そして明日も戦いの日々
夕ご飯。とうとう約束の時間がやってきた。
「じゃあ、これからの方針のために簡単に打ち合わせしておきましょうか、王子様、王女様に皇女様」
ラークにエリスはきょとんとした後、また悪い癖が始まったよといったあきれ顔になった。
「うん。改めて自己紹介させてもらうよ、僕はシャルル=シュメリア。この国の第一王子だ。ラーク君、さすがはショウの弟子というべきかな?君の技は見せてもらったよ。今度手合わせしてもらいたいな」
「わたしはアリエル=シュメリア。同じく第二王女よ。シャルルはこう言っているけど、アンタたちよりわたしの方がショウに教えてもらうべきなんだから!」
弟子たちの顔が真っ青になっている。あー、これだから師匠は止められない。おもしろ。
「妾はミシュリー=エルランド。エルランド帝国の第一皇女じゃ。主らの力は見せてもらったぞ、これからも頼む」
まあ、ショウ=サザールスあての指名依頼がまともなはずないでしょう?
「今さっき、ミシュリーは僕に何か聞きたそうにしていましたが、何でしょうか?」
皇女を堂々と呼び捨てにするショウの態度に、弟子たちは失神寸前だった。
「そうじゃそうじゃ、おぬしはあの『救世の勇者』なのか?」
「『救世の勇者』だってぇ~~~~」
ラークが驚くのも無理はない。この国で一番読まれている子供向けの本の中に出てくる、始祖竜を狂わせて世界を壊そうとした『魔女』を殺して世界を守った主人公の二つ名こそ、『救世の勇者』だったのだ。そしてこれは実話に基づいていることは有名な話だったのだが……
「はい、僕のことです。」と、すこし寂しさをうかべ、いとしさをにじませた声色で答える。
「おお!!一度は会いたいと思っていたのじゃ。あの物語を知ってからな、その『勇者』に会うことが妾の夢だったのじゃ!」
えらく興奮してまくしたてる。だが、ショウはそれほど嬉しそうではなかった。
「それでは、自己紹介がすんだところで、いくつか質問したいのですが」
「なんじゃ?」
一気にミシュリーのまとう空気が変わる。しかしまだラークとエリスは放心状態にのままだ。
「あなた方がこんな粗末な馬車を使って、こんなに少ない護衛で旅行しているんですか?しかも、王都はエルランドの皇女が来ているというのにいつも通りでしたし」
「それは……言ってもいいものでしょうか?」
王子が皇女に確認を取るように視線を送る。
「よい、隠しておく意味もない。妾がこの国に極秘で訪れたのは、西の小国群の動向のためじゃ」
「戦争しているのはいつものことでしょう?」
シュメリアのある大陸には、三つの大国と多くの小国がある。
大陸西一帯をシュメリア、北をエルランド、南をフェルマンがおさめ、西は小国家が乱立し群雄割拠といった様子である。また、大陸中央には竜の住む山があり、そこは人が住めず、代わりに竜の国があるといわれている。もっとも、生きて帰ってくるものはほぼいないので本当かどうかは分からないのだが。
「いや、最近はある一国がどんどん周りの国を吸収して、先日西の中では最大の国となった」
渋い顔をしながらミシュリーはいった。
「それは…………」
どの国ですか?と問う前にミシュリーは答えた。
「ガイナスじゃ。」
「でも、それだけだったら大した問題でもないと思うのですが」
「それがな、ガイナスには厄介なものが味方しているという情報があるのじゃ」
「誰ですか」
それは――――――――――――『魔女』じゃ
その夜のこと。ミシュリーたちはすでに眠っている。「レディと床を同じくするのは許されないよ」なんて気障なセリフを吐いて馬車の外でテントを張って寝ている王子もいるが、それでも熟睡しているようで、まったく王族のたくましさには目を見張るものがある。
「ショウさん、俺もいろいろ聞きたいことがあるんですけど、いいですか?」
「ダメです」
けんもほろろとはこのことか。そんなぁ、とラークは言うが、完全に聞いていない。
「それにしても、ラークもエリスも今日の戦闘を見させてもらいましたが、だいぶ慣れてきていますね」
話をそらした!とラークは思ったが、えへへ~なんて照れているエリスを前にして堂々と指摘するほど神経は太くない。
「ありがと~お兄ちゃん。それにしてもやっぱりお兄ちゃんはすごい人だったんだね。お兄ちゃんみたいな人が師匠でわたしも誇らしいよ~」
すごくうれしそうな声色でエリスは言った。どうやらエリスもショウには聞きたいことがあるらしい。それとなく話題を振っている。
「まあ、気にしないでください。それほどでもないです。尾ひれってやつです。」
すごい勢いで否定。そんなに嫌なのかこの話題。
「ああ、ひとつお教えしないといけないことがありました。護衛のときの注意点です」
完全に師匠モードに入ってしまった。こうなってしまうと取り付く島もない。もっとも、これから語られることはすごく重要らしいので、ラークもエリスもきちんと聞いている。こっちはこっちで弟子モード。
「護衛をする際、一番に気をつけないといけないことはなんでしょう?ラーク」
「護衛対象の安全ですか?」
正解です、と答え、続ける。
「じゃあ、こういう状況になったら君ならどうします?エリス。好戦的なモンスターが現れる、それで護衛は僕、ラークにエリスです」
しばらく考えるそぶりを見せるが、ほどなくして答える。
「一人……そのメンバーならもっとも強いショウさんをおとりにして、気を引いているうちに離脱。その後ショウさんが合流って感じでしょうか?」
「おしいですね。人数配分は敵の戦力による……と足せばおおむね大丈夫です。それじゃあ、護衛対象を商人と馬車の積み荷にして、敵を山賊にでもしましょうか、どうですか?」
今度はラークが答える。
「護衛対象に張り付いて、遠隔攻撃で仕留める感じでどうですか?」
「そうですね、何よりこの場合だと、護衛がおとり役にはなれないので大変ですね。それでおおむねいいと思います。みなさん、案外よく判断していますね。この任務中のリーダーは一応僕ですが、判断は二人に任せます。あんまり大外れだと僕が口をはさむので大丈夫です。さて、最後に、任務を成功させる上で一番重要なのは?」
生き残ること、二人で声を合わせ、任務中の夜の講義は幕を閉じた。
「きちんと師匠をやっているものじゃな」
そう声をかけると、子供のころからの憧れは、登場にさして驚くことなく答えを返した。「まあ、責任といったところでしょうか。それよりも、夜更かしはお肌の大敵です。ラークもエリスも寝ていますよ」
「ふふふ、配慮はありがたいが、おとぎ話の英雄が目の前にいるのじゃ、寝ているのももったいなかろう?」
「光栄ですが、そんな立派なものでもありませんよ。十六年、この名前に縛られています」
そう言うと、目の前の英雄は肩をすくめた。まったく、冗談じゃないと言わんばかりに。
「あなたも、そういう気持ちはよく理解できますでしょう?」
そうだ、この男の言うとおりだ。もし、皇女じゃなければ……と考えたことは、両手の指には到底おさまらない、だが。
「皇女だからこそ、今の妾がおるのじゃ」
うまくは言えないが、皇女としての責務、皇女だからこそかなえられる望み。そういうものをすべて抱えて、今の自分がある。そのことには感謝している。そう伝えたかった。
「そうですか、あなたは僕が思っていたより強い人のようだ」
「いいや、それは買いかぶりすぎじゃ。妾は、苦しむ民に何もしてやれないのじゃ。此度とて、守るべき民を死地に追いやらざるを得ないのやも知れぬ。それとて、妾にはなにも変えることができぬ。妾はその力で民を苦しめる『魔女』を屠った『勇者』とは違うのじゃ」
無能なのじゃ――――そう締めくくった。一体どうして、こんなことを言おうと思ったのだろうか、あの『勇者』ならば、何かを変えてくれそうな気がしたのだろうか。
終始笑みを浮かべたまま聞いていたショウは、まるで教え子に諭すように言葉を紡ぎ始めた。
「為政者の仕事は苦しむことですよ。民を知り、民に尽くしてなお、すべての民を救えない自分の無能に絶望してください。でも、僕はミシュリーが絶望とともに歩んでいることを忘れません」
忘れない、それだけで少し心が軽くなる気がした。
「それと、関係のない話ですが、僕は『魔女』を殺すことはできていません」
「どういうことじゃ?」
「それはそもそも、『魔女』というのがどういう存在かという話から始まります。あれは人間の生んだもの。世界を呪いながら死んだ人間たちの残していったものです」
「さっぱりわからないのじゃが」
そうですね、と苦笑しながらショウは続ける。
「世界を呪いながら死んだ人間たちは、死ぬ直前、その最後の力で魔法を使うのです。呪いという魔法を」
「呪い……」
「恨むぞ、殺してやる……といった感じですか。その呪いは、消えることなく世界にとどまります。それが、何十万人分も集まったものが『魔女』です。だから形を持たないし、消せもしない」
「ならば、どうやって」
「僕の体の中には、『魔女』の一部があります。『魔女』がこの世に顕現するにはある程度の力が必要だったので、それを奪うため、何万人分かの呪いを僕が引き受けたのです。言うならば僕も絶望を背負いながら生きているといったところでしょうか」
それはなにを意味しているのだろうか。この男の体の中には、何万もの救われぬ魂がとらわれているということなのだろうか。
「でも、これは一時しのぎにしかなりません、現に、ガイナスで『魔女』が顕現しているという情報もあるのでしょう?」
「あくまで噂なのやもしれぬぞ?」
「それならいいんですけどね。」
軽い調子で答えるが、ショウの顔には何やら重々しいものが張り付いているように見えた。
「とにもかくにも、これであなたを守る理由が一つ増えました」
「ほう、ぜひ聞きたいものじゃ」
「ひとつは依頼だから。もう一つは平和のため、最後に、気に入ったから。です」
「それは光栄じゃ」
顔を見合わせ笑いあう。焚火に照らされた二人の顔は、まるで自らの背負う荷を下ろしたかのようにすがすがしいものだった。