表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
灰とスープと人喰い擬態生物《ミミック》 ~虚ろな灰は嘘をつく~  作者: 彼岸茸


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

8/16

8 老狩人の再訪

 ヴェラが怒って帰った後、アルヴィスは再び静かな寝息を立て始めた。

 私はその穏やかな寝顔を見ながら、長い夜の間、ひたすら飢餓感に耐えていた。


 目の前には美味しそうな肉があり、腹は空いているのに、食べたいと思えなかった。

 だが、本当に限界が来たら、そのときはきっと本能が勝ってしまうだろう。


 だからそれまでに、アルヴィスに「美味しい」と言わせたい。


 空が明るみ始めた頃、私は行動を開始した。


 スープを作ることにしたのだ。

 ヴェラに塩と砂糖の違いを教わったので、今度は前よりも美味しくなるはずだ。


 やることはだいたい前と同じだ。

 野菜や干し肉を適当に刻んで、沸騰するお湯で煮る。


 違うのはここからだ。

 二種類の白い粉――塩と砂糖を間違えないようにする。


 硬そうで荒いものが塩だ。

 二つの小瓶を手に取り、中身を確認する。

 たぶん……こっちが塩だ。さらさらしている。


 だが、これ、どれくらい入れたらいいのだろうか。

 その辺もヴェラに聞いておけば良かった。

 たくさん入れた方が味がついて美味しいかもしれない。


 きっとそうだ。


 目分量でどさっと塩を入れた。

 そうして具材を煮ていると、アルヴィスが目を覚ました。


「ん……スープの匂い?」

「アルヴィス、おはよう。また作ってみたから、飲んでみて」


 伸びをしてごそごそと体を起こしたアルヴィスに声をかけた。

 彼は顔を洗ってくると、テーブルについた。

 私は皿に移したスープをアルヴィスの前に置いた。


「なんか、こういうのっていいな」


 よく分からないが、アルヴィスが笑うので、胸が温かくなる。

 彼はスープに口をつけ、むせた。


「げほ、ごほ……これは、少し塩を入れすぎたのか?」


 さっきの塩の量はどうやら多すぎたようだ。


「ごめんなさい……私、味がよく分からなくて」

「大丈夫。こうすれば問題ないよ」


 アルヴィスは立ち上がると、スープの入った鍋に水を足した。

 そうすることで、塩味が薄まるらしい。

 温め直したスープを一口飲んだアルヴィスが頷いた。


「うん、これならイケる。ノアも飲むか?」

「え……私は、先に貰ったから、もうお腹いっぱいなの」


 咄嗟に嘘をついた。腹が減っても、人間の食事は受け付けないのだから、仕方ない。

 アルヴィスは再度、席に座りスープとパンを食べ始めた。


「ねえ、アルヴィス」

「なんだ?」

「アルヴィスはスープが好きなの?」


 彼は自分で食事を準備する時、必ずスープを作るのだ。


「すぐにできるし、安上がりだからな。硬いパンをふやかすのにも必要だし」


 そして、少し目を伏せて続けた。


「それに母さんが残したスープの味が好きなんだ」


 そういえば、アルヴィスの外見年齢は、人間だったらまだ親と暮らしていてもおかしくない。

 人間の外見から年齢を判断するのは難しいので、おそらく、だが。


「親はいないの?」

「……死んだよ」


 親が死ぬ感覚は擬態生物(ミミック)の私には分からない。

 私は私の親を知らないし、かつて産み落とした子も私のことを知るはずがない。

 だから、アルヴィスに対してどう答えるのが正解か分からず、黙ってしまった。


「……」

「擬態生物に殺されたんだ。無残に食われてね」


 アルヴィスの纏う空気が、ふっと冷たく鋭利なものに変わった。

 これまで見たことのない底冷えするような眼差しに、私の全身に嫌な感覚が走った。ぞっとする、という感覚だろうか。


 それと同時に、決して私の正体についてバレたくないと思った。

 いつも私に微笑んだり、心配そうにしたりするアルヴィスにとって、私は親の仇というわけだ。


 あんな視線をアルヴィスに向けられるのは嫌だ。


「だから、俺は狩人になったんだ。擬態生物を一体でも多く殺すために」

「……そう、なんだ」


 ああ、胸が苦しくなる。なぜだろう……アルヴィスにそんな顔をしてほしくない。


「私、頑張って美味しいスープを作れるようになるね」


 だから、私はそう言った。

 彼にはやっぱり笑っていてほしいと思ったからだ。

 アルヴィスの母親のスープを再現できれば、笑ってくれるはずだ。


「あ、ああ、頼むよ。まずは塩加減を覚えないとだな」


 険しい表情は消え、アルヴィスは苦笑した。


 アルヴィスの食事が終わり、皿の片付けをしていると、玄関扉がノックされた。

 この叩き方は以前も聞いたことがある。

 嫌な予感がする。


「ガレス師匠だ。今日は何の用事だろう」


 アルヴィスの呟きが聞こえ、やはりと思った。

 彼は玄関まで行き、扉を開けると、ガレスが入ってきた。


「アルヴィス、私、また出ておくね」


 ガレスとはあまり顔を合わせたくない。

 私を人間だと信じているアルヴィスや、どう思っているか分からないけど少なくとも擬態生物だと疑っていないだろうヴェラとは違う。

 この老狩人は私のことを疑っているのだ。


 一緒にいれば、私はボロを出してしまうだろう。

 だから、前と同じで外出しようと、ガレスの横を通り抜けようとした。


「まあ待て、娘よ」


 しかし、ガレスに呼び止められた。


「今日はお前と話がしたくて来たんだ」

「私と、ですか……?」


 ガレスの鋭い眼光が私に向く。

 ここで逃げたら、彼の疑念を深めてしまうに違いない。


「師匠、ノアは普通の女の子だよ」

「愛弟子が女を連れ込んだんだ。俺はお前の親代わりでもあるしな。どんな相手なのか気にするのは当然だろう」

「連れ込んだって……」


 間違いではないと思う。

 しかし、その確認以上のものをガレスの視線からは、どうしても感じ取ってしまう。


 仕方ない。

 ボロを出さないよう、慎重に対応するしかない。


「とりあえず、入ってくれ、師匠」

「邪魔するぞ」


 私も踵を返し、部屋に戻る。

 お茶の準備をして、三人でテーブルにつく。

 お茶はスープと違って楽だ。茶葉に沸騰したお湯を注ぐだけでいいのだから。


 ガレスは私が淹れたお茶を一口含み、顔をしかめた。

 味が良くなかったかもしれない。


「さて、娘よ。ノアと言ったか?」

「はい」

「お前はどこかから来た? 前はどこの街にいたんだ?」


 ずっとこの街にいるし、この街の名前がアッシュベルクだというのも最近知ったばかりだ。

 だが、アルヴィスには別の街から来たばかりだと説明した。


「街の名前までは分かりません」

「……親はどうした? その年齢で街から街に移動するのは大変だろう」

「親はいません」


 擬態生物なので、当然だ。どこかで生きているかもしれないが。


「この街にはなぜ来た?」

「たまたまです」


 ここまでは大した質問ではなかった。


「その包帯はどうした? 腕にも脚にも巻いているが」

「……皮膚病で」

「見せてみろ」


 そう言って、私の腕に手を伸ばしてきた。

 ひび割れを見られるのはまずい。

 ガレスだけでなく、アルヴィスにも正体がバレてしまう。


 かと言って、ガレスの腕を弾くのも変な話だ。

 私が固まっていると、いよいよ掴まれそうになる。


「師匠、嫌がる女の子を無理やり触るもんじゃないぜ」


 しかし、アルヴィスの言葉でガレスは手を止めた。


「ふん。言うようになったじゃねぇか」


 ガレスは引っ込めた手で、お茶のカップを持ち、口に運ぶが、


「熱っ」


 とカップを落とす。

 そのまま落ちたら、アルヴィスに熱いお茶がかかる角度だ。

 私は咄嗟に手を出してしまった。


 幸い中身は少ししかこぼれず、アルヴィスにもかかっていない。


 だが、私の動きを、ガレスが目を細めてじっと見ていた。

 今の反応速度はまずい。カップを落としたのもわざとだろう。


 アルヴィスにかかるくらい何の問題もないのに、動いてしまったのは私の落ち度だ。


「すまんな。火傷はしていないか?」


 ガレスは心配する風に私に尋ねる。

 彼の目を直視できないまま、私は答えた。


「は、はい。大丈夫です……」

「運が良かったな」


 アルヴィスはほっとしたように言った。

 ガレスはしばらくの間、鋭い視線を私に向けていたが、やがて溜め息を一つついて立ち上がった。


「あれ、師匠、もう帰るのか? 来たばっかりじゃないか」

「俺の用事は済んだ。また来る」


 最後に私を一瞥してから、ガレスは帰っていった。

 あの老狩人は、確実に私の正体を掴みかけている。


 この仮初の日常を守るために、二度と彼には会いたくない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ