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HALLOWEEN BLOOD KISS

作者: Betty Boom
掲載日:2026/10/31

ハロウィンの夜、招待状を拾った。


拾ったというか、一匹の黒猫が背負っていた。


街には魔女や骸骨、ゾンビに扮した人たちが溢れている。


店先にはオレンジ色のカボチャが並び、どこからともなく陽気な音楽が聞こえてきた。


今夜は、誰もが少しだけおかしくなれる夜だ。


黒猫の背中には、小さな黒い封筒が括りつけられていた。


「誰の仕業なの? おいで、スプーキー。いい子ね」


しゃがんで頭を撫でると、黒猫は私の足元に身体をすり寄せ、気持ちよさそうに目を細めた。


人懐っこい子ね。


私はそっと封筒を外し、中から招待状を取り出した。


――――――――――――――――


YOU ARE CORDIALLY INVITED


HALLOWEEN BLOOD KISS


あなたの血をください。


お礼に、一夜限りの夢を差し上げます。


OCTOBER 31 · 11:00 PM


13 Blackthorn Street


――――――――――――――――


「血? ドラキュラ?」


私は唇を舐めた。


面白そう。


顔を上げると、黒猫はいつの間にか姿を消していた。


「あれ? スプーキー?」


辺りを見回しても見当たらない。


まあ、いいか。


私は招待状をバッグにしまい、記された住所へ向かうことにした。


⸻


十三番地へ向かう途中。


賑やかな音楽に混じって、低いエンジン音が近づいてきた。


続いて、背後からクラクションが鳴る。


振り返ると、赤いコンバーチブルが私の隣をゆっくり走っていた。


「ヴィヴィ! あんたを探したわよ!」


運転席から身を乗り出した友達が、大きく手を振った。


「ロイのハロウィンパーティー、あんたも行くでしょう? 乗りなよ」


私は彼女の姿を見て、思わず吹き出した。


「ちょっと! それってもしかして!?」


彼女は得意げに髪をかき上げた。


天に向かって逆立った黒髪。その両側には、稲妻のような白いメッシュが走っている。


白い衣装には黒いレースが重なり、首元には縫い傷まで描かれていた。


「ロイがフランケンシュタインの仮装するって言うからさ! 分かる?」


「あははっ! それで、フランケンシュタインの花嫁?」


「大正解!」


彼女は投げキッスを飛ばしてきた。


「で、あんたは? 仮装しないの?」


「こんな可愛いモンスター、ほかにいる?」


「はいはい。いつもどおりね!」


「あははっ!」


二人で笑った。


「で、乗るの? 乗らないの?」


「あ、私、別のパーティーに行くから」


「はぁ? 誰の? まさかアクセル?」


「黒猫」


「…………は?」


私はバッグから招待状を取り出し、ひらひらと振ってみせた。


「血をください、だって!」


「ドラキュラ伯爵ですか!」


彼女は声を上げて笑った。


「名前はまだ分からないんだけどさ」


改めて招待状を眺めた。


やっぱり、差出人の名前はない。


「え、それって大丈夫なの? 善人とは限らないじゃない」


「うーん」


招待状を、鼻の前で嗅いでみた。


「事件の匂いはしない」


「私も行こうか?」


「ロイが待ってるんじゃないの? 私なら大丈夫だって」


「本当に? 変な男だったら逃げるのよ!」


「はーい。そっちこそ、フランケンシュタインとお幸せに!」


「ありがとー!」


赤いコンバーチブルは、爆音を響かせながら走り去っていった。


私は遠ざかる車を見送り、再び歩き始めた。


やがて、陽気な音楽も人々の笑い声も遠ざかっていく。


通りには似たような家が並び、窓からは暖かな明かりが漏れていた。


玄関先にカボチャを飾った家もあれば、庭に骸骨を立たせた家もある。


けれど、十三番地だけは違った。


招待状に記されていたのは、ハロウィンの飾り一つない、ごく普通の一軒家だった。


玄関灯すらついていない。


想像してたのと違う。


玄関脇には「13」の数字だけが掲げられていた。


招待状の住所と照らし合わせる。


番地は合ってる。


もう一度、建物を見上げた。


つまんない。


帰ろうかな。


でも、ノックだけしてみようかな。


変な人が出てきたら、ダッシュで逃げよう。


私は玄関の前に立ち、扉を軽く叩いた。


コン、ココン。


返事はない。


誰も出てこないじゃん。


コンコンコン。


それでも、扉は開かなかった。


私は庭に面した大きな窓へ近づいた。


カーテンは、ほんの少しだけ開いている。


両手でガラスへの映り込みを遮り、室内を覗いた。


室内では蝋燭の炎が揺れていた。


淡い明かりの向こうに、深い色合いのヴィンテージソファが見える。


壁には大きな裸婦の油絵が飾られ、あらわな胸元が蝋燭の明かりに浮かび上がっていた。


クラシックらしい音楽も聞こえてくる。


なによ。室内の雰囲気はあるじゃない。


もう少し覗き込んでみた。


けれど、人の姿は見当たらない。


パーティーにしては静かすぎる。


本当にここで合ってるのかな。


再び玄関へ戻り、扉を叩いた。


ドンドンドン。


今度は遠慮しなかった。


出てくるまで、叩き続けるつもりだった。


ドンドンドン!


そのとき、突然扉が開いた。


振り下ろしかけた拳が宙を切る。


次の瞬間、誰かに手を取られた。


顔を上げると、男が立っていた。


無造作に乱れた髪には、明るいメッシュが混じっている。


耳元には銀色のピアスが揺れ、首元にはいくつものチェーンが重なっていた。


開いたジャケットの襟元から、タトゥーが覗いている。


男は私の手を握ったまま、笑った。


「ハッピーハロウィン」


その歯には、トゥースジェムが光っていた。


尖った犬歯まで見える。


なにそれ。


めちゃくちゃ似合ってるじゃん。


私と同じ匂いがする。


ドラキュラ伯爵ではなかったけど、最高に好みだった。


「ハッピーハロウィン! これ、拾ったの」


私は手を引き、バッグから招待状を取り出した。


男はそれを受け取り、目を落とす。


そして、ゆっくりと私に視線を戻した。


「楽しんでく?」


私は頷いた。


中へ入ると、背後でカチャリと鍵のかかる音がした。


振り返ると、彼の手はまだ鍵に触れていた。


私の視線に気づいたのか、彼が尋ねる。


「怖い?」


一歩、近づいてきた。


私は少しだけ考えた。


「怖いことするの?」


彼は小さく笑った。


「どこからが、君の怖いことなのかな?」


彼の指が、私の髪に触れた。


「リボン可愛いね。でも、これは嫌いだよ」


そう言って、耳の十字架のピアスを軽く弾いた。


私は思わず笑ってしまった。


あくまでもドラキュラ気取りなのかな?


彼は私の顔をじっと見つめていた。


その視線が、目元から口元へとゆっくり移る。


そして、にっこり笑った。


「名前、教えてよ」


「ヴィヴィ」


「ヴィヴィ。覚えておくよ」


「あなたは?」


「俺はジェイド」


「ジェイド。名前も素敵ね」


「本当に? ありがとう」


私たちは、互いに視線を逸らさずに言葉を交わしていた。


胸が高鳴る。


「私、あなたが好き」


彼は嬉しそうに目元を綻ばせた。


そして、私の首元へ顔を寄せ、そっと息を吸い込んだ。


不意に近づいた唇に、思わず息を止める。


「俺も、君が好きだよ。何か飲む?」


彼は奥の部屋へと進んだ。


私はその後を追った。


⸻


部屋に入ると、古いレコードプレーヤーが目に入った。


低いテーブルの向こうには、窓から見えたヴィンテージソファが置かれている。


蝋燭の炎が揺れ、壁に飾られた大きな裸婦画を照らしていた。


柔らかな布の上に横たわる女の、あらわな胸元が淡い明かりに浮かび上がる。


白い肌と、ふくらかな乳房の曲線が、目を離しがたいほど艶めいていた。


思わず、自分の胸元に目を落とした。


……ふふん。私だって、丸くて可愛い胸してるんだから。


黒いLPレコードが回り、ヴァイオリンの妖しい旋律が流れている。


思ってたより、音量が大きかった。


これじゃ、ノックが聞こえないのも無理はない。


「何の曲なの?」


「サン=サーンスの『死の舞踏』」


「ハロウィンの演出?」


「気に入った?」


「うん! 雰囲気は最高! でも私、クラシックはよく知らない」


「クラシックにも、物語を描いた曲があるんだよ」


「そうなの?」


「この曲はね、真夜中に死神がヴァイオリンを弾くんだ。その音に誘われて、墓の中から死者たちが出てきて踊り始める」


彼の話に合わせるように、乾いた音が小気味よく響き始めた。


私は思わず笑ってしまった。


「やがて朝を告げる鶏が鳴くと、みんな墓に戻っていくんだ」


「……へえ」


彼は微笑んだまま、グラスに赤い液体を注いだ。


私はその背中を眺めた。


その見た目で、クラシックに詳しいなんて。


変わり者だな。


ま、そう思ってる私も、変わり者だけど。


彼が振り返り、グラスを一つ差し出した。


透き通った深紅の液体が、蝋燭の明かりを受けて艶やかに揺れていた。


受け取って匂いを嗅ぐと、ストロベリーの甘い香りがした。


また笑ってしまった。


「この赤い正体はストロベリーなのね?」


彼は笑って頷いた。


そして、手にしたグラスを持ち上げた。


中の赤い液体がゆっくりと揺れる。


蝋燭の明かりを映したその色は、私の飲み物よりもずっと暗かった。


「乾杯」


差し出されたグラスに、私もグラスを合わせた。


澄んだ音が響く。


彼が口をつけたのを見て、私も一口飲んだ。


期待を裏切らず、ストロベリーの甘さが口いっぱいに広がった。


少しアルコールも効いている。


彼は飲み干したグラスを置いた。


その口元から、一滴の赤い雫が伝い落ちた。


妙にねっとりとしていた。


私は自分のグラスを見つめた。


そんなに粘るような液体には見えない。


「同じもの?」


そう尋ねると、彼は口元を拭い、舌で上唇をゆっくりとなぞった。


「味、確かめる?」


味を確かめるって、どうやって?


私は彼の唇に目を向け、思わず笑みを浮かべた。


グラスを置いて、彼に近づいた。


けれど、空になった彼のグラスも気になる。


手に取って匂いを確かめようとすると、そっと手を止められた。


「こっち」


彼は腰を屈め、私と目線を合わせた。


吸い込まれそうな瞳だった。


「キスしたいの?」


彼は笑って頷いた。


「キスすれば分かるよ。俺たちの相性も」


私は思わず笑った。


「いいよ」


彼の顔がゆっくり近づいてくる。


私は目を閉じなかった。


綺麗な顔。


唇まで、あと少し。


「……目、閉じないの?」


「見てたい」


彼は小さく笑った。


「そういう趣味?」


「うん。あなたは、目を閉じるの」


「仰せのままに」


彼が瞳を閉じた。


長い睫毛。


そして、唇が重なった。


冷たい口づけだった。


体温あるの?


最初は、触れるだけ。


離れたかと思うと、もう一度。


彼の両手が腰に添えられた。


そのまま引き寄せられ、私の身体は少し後ろに反った。


今度は少し長く、唇を重ねてきた。


私は彼のシャツを掴んだ。


背中に彼の片手が回る。


甘い。


けれど、ストロベリーとは違う。


舌先に、微かな鉄の味が触れた。


確かめるように舌を絡めると、彼がその舌を吸った。


思わず、シャツを掴む指に力が入る。


私も吸い返した。


すると、背中に回った腕に、少しだけ力がこもった。


唇が離れても、彼はすぐには顔を離さなかった。


そして、笑った。


「主導権はどっち?」


「私」


彼は頷き、私の身体に視線を落とした。


「好きなこと教えてくれたら、全部してあげるよ」


なんて甘いことを言うんだろう。


私は彼の胸元のシャツをグイッと、自分へ引き寄せた。


「あなたの吐息を聞かせて」


もう一度唇を重ねると、彼も私を抱き寄せる。


どちらからともなく、私たちはソファへ倒れ込んだ。


柔らかな背もたれに身体を預ける。


彼の唇が耳元へ移った。


「ヴィヴィ」


耳元で甘く囁かれた。


そのまま耳たぶを甘噛みされ、思わず吐息が漏れた。


ジェイドの唇が、私の首筋に触れた。


私は彼の髪に指を通し、そっと抱き寄せた。


唇が肌を滑るたび、背中に回された腕に力がこもる。


耳元で、彼の吐息が深くなった。


首筋に触れていた唇が、ふと止まる。


浅い呼吸が肌にかかった。


それでも、離れようとしない。


私はそっと彼の頬に触れた。


指先に、微かな凹凸。


顔を覗き込むと、頬から首筋にかけて、細い血管のような筋が浮かんでいた。


「……ジェイド?」


名前を呼ぶと、彼が顔を上げた。


その瞳には、さっきまでなかった赤みが差している。


それでも、私を見つめる眼差しは変わらなかった。


そのとき、レコードから甲高いヴァイオリンの音が響いた。


さっきまで愉快だった旋律が、今は妙に不気味に聞こえる。


ふと、招待状の言葉を思い出した。


あなたの血をください。


お礼に、一夜限りの夢を差し上げます。


もしかして。


この人、本当に吸血鬼だったりするの?


そんなわけない。


……いや、あるの?


私はその唇を見つめた。


さっきの味。


やっぱり気になる。


「ねえ。血の味がしたの」


もし本物なら、血を吸われちゃうのかな。


死んじゃったりする?


それは困る。


でも。


目の前の男から、どうしても目を離せなかった。


「あなた、人間なの?」


その声は掠れて出た。


「ヴァンパイアだよ」


静かな声だった。


冗談なのか、本気なのか。


その表情からは読み取れなかった。


「怖い?」


ジェイドが笑った。


その隙間から覗いた犬歯が、さっきよりも鋭く尖っていた。


……え。


もう一度、その瞳を見つめた。


蝋燭の炎が揺れ、赤い光が瞳の奥で瞬く。


本物が本当にこの世にいたんだ。


震えるほど、刺激的だった。


怖くない。


むしろ。


「……綺麗」


ジェイドの頬に触れた。


やっぱり、冷たい。


彼は何も言わず、私の指先に口づけた。


そのまま手首へ、ゆっくりと唇を滑らせる。


「……ヴィヴィ」


名前を呼ぶ声が、耳に残った。


「私の血が欲しいの?」


彼は私の目を見つめ、小さく頷いた。


「少しだけ」


「血をあげたら、私は死ぬの?」


「死なないよ」


「私もヴァンパイアになるの?」


「ヴィヴィはヴィヴィのままだよ」


「いいよ」


ジェイドはすぐには動かなかった。


私の返事を確かめるように、じっと見つめている。


私は髪を片側へ寄せ、首筋を見せた。


彼の指が、こぼれた髪をそっと払う。


ひんやりとした唇が、肌に触れた。


一度。


そして、もう一度。


私は彼の肩に手を置いた。


首筋を伝う吐息が、少しずつ深くなる。


彼の腕が背中に回った。


次の瞬間、鋭い痛みが走った。


「……っ」


思わず、彼の肩を掴んだ。


首筋に食い込む牙。


一瞬、身体が強張る。


けれど、ジェイドは急がなかった。


背中を支える手が、ゆっくりと動く。


痛みは次第に薄れ、代わりに奇妙な温もりが広がっていった。


首筋から、胸の奥へ。


自分の鼓動が、いつもより近く感じられる。


彼の喉が、小さく動いた。


そのたびに、牙の触れる場所が微かに疼く。


私は目を閉じた。


遠くでヴァイオリンが鳴っている。


ジェイドの息遣い。


髪が頬に触れる感触。


それらが、少しずつ混ざり合っていく。


私は彼の髪に指を絡めた。


すると、首筋に触れていた唇が、ほんの一瞬だけ止まった。


また、静かに動き始める。


もう痛みはほとんど感じなかった。


ただ、離れてしまうのが惜しい。


そんな気持ちだけが残っていた。


彼の肩に預けた手から、力が抜けていく。


蝋燭の明かりが、閉じた瞼の向こうで揺れていた。


やがて、ジェイドの唇がゆっくりと首筋から離れた。


彼は私の身体を支えたまま、傷口に柔らかな布を当てた。


私はゆっくりと目を開いた。


赤い瞳が、すぐ近くにある。


「……大丈夫?」


私は頷いた。


すると、彼は私を抱き直し、そっと腕の中に収めた。


私は彼の胸元に頬を寄せた。


レコードから、聞き覚えのある旋律が流れていた。


いつの間にか、また最初から始まっている。


ジェイドの指が、髪をゆっくりと梳いていく。


「私の味、どうだった?」


「軽やかなのに、甘くてフルーティだった」


……ワインのテイスティングみたい。


思わず吹き出してしまった。


ジェイドも笑った。


私はその唇に、もう一度キスをした。


そして、そっと囁いた。


「トリック・オア・ブラッド?」


ジェイドが笑った。


「ハッピーハロウィン、ヴィヴィ」


今夜は、誰もが少しだけおかしくなれる夜。


どうやら私は、少しどころじゃなかったらしい。

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