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勇者と弟子の歩む道  作者: いーもり
16/22

のんきな旅路の、のんきな終わり

「これでもう十四回目ですよ、いくらなんでも多すぎませんか?ショウさん」

 そうコメントしているのはラーク、それに同意するようにエリスもうなずく。ここまで七日旅をしてきたわけだが、十四回も盗賊に狙われるとは。でも、エルランドの首都、エルランディアまであと少し。うんざりする気持ちと出口が見えてきた喜びとが入り混じる表情をしていた。

「何か心当たりはありませんか?みなさん」

「ないなぁ、疫病神が付いているとしか思えないよ」とシャルル。

「わたしもないわ」とアリエル。

「妾なのかの?心当たりはないのじゃが」

「そういえば、何でシャルル様はエルランドに行こうとしているの?」

 エリスが尋ねる。アリエルに尋ねてないことから分かるように、この二人、仲が悪い。とんでもなく悪い。

「僕は、エルランドの武道大会で、エキシビジョンマッチをやることになっているんだ」

「わたしはそのつきそいよ」

「あんたにゃきいてないわよ」

 はいはい、喧嘩しない~~とショウはいさめるも、効果はなし。ラークは青い顔をしている。王族というのはえらいものだと思っているのだろう。その通りではある。

「ところで、ショウもエキシビジョンマッチの話は聞いていないのかい?おそらく知っているものだと思ったのだが」

「はい、聞いてはいましたが、まだ返事はしていません。向こうについてからでいいといわれましたので。もっとも、お断りさせていただくでしょうね」

「なぜじゃ?おぬしの戦いを楽しみにしておったのに」

 しょぼーん、とした様子でミシュリーが言う。

「まあ、いろいろありますが、一番は痛い思いをしたくないことですかね」

 なにっ!と、憤った様子でショウに詰め寄るミシュリー、こっちはだんだんと仲好くなってきている。その様子は大変ほほえましいものだったそうな。

「分かりました、分かりましたから。次の襲撃者は僕が撃退します。二人に任せたりしませんって」

 実は、ショウはほとんど戦闘らしいものをしていないのだ。ラークの指示で、索敵魔法を維持させることを最優先としていたからだ。それに、エリスとラークだけで十分だったのだ。さらにはさらにはアリエルがエリスに張り合いたいのか、首を突っ込んで魔法で援護とかもしていたので、なおのこと。

 ふんっ、妾はあきらめんからなっ!とミシュリーは言う。このときはまだ、迫りくる惨劇の足音に気付いている者はいなかった。



「ショウさん、そう言えばこの大陸についていろいろと教えてくれませんか?今まで村にこもりっきりだったんでまったく分からないんです、僕たち」

 ラークはそう言いながら目をキラキラさせている。エリスも以下同文。

「はい、喜んで。まず、この前に話したことは覚えていますか?」

 そう言うと、エリスが勇ましく答えてくれた。

「北にこれから行くエルランド帝国、僕たちがいたのは東のシュメリア、北はえーと、ふぇ、ふぁ、ふぇえ、ふぉ……」

「フェルマン共和国よ、あんた、その程度も覚えられずにショウの弟子を――――――」

「で、西は小国家群だったよね、お兄ちゃん!」

 無視するなっ!と叫んでいるアリエルをしり目に、よくできたでしょ!と言わんばかりのまなざしを向けてくる。

「はい、そうですね。それで、僕らの国はいいとして、これから行くエルランド帝国ですが、大陸で最も大きい国です。軍事力も強く、実質もっとも立場の強い国ですね」

 それからもうひとつ、とさらに続ける。

「王家の伝統も古く、シュメリアの王もエルランドの分家から派生していっているのです。だから、エルランドの長は皇帝、シュメリアの国王より上の立場にいると名目上はなっています。これで、名実ともに、ですね」

「へえ、じゃあすごいんだ!」

 エリスは分かっているか分からない返しをする。まあ、これでかなり理解しているからすごいのだが。

「親戚同士だからかこの二国は仲がいいんです。だから今度も同盟のお誘いが来たんでしょうね。次はフェルマンです。この国は大陸唯一にして最大の共和国。つまり、王様がいない国です」

「そんな国があるんですか?大丈夫なんですか?」

 ラークの驚き方は見ていて気持ちがいい。説明のしがいもあるってもんだ。

「なにやら議会というものがあって……この話は長くなるのでまた今度。国王が決められないのは、フェルマンに住む人々の問題があるからです」

 問題?とエリスは首をかしげる

「はい、フェルマンには人間のほかに、獣族、精霊族といわれる人々がいるんです。だいたい人数は同じくらいで、もし一人、王を決めたなら即座に空中分解です」

 へぇ、と声を漏らすが、顔を見るときちんと理解できているようだ。

「ちなみに、獣族は魔力を体外に出せないから普通の魔法が使えないかわりに強化魔法が得意、精霊族は一度に多くの魔力を体外に出してコントロールできるから普通の魔法が高威力になり、その代わり強化魔法は使えないのです、人間は言わずもがな中間ですね。身体的な差異はほとんどないです」

 そう締めくくると、ミシュリーが話しかけてきた。

「さすが、旅をしてきただけのことはある。精霊族は人を嫌うと聞いていたのじゃが」

「そうでもないと思いますよ」と、苦笑しながら返す。

 


――――――さて、そろそろ僕の出番かな?

「みなさん、敵です。おそらくですが、ちょうど前方に待ち伏せているものがあります」

「何人ですか?」とラーク

「影は一つです。人間くらいの大きさ。ほら、見えてきた。」

 そう言ったショウの言葉にたがわず、前に黒い点のような影があった。草原地帯にポツンとひとつ。しかし、まがまがしいまでの存在感を放っている。

「遠見の魔法で確認しよう」

そう言って、目の前に鏡のようなものを出すシャルル。そこに映っていたのは、黒い靄、人型の、古びた剣を持った、黒い靄だった。

 誰が言ったのだろう。恐怖に染まった震える声で、絞り出すように、ファリアスだ……と。



「約束通り、僕だけで行きますよ。正直、いやだなぁ」

 周りの空気とは裏腹に、努めて明るい声でそういった。

「無理っすよ!アイツは三種しかいないギルドの討伐区分特級ですよ!殺されますって」

 青い顔でラークが叫ぶ。それもそのはず、ファリアスは達人の域の剣の技もさることながら、物理攻撃も、魔法による攻撃も効かないのだ。こちらからは有効打を与えられない魔物、どうやって倒せというのだ。この魔物の討伐成功の例は皆無であり、それどころか姿を見て生き残った人間すら片手で足りるほどしかいないので、怪談の域にすら達しているものなのだ。

「そうじゃ、ラークの言う通りじゃ。おぬし、よもや死ぬ気ではなかろうな」

 怒気をはらんだ声色でミシュリーが言う。

「大丈夫です。僕は死ねません(・・・・・)から。これから僕は、あいつと戦いますから、みなさんは平原を大回りするようにして先に進んでください。目的地も近いから、ここで馬をつぶす勢いでお願いします、まさかとは思いますが、心配して戻ってくるとか、そんな馬鹿な真似はしないでくださいね。もしも明日になっても帰らなかったら、迎えをよこしてください。そこら辺でのたれている可能性があるので」

 あくまで軽く、そう言い放つ。そう、このくらいの死線など、数え切れないほど越えたのだとでも言うように。

「分かった、ラーク、出してくれ」

 シャルルはそう言って、ラークを促す。王子にしてはいい判断だと内心で誉めたたえる。

「分かりました、ショウさん、信じてますからね」

 信頼か、重いこと重いこと。とにもかくにも、死ぬわけはない。そう、死ぬことなどあり得ないのだ。そう自分に言い聞かせ、防具を確かめ、得物を握る。革のグローブが音を上げる。ラークと同じツヴァイハンダー、高ぶる心を静める。

「では、行ってきます。また会いましょうね」

 そう言うと、まるで朝の散歩に出かけるような気軽さで、死地へと足を踏み出した。


地面に足をつけた瞬間、自分の持てる最大の力で、自分の体を強化した。まるで矢のように、まるで嵐のように、大地をかける。その様子を見ながら、化物はゆるりとその剣を構える。

小細工は無用とばかりにショウは剣で斬りつける。が、まるで雲を切るかのように、手ごたえはなかった。が、これも予想の範囲内。強化された脚力で空中高く舞い上がり。上空から魔法をうつ。ショウから放たれた幾筋もの雷は、敵を打ち抜く槌となるはずだ。地面からは魔法によって土が舞い上げられ、しばしの時間視界を奪う。

土ぼこりがおさまるが。そこにはファリアスが、さながら悪魔のように立っていた。



――――――こりゃ、無理だ。

そんなショウの心を見透かしたか、今度はファリアスがショウに刃を向けた。

ある時は袈裟がけに、ある時は横なぎに、ある時は斬り上げ、そして突く。変幻自在のその技に、翻弄されながらショウは思う。

もしかしたら、コイツ、魔法は使えないんじゃないか、と。

思った瞬間、自らのすべての力をかけて、ファリアスから距離を取ろうと後ろに飛んだ。が、ファリアスの方が上手だった。強化されたショウ以上のスピードで迫るファリアスに、ショウは大いに驚いた。

じゃあ、もう武器を破壊するしかない!

あの黒い靄のような体には触れることができない。ならば、この剣を壊せば攻撃手段を奪えるのでは?

思いっきり、剣をうちすえる。ただし、今度はファリアスの持つバスタードソードに向けてだ。

キィィィンと、耳を裂くような音とともに、剣が砕けた。ショウの持つツヴァイハンダーが。

――――――――もうナイフしかない!

数十秒前の自分を殴りたくなった。

もっとも、最後の手段は残してある。痛いから、いやなんだけどなぁ。でも、迷っている場合でもないや。そう決心したショウは、ナイフを手にして好機が訪れるまで待つ。

ファリアスの猛攻をナイフひとつでいなす、その様はまるで踊っているかのようだった。しかし、少しずつ、ファリアスの攻撃がショウの肉をえぐり、皮膚を切り裂いていった。はたから見ると、もはや立っているのも不思議なくらいの出血量だ。

何分か、はたまたもっと続いたのだろうか。幾分かの防戦の最後は、ファリアスの突きだった。それはショウの体を貫き、ダンスを終わらせた。



「――――――やっと、突いてくれたね」

 そう言ったショウの口元には笑みが浮かんでいる。口の端から一条の赤い線が形のいいあごにまで伸びている。すると、離さない、とばかりに、手が切れるのもいとわず自らを貫く剣を握りしめ、ファリアスの、剣を持つ手を切りつけた。

 一瞬、黒い靄がその剣から離れる。その隙を逃さずに、ショウは剣を握ったまま思い切り後ろに飛び去った。ファリアスから得物を奪い去ったのだ。

 だが、もう反撃する力もない。ゆっくりと、暗転していく視界の中、まるでもう用済みとでもいうかのように悠然と去っていくファリアスの背中を見た気がした。






 ショウ=サザールス。子供のころあこがれた、勇者の名だ。

 彼は強者だ。英雄だ。そう思っていた。

 だが、それは違った。『勇者』らしからぬ男だと、二人きりで語る夜を重ねるたび、そう思うようになった。

 今だって、ショウは勇者ではないと思っている。それは変わらない。

 なぜなら、「痛いから戦いたくない」などとぬかしよった。ふぬけめ。

でも、妾はあやつのことを憎くは思えない。むしろ好意すら抱いていると思う。それが男女間のそれかは…………分からないが。

 あやつは妾のことを「気に入った」といった。そんなことがいえるものなど、いるものか。あやつは、妾にへりくだらない。かといって、軽んじもしない。弟子に対してもそうだ。あやつは、すべての人を対等に扱い、対等に敬う。そしてその者の人となりを見極めようとする。妾は、あやつの目にどう映ったのだろうか。

 そしてあやつは、ひとりでファリアスに向かって行きおった。弟子にも止められていたのに。何を考えているのか、まるでさも当然かのように、死地へ歩みを進めた。だが、妾は見てしまった。剣を握るとき、必死に心を鎮めようとしていた。

 あやつの心の裡は、おそらく恐怖に支配されていたのだろう。ならばなぜそれを隠してまで?わからない。あやつが帰ってきたらとことん聞きだしてやろう。なぜだか、あやつは必ず帰ってくる、そんな気がする。


 今、馬車の中で、シャルルの遠見魔法で、あやつの戦いを見ている。これが勇者の戦い。次元が違った。美しかった。

 馬車にいるのはラークを除く四人。全員、固唾をのんで見守る。が、むしろ見とれているといった方が正しいのではないか。

 と、その時、ショウの剣が砕け散った。一瞬、不安になるも、戦意を失わずにナイフを取り出し構える。敵を見据えるその眼に、すいこまれそうになる。

 だが、ナイフでは無理があるのか、防戦一方だ。ときどき飛んでいるショウの血に、エリスは顔を青くし、アリエルは悲鳴を上げる。妾も、飛び出していきたい衝動を抑えるのが精いっぱいだった。御者台から、ラークの、こちらもあせったような声色で、もうそろそろゴールです、用意してください、という声が聞こえる。

 別段用意することもなく、ずっと戦いを見ている。と、その時、不意にショウの動きが止まり、その口からは鮮血が流れ落ちた。ファリアスの剣が体を貫いていた。

 おにいちゃん!そう叫んでエリスが馬車から飛び出して行きそうになる。必死にシャルルが抑えるが、取り乱したエリスにはもはやだれの声も届かない。アリエルは気を失っている。妾は、ここですべてを投げ出して意識をなくせたらどれだけ救われるか。と、アリエルをうらやましく思う。ただそれだけだった。





エルランドの首都、エルランディアにはほどなくして到着した。シャルルたちシュメリアの王族は、すぐに捜索隊を出そうと主張したが、ラークはそれに断固として反対した。何のためにショウはひとりで行ったのかと。もし近くにまだファリアスがいるとしたら、二次災害は免れない。結局、捜索隊は次の日の夜明けを待つことになった。門番には、ラークたちが宿屋の場所を伝え、ショウが来たら連れてくるように頼んでいた。妾も帰ってきたらすぐに報告を上げるように命じておかねば。

 この弟子の姿を見て、ショウはどういう評価をするだろうか。おそらく、ほめるだろうな。この子たちに小さなショウを見る。この子たちは、おぬしを信じている。それを心得ぬショウではない。だから…………帰ってくるよな。 


ちょっくら実家に帰らなきゃいけないもので、土曜の更新はお休みします。

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