ごうとう が あらわれた?
借金返済のため、モンスターを狩る日々。とはいっても、それほど辛いものではなかった。エリスがモンスターを消し炭にしてしまったため、はぎ取りができずにもったいない思いをしたとか、ラークが昼食は必ず「さえずる小鳥亭」にするものだから、キャロとエリスが喧嘩して大変だとか、その程度だ。命をチップにしているからか、稼ぎだけはなかなかなのだ。
「これで今の全財産が十一万を超えたね、エリス」
「うんっ!さあ、ショウさんのところに帰ろう?」
弾んだ声でエリスが答える。これで試験はクリア。ちょっとは冒険者らしくなってきたってことかなぁ。
今度こそ意気揚々と引き上げようとしたその時、久しぶりに聞く声がギルドに響き渡った。
「おい、坊主ども、大変だっ。ちょっと来てくれ」
いつもの雰囲気から考えると、らしからぬあせり方でクロが二人に告げた。服はぼろぼろで泥だらけ。一体何があったのだろう?
「クロさん、どうしたんですか?」
尋ねると、少し声のトーンを落とし、周りに聞こえないようにして、信じられないことを言った。
「ああ、家に強盗が入ってな。不意を突かれたのか、ショウが捕まった。シロナも一緒につかまってる。俺一人でどうにかするには荷が重いからお前らに知らせにきたんだ」
「ショウさん……お兄ちゃんが?信じられない」
エリスも心底驚いているようだ。
「じゃあ、とりあえず警邏あたりにでも知らせた方がいいんじゃないっすか?」
「いや、ダメだ。あいつらの腰は重い。それに、たかが強盗ごときに後れを取ったとなると、少しまずい」
何がまずいのかわからないけれど、腰が重いというのは確かなことだ。
「分かりました、急ぎましょう」
こうして、もう終わったはずの試験、そのロスタイムが始まった。
ショウの家は、強盗がいるというのに不気味な静けさに包まれていた。
「俺は裏庭の方に回る。お前らは正面から入れ。ショウたちを見つけたら脱出、犯人はぶち殺せ」
簡潔に伝えると、もう始まっているといわんばかりにクロウは移動を始めた。
「じゃあ、俺たちも。いつものようにやろう、あと、二人で行動しよう。はぐれるのはまずい」
玄関をくぐると、きれいなエントランスが広がる、なかなかの広さと開放感があるはずだが、今回ばかりはそれが不気味でしょうがない。
感覚を強化しているのだが、強盗は気配すら掴ませない。いるのかいないのかわからない不確かな恐怖は、ちっぽけな心を押しつぶしそうなほど膨らむ。
――――――っ!
音にならない音。五感すべてを活用して、その居所をつかんだ。ラークの右方数メートル、あと数秒遅れていたら命はなかっただろう距離にそいつはいた。
影のような、人型。真っ黒のローブをかぶっているのだろう、視界にとらえてなお存在感が希薄なその人間に、二人ははっきりと恐怖した。
殺されるッ!頭によぎるが早いか、剣を影に叩きつけていた。
「炎よ、礫となりて 敵をうて!」
恐怖によってイメージがうまくできなかったのだろう、エリスは魔法で対抗する。だが、あさっての方向に飛んで行ってしまう。あたるはずがないと思って、影から目を離さないでいるが、突然、影がこれまたあさっての方向に飛び、エリスの作った火の玉に突っ込んでいくような形になった。
あれ、これはもしかして。
「エリス、炎系の魔法で攻めろ。たぶん影はよけられない……いや、避けないッ!」
そうエリスに伝えると、エリスも同じことを思ったか、矢継ぎ早に魔法で打ち抜く。ダメージを与えているとは思えないが、少なくとも身動きは止めている。
その時間で、ラークは思考を整理する。なぜ、あいつは魔法を避けないのか。避けられない理由があるのだろう。なぜだ?それに、強盗ならここまで巧妙な待ち伏せをするはずがない。俺だったら待ち伏せるより先にとんずらだ。クロさんが街に出ている間があったんだからむしろここでうじうじしている方が不自然じゃないか。
しかも、真っ暗なエントランスに黒のローブで待ち伏せ。これはまるで戦闘を予期していたかのようなものだ。これで考えられることは二つ。こいつは俺たちを何とかして消そうと思っているか、それとも――――――そういうことだろう。
「茶番はやめにしませんか?ショウさん」
そう言うと、エリスが驚いたような様子を見せる。だが、魔法は打ち続けているのだから天才と言わざるをえない。
黒いローブの男も、肩をすくませた後、そのフードを取った。
「やっぱり……」
フードの下からは、あきれたような笑みを浮かべているいたずら好きな俺たちの師匠の顔が現れた。
「さすが、僕の弟子です。なぜ、僕だと思ったんです?」
「わたしも聞きたい、ラーク、どうして?」
「待ち伏せる場所を暗くし、闇に紛れるため黒ローブを着ていた用意周到さと、ある程度の広さがあって家具も少ないエントランスを選んだうえ、炎系の魔法は家に着弾したら家事になりますから、全部受け止めてたじゃないですか。これって完全に家主の行動です」
苦笑いしながら答える。
「ある程度ヒントは用意したつもりなんですけどね。それでも、分かるとは思ってなかったんで驚きです」
「よくやったなぁ、ラーク。お前もなかなか侮れねぇじゃねぇか!」
豪快な笑いとともにクロさんが現れる。この人もグルか。そういえば、ぶっ殺せって……
「まあ、さすがショウの弟子ってところね。お姉さんも驚きだわ」
この二人は対のように出てくる。何かの決まりなのだろうか?
「そうですね。二人ともよくやりました。今日はお祝いにしましょう。用意はほとんどできていますよ」
そういえば、いろいろなことが用意周到すぎないだろうか。まるで今日返済できるようになるって分かっていたかのように……
「ねえ、なんでこんなに準備がいいの?」
「エルザやケントに頼んで、逐一報告してもらっていたのです」
僕らはこの人の手のひらの上を踊っていたということか。なんだか釈然としない。そんな気持ちを抱きながら初めての試験は終わりを迎えた。