てもらうことにしました」
「それは、力試しってことですか?」と、ラークが尋ねる。
「いえ、そういう意味でもいいですが、君たちならたいていの人間では太刀打ちできないでしょう。君たちには、皇帝に差し向けられた刺客を食い止めてほしいのです。おそらく、参加者にいます」
「どういうこと?」とエリス。
「表彰圏内の活躍をして、おそらく表彰式で計画実行でしょう。君たちも、表彰されないとだめですよ」
表彰式で、君たちが一番陛下に近いところで警護するのです。と締める。
「つまり、暗殺者が表彰されないようにしたらいいってこと?」
「まあ、それはおそらくできないようにされていると思いますが、そういうことです」
「ショウさんはどうするんですか?」
「僕は、出場者の全員を洗います。そして、観客とか、そこらへんです」
今回は、弟子が活躍する番らしい。がんばれ、弟子。
「さあ、今年もやってまいりました、エルランドに集う強者たちの宴――――――」
司会のような、キラキラした格好の男がけたたましく叫び、観衆は波のような雄たけびを上げる。魔法だろうか、キンキラ男の声がさらに大きくなっている。その中にいても、ショウはさすがの風格、心を乱すことなくたたずんでいた。隣にはエリス、ラーク。この二人はあたりをきょろきょろ見回していたのだが、三人は円形闘技場の中央、ちょうど正方形の形をした舞台に向かっていた。
「まずはエルランド武道会恒例のエキシビジョンマッチだぁ――――っ。今年の――――――――」
聞いちゃいない。だが、観客のボルテージは最高潮。そんな時、この声のみは、三人の耳に届いた。
「さぁ、第一試合はお隣、シュメリア王国のシャルル王子とかの『勇者』ショウの弟子、ラークだ。熱い試合を期待してるぜえええ」
「ラーク、君とは手合わせしてみたいと思っていたし、そう言っていたけど、こんなに早く叶うとは思わなかったよ」
「俺も、シャルル、怪我したくなかったら本気を出した方がいいよ」
「よく言うね、僕にそんな口を利けるのは僕の周りにはいないからね、新鮮で面白いよ」
ここまで会話したところで、試合開始の合図が鳴り響いた。のまれそうな声に押されて、二人が互いに闘技場中心に飛び出していく。
ラークの武器はいつものツヴァイハンダーと同じような剣、シャルルは片手のロングソードだ。どちらも刃がつぶしてあり、切れないようにはなっている。シャルルは盾と剣、うまいようにラークの剣劇をいなしている。
「ラーク、その程度なのかい?」
そうつぶやくと、横なぎの剣を盾で受け止め、滑るようにラークの懐に入っていった。
もらった!そう思いながらシャルルが剣を突き出すと、おもむろにラークが剣から左手を離した。と、思うと、半身になってシャルルの一撃をすり抜ける。その回転をそのままに、剣に残した右手を中心にターンする。そして、つぶした刃を左手の後ろ手にキャッチ、そのまま回ってシャルルを弾き飛ばした。
観客たちはラークの舞を目の当たりにし、一瞬の静寂に包みこまれ、そののちに爆発した。そのなかで、当り前のように見ているのはかれの師だけだった。
「っ、ラーク、さすがだね。刃がつぶされているとはいえ、普通はできないよ、あんなダンス」
「おいおい、この程度。まだまだ」
思わず、そのラークの言葉に苦笑いをしてしまった。次に意識を集中させた時、ラークの姿はなかった。
「おいおい、二度目だぜ」
うしろから声が聞こえる。首には剣が回って、もはや抵抗は不可能。
「参ったよ」
こう、言うしかなかった。
第二試合、エリス対アリエル。二人は何の言葉も発さずに舞台の端に立っている。おそらく、魔法のための集中だろうか。早撃ち勝負なのだろう、勝負はもう始まっていた。
「それでは――――始めぇっ!」
言うが早いか、舞台の両端から走る閃光、舞台中央で激突したそれは、小さな嵐を巻き起こす。会場全体が暴力的な風に包まれて、ところどころで悲鳴が上がる。さなかにいるはずの二人はまるで何事もなかったかのように平然と立っている。いや、立っているのはアリエルだけだった。
嵐がおさまり、巻き起こった砂嵐も去ったことで視界がはっきりとしてくる。が、いるべき場所にエリスはいない。吹き飛んだか、とも考えたが、その刹那、左方から熱を感じたアリエルはとっさに舞台中央に向かって跳ぶ。案の定、いままでアリエルがいた場所は黒焦げになっていた。
「よく避けたわね。これならどうっ?」
そう言うと、手のひらから閃光を走らせた。とっさに避けたが、視界が一瞬奪われる。その間に、左のほほに鈍い痛みが走り、体が横に吹き飛ぶような感覚があった。
視界が戻ると、思いっきり殴り飛ばした後のエリスの姿が。
「あんた、ちょっと、グーでって頭おかしいんじゃないの?」
「いいのよ、一度は殴ってみたかったし」
しれっとそう答えるエリスは、本当になんとも思っていないようだった。
「もうそろそろ、終わらせたいわね、いい?」
そう言うと、エリスは有無を言わさずに集中を始めた。
思い通りに行ってたまるもんですか!そう思い、詠唱をする。
「雷よ、つらぬけっ!つらぬけっ!つらぬけーーーーッ!」
三本の閃光を放つも、あの暴力女を仕留めるには至らない。届く前にかき消されてしまう。これは、エリスのアクセサリーの効果。意識的に流す魔力を多くして、効果を強めているのだ。
「炎よ、燃やせ、炭になっても、灰になっても、燃やしつくせ。まずは矢となり、そして海となれ」
そんな物騒な詠唱を、その間に完成させてしまう。これはまずい、と思って右に飛び退くが、ふと足元を見ると石のタイルが敷き詰められた舞台から草が生えてアリエルの足をからめ取っていた。まずいと思って脱出を試みるが、すでに遅すぎた。いや、むしろ炎よとか詠唱してたのに、火が出てない。
恨めしく思いながら、こちらに飛びついてくるエリスを眺める。思いっきり固めたこぶしを振りかぶり、一陣の風となり、一本の矢となり、拳がアリエルの美しい顔をうちぬこうとした時、アリエルの意識は暗転した。
それから、エリスの勝ち名乗りがあげられるまで、少しの空白があったという。
「寸止めかぁ、エリスも我慢が聞くようになりましたね、ショウさん」
「そうですね、でも、むしろそこよりもエリスのケンカ殺法を褒めてあげてください。てんで武術の型は成してないけれど、あれは痛そうですから」
そう言いながら、ショウは肩をすくめる。
「まあ、冗談はそこまでにして、ラーク、君も強くなりましたね。あれはちょっと、とっさにはできない技ですね。考えてたんですか?」
そういうと、ラークは首を振り、こういった。
「いやいや、刃がついてる剣じゃ怪我しちゃいますし、あんなにうまくいくとは思わなかったですよ。エリスの方も、詠唱をブラフに使ってましたね」
「とっさにあんなダンスができるのは普通じゃないと……ああ、エリスの方ですね、彼女もかなり意地悪なことをしますよね」
「と、言うと?」
「彼女、あのまま力押しの魔法でも勝てたのに、わざわざ一発殴るために……とはね」
そう言いながらラークの方を見ると、ラークは満面の笑みで
「エリスですから」
と、言った。