この頃うわさのゆうしゃのでし
「では、いってらっしゃい。何か困ったことがあったら、町にはエルザやケントがいると思いますから、頼ってみてください。話は通しておきましたから」
突然だが、僕らは町でしばらく暮らすこととなった。きっかけは、今朝にさかのぼる――――――
「君たちに、ちょっとした試験を用意しました」
いつも通りの朝食、その最中にショウがこんなことを言い出した。
「試験って、なんですか?」
ラークが尋ねる。心なしか、その瞳には挑戦的な光が見て取れる。
「ちょっと、町で暮らしてもらおうと思います」
「「はい?」」
ラーク、エリスが同時に首をかしげる。
「君たちがここにきてから、もう一カ月経ちますね、その間、君たちの衣食住は僕たちが世話していたわけです」
うなずきながら話に耳を傾けるラーク、エリス。
「そのために使ったお金が、これくらいの額になるのです。」
そう言って渡された紙には、もっともらしい内訳と、合計額が書かれていた。
「えーと、俺が四万一千七百リドルに、エリスが三万九千九百リドル……って、何でエリスの方が安いんですか!」
「武具を買いに行った日など、町で昼食を取った時、君は何を食べましたか?」
うぐ……そう言ってラークは黙りこくってしまった。育ち盛りはよく食べるのである。
「それで、いくらなんでも無一文でほうりだすわけにはいかないので、一万リドルを貸しておきます。」
そう言って、小銀貨九枚と大銅貨十枚の入った袋を二人に手渡す。この国では、石貨一枚を一リドルとして、石貨、小銅貨、大銅貨、小銀貨、大銀貨、小金貨、大金貨の七種の貨幣が存在している。下から、一、十、百、千、万、十万、百万リドルである。もっとも、二人は小金貨でさえそうは見たことがないのだが。
とにかくも、二人は渡された袋の確かな重さに、なんとなく責任じみたものを感じていた。
「その一万リドルも含めて、僕に返しに来てくださいね。ギルドあたりで稼げばいいんじゃないでしょうか?二人合わせて十万一千六百リドル、耳をそろえて返してもらえる日を楽しみにしていますよ」
さわやかな笑顔で重いセリフを吐かれたラークは、ひたすらに苦笑いし、エリスはどうやらよく把握していないようだった。
時は冒頭に戻る。ケットの町の前で彼らが師と別れたラークたちは、まずは宿を確保しようというエリスの言葉により、意気揚々と…………とはいかないが、とにかく行動を開始した。
「……れは、…………の弟子じゃ……」
「弟子を……有名な………………勇者……」
どうやら、この町ではもはやショウさんだけではなく、僕たちまで有名人なようだ。道行く人の視線を一身に浴び、ヒソヒソ話のトピックは独占状態だ。たとえ全裸で歩いていたとしてもここまで視線は集まらない気がする。
「エリス、辛いな…………」
「何があ?」
エリスは強い子だなぁ。なんだか最近エリスに驚かされっぱなしだ。
「おい、お前があの『勇者』様の弟子とやらか?」
そんな声を聞き、振り返るとそこには腰にショートソードを刺した、線の細い顔立ちの少年がいた。身なりはなかなか、どこぞのボンボンだろうか?
「その『勇者』とやらが、ショウさんのことであるなら、そうだ」
少し……いや、かなり辟易としながら答える。その様子が不興を買ったのだろう。
「貴様らのような薄汚い人間が弟子になれたのも、あの『勇者』様の慈悲なんだろう?だがまあ、お前が弟子でいられるのは今日までだがな。そこの娘、お前もこんなお情けで生きているような馬の骨から、今日から『勇者』の弟子になる僕に乗り換えないか?」
エリスが激昂して何か怒鳴りそうになるが、その前にラークの堪忍袋の緒が切れたようだ。
「ショウさんの慈悲で僕らが弟子になれたのは事実だ。俺がまだショウさんの弟子として力不足なのも事実。だけどな、エリスはお前には渡せねえな。こいつの価値は俺が一番よく知ってる。お前にゃもったいなさすぎるさ」
あえて、バカにするような口調。ショウさんに鍛えられた結果がこれだよ。満足に怒鳴ることもできないなんて。
でも、この場合は効果てきめんだったらしい。血の上ったボンクラは剣を抜き、こう言い放った。
「貴様ぁッ、いいだろう、この僕直々に教育してやろう。光栄に思うがいいっ!」
「抜いたな?覚悟はいいな」
こちとら、ストレスがたまってるんだ、ボッコボコにしてやんよ。自分でも、獰猛な笑みを浮かべているのが分かる。
「ラーク、アンタは抜いちゃだめ。相手を殺しちゃう。あんなのでも殺したらゴミが増えて面倒でしょ?」
そう注意してくるエリスの顔は真っ赤である。どうしたんだろう。
「おい、早く抜かないか!怖気づいたのか?」
ボンクラは挑発するが、いたって冷静に。
「おいおい、お前ごときに?冗談だろう?かかってこいよ、時間が惜しい」
「貴様あッ!」
そう言うとボンクラは斬りかかってきた。言うだけあって、一応はきれいな剣筋で、なかなかの剣速で、俺の肩を狙ってくる。だが、裏を返せばそれだけ。素直な剣筋なら、そんなテレフォンアタック、修行を始めて三日で見切れるようになった部分だ。避けられないはずがない。
剣速は俺の方が上。駆け引きも、剣の扱いも俺の方が上。なんだか格下にむきになることもバカらしい。そんな気分になった。
相手の顔が、いびつに笑う、どうやら入れた気になっているのだろう。なんて冷静に考えながら足を一歩、後ろに引くことで半身になってよける。驚愕に染まるボンクラの顔も見てみたかったが、そのまま後頭部を押して、斬りかかってきた勢いのまま地面とキスをさせた。血に染まったボンクラの顔なら見られるな。
ギャラリーは固唾をのんで見守る。なんだかいたたまれなくなって、エリスの手を引いて、逃げるように、というより、逃げた。
「めんどくさかったなぁ、ってあれ、エリスは……?」
どうやら、あの人ゴミではぐれてしまったらしい。まあ、いざという時の集合場所もあることだし、大丈夫か。ええと確か、「さえずる小鳥亭」って、ネーミングセンスを疑うけど、そこに行けばいいのか。ここは…………右だな。
十分後。ラークはわけのわからないところにいた。
「おっかしいな、何でこんな路地に入っちゃったんだ?」
寂しさが心の中に芽生える。それを振り払おうと必死に独り言。それがさらに寂しさを呼び起こす。なんだかまずいぞ。とにかく通りに出ないと。
「やめてください!叫びますよ!」
そんな声が聞こえてきた。なんだか、切羽詰まってそうだけどいいや、道を聞こう!
そう思うが早いか、声のする方に走っていき、声をかける。
「あのぅ、すいませんが道に迷ってしまっ…………て?」
タイミングがいいのか悪いのか。路地の角を曲がるとそこにはチンピラと女の子が。
「おいおい、小僧。今は忙しいんだ、ちょっと待ってな。あとで道を教えてやるからよ、有り金全部と引き換えにな」
言いながら近寄ってくるチンピラ。ショウさんは敵戦力の把握は最重要だっていっていたので、念のため。チンピラ三人、不用意に近づくところをみると所詮はケンカ殺法の域を出ないだろう。とはいえ、慎重にいこう。
「お姉さんはこの人たちと知り合い?」
ひきつって、いまにも泣きそうな表情で首を横に振る。よし、無力化開始。
頭の中を切り替える。まずは、不用意に近づいてきたチンピラAの腕をつかみ、強化魔法で強化した膂力で残りのチンピラ向けて投げ飛ばす。Bを巻き込んで二人、無力化。
「怪我しないうちに消えな、三下」
言うが早いか、血相を変えて残りも逃げて行った。
「お姉さん、お礼はいいから、道教えてくれない?」
お姉さんは、呆けたまま、うなずいた。
お姉さんは、キャロラインというらしい。長いから、キャロと呼ばれているし、俺もそう呼んでいる。ショートヘアの、野に咲く花のようなたくましさと元気さをもった美しさを感じさせる少女。同い年だったから、お姉さんっていうわけでもなかった。それより、世間は狭い。キャロは「さえずる小鳥亭」の娘だったのだ。ほんと、面白いなぁ。
「でも、ラークがうちに用事があったなんて、面白い偶然だよね。まるで運命みたいだね。」
それには全面的に同感である。声が小さくて最後の方がよく聞き取れなかったけど。
「そこを曲がるとすぐだよ」
やっと、やっと着いた!思ええば長い旅だった。感無量。
たどりついた。そこにはすでに、不機嫌な顔のエリスがいた。
「遅かったね、ラーク。」
笑顔が怖い。
「ごめん、道に迷って」
「へぇ、その子は?」
そう言って、キャロの方に目を向けているエリス。睨むような視線におびえているかと思いきや、キャロは堂々としたものだ。堂々を通り越してメンチ切っているように見える。
「ああ、この子は路地裏でチンピラに絡まれているところを助けてね、ここまで道案内してもらったんだ、名前はキャロライン、キャロって呼んでる」
「キャロラインです。ラークに運命的に、ドラマチックに助けてもらいました」
なんだか、運命的とか、ドラマチックとか。大げさだと思うのは俺だけじゃないはず。
「ふぅん。わたしはエリス。ラークと一緒にショウお兄ちゃんのもとで修行してる。これから当分一緒にお金稼いで暮らす予定よ」
そうだけど、わざわざ言う必要はないんじゃないかと思うのは俺だけじゃないはず。
「そっ、そうですか、これからよろしくお願いしますね~~」
「こちらこそ」
二人は、はたから見ても友好的とは思えない雰囲気の中、自己紹介を終わらせたのだった。
「よければ、明日以降もぜひ来てください、お金は結構だと両親が言ってました」
「うん、ちょうど金欠してたとこなんだ。お言葉に甘えさせていただくよ」
願ってもない申し出に、内心は飛んで喜んでいるのだが、隣のエリスが口にするも恐ろしい顔をしているので、実際はほほ笑むくらいにする。何で不機嫌なんだろう。
「キャロ、じゃあ、またね。宿まで紹介してくれて、ありがとうね」
別れの言葉を言って、今日最大の目的、宿さがしに入る。とはいっても、すでに終わったようなものだが。
「ここね、あの気に入らない女が言っていた宿は」
ここ最近、エリスの口調がおかしい。まあ、今の発言は抜きにしても、ショウさんのことを「お兄ちゃん」と呼ばないことも多くなってきたし、発言が大人びてきている気がする。やっぱり、成長しているのだろうか。
「いらっしゃい、こりゃずいぶん若い夫婦じゃないか」
そんなことを入った瞬間おかみさんに言われる。不意打ちだったためか、エリスの顔は真っ赤だ。
「からかわないでくださいよ、一応これでもお客さんですよ」
「そりゃ悪かったね、で、何の用だい」
宿屋での用なんて、ひとつしかないように思うのだが。
「ちょっと部屋を借りたいのですが。わりと長めに滞在しようかと。そう言えば、「さえずる小鳥亭」の紹介で来たんですけど」
「そうかい、あそこにはよくしてもらってるからね。少しおまけして一泊、食事ぬきで一部屋八百でどうだい」
まあ、妥当だろう
「大丈夫です、じゃあ、とりあえず二部屋で十日分…………」
「ラーク、一部屋にしない?お金が浮くし」
エリスが言う。
「いっ、いいのか?それ。まあ、お前がいいならそっちの方がいいか」
「一部屋だね、じゃあ、八千もらうよ。あんまり夜はうるさくしないでおくれよ」
最後の不意打ちにも平然としていられるほど、二人の人生経験は豊富ではなかった。
宿についた時点で、空はもう茜色だったので、ギルドに行くのは明日にすることにした。
「いや、床に寝るからお前はひとりでベッド使え」
そんなベタなやり取りをする若人が二人。
「いいわよ、ラークなら、幼馴染でしょ?いまさら何を言っているの?」
「いや、いまさらでももうちょっと考えろ」
そう、エリスは掛け値なしの美少女なのだ。光り輝くロングヘア、上品な顔立ち、村娘のくせにどこかの王族のような気品を備えた、もうそれはそれはびっくりな美少女なのだ。そんなエリスと床を同じくしたら、ラークの中の若さが何をしでかすかわからない。そう少年は考えていた。
「とにかく、お休みっ!」
そう言うと、ラークは自分の分の毛布をひっかぶってしまった。ほどなくして、安らかな寝息か聞こえてくる。今日だけでも二回も喧嘩に巻き込まれた上に、街中をさまよい歩いたのだ、無理からぬことだった。
「なによ、幼馴染のくせに」
幼馴染なのに、何か一線を引いているラークにイライラする。幼馴染なのに、ラークに近くに来て、触れていてほしいと思う自分にイライラする。幼馴染なのに、幼馴染だからこそ、わたしはラークの何なのだろう。
「今日のラーク、かっこよかったな」
――――――こいつの価値は俺が一番よく知ってる、幼馴染だからこその言葉なのか、それ以上の意味があるのか。エリスには分からなかったが、心に染みいる温かい響きに心地よさを感じる。それが幸せだと、おぼろげながらエリスは思った。