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灰とスープと人喰い擬態生物《ミミック》 ~虚ろな灰は嘘をつく~  作者: 彼岸茸


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6 初めてのスープ

 翌朝、守ってくれる礼、住まわせてくれる礼として、アルヴィスにスープを作ることにした。

 これで彼からの信用をいっそう深めることができる。


 ――いや、本当はそれだけではない。


 私の中に芽生え始めた、この奇妙な感覚の正体が何なのか、確かめてみたかったのだ。


 今日はアルヴィスは狩人協会に顔を出すと言った。

 私にもついてくるか尋ねてきたが、さすがに断った。


 擬態生物(ミミック)にとって、狩人協会は天敵の集団だ。

 もし正体に気づかれれば、今のように弱っていなくても、あっさり殺されるだろう。

 アルヴィスの師匠ガレスもいるかもしれないのだ。


 ただでさえ、私は彼に疑われているので、変な場所には顔を出すわけがない。

 そんなわけで、私は家に一人だ。

 アルヴィスが帰ってくるまでにスープを完成させたい。


 スープを作るアルヴィスを何度も観察しているので、作る手順は理解している。


 まずは包丁を手に取り、具材を切っていく。

 人間を捕食する時や、狩人に抵抗する時に擬態生物が武器を持つことはない。

 私たちの中身は空洞なので、外見よりも体重が軽いのだ。重たい武器を振り回すことなどできない。


 しかし、包丁程度なら問題なく持てる。

 野菜を切り、干し肉を切る。


 水を沸騰させ、切った具材を投入する。

 ここで、何か白い粉を少しだけ入れていた。


 白い粉……とりあえず二つあるのだが、どっちだろう。

 人間であれば、舐めたらそれが何なのか分かるのだろう。


 しかし、擬態生物の味覚は人間のそれとは異なる。私も例外ではない。

 だからこそ、人間の食べ物を受け付けず、吐き気を催すのだろう。


 どちらか分からないなら、運に任せて片方を選ぶしかない。

 どれだけ煮たらいいかも分からない。アルヴィスは野菜の硬さがどうとか言っていた。


 食べることのできない私にはそれも分からない。


 こうして考えると、擬態生物が人間に似ているのは、本当に外見だけなのだと分かる。

 私とアルヴィスは決定的に異なる生物ということだ。


 それでも、こうして人間ごっこを続けることはできる。


 さて、スープができたので、一旦火を消す。

 それで終わりではない。主食のパンを用意しなければならない。

 在庫が切れているので、買いに行く必要がある。


 私は鏡の前に立ち、自分の姿を確認する。

 腕や脚に巻いている包帯からひび割れが覗く部位は……なさそうだ。

 首元や顔はまだひび割れていない。


 よし、大丈夫。


 向かうのは、アルヴィスがよく買うと話していたパン屋だ。行ったことはないが、アルヴィスとの話で、おおよその場所は分かる。


 ちなみに、必要なものがあれば買ってくれ、とアルヴィスにお金を渡されている。

 特に買うものなどないので、今がお金の使いどころだろう。


 人間に擬態するにあたって、ちゃんとお金の使い方くらいは理解している。


 硬貨を握り締めて大通りを進む時、すれ違う人間にじろじろと見られた。

 ひょっとして擬態生物とバレたかとも思ったが、そうではない。


 今の私は、手足に包帯を巻きつけた美少女なのだ。

 目につかないわけがない。


 気にせずに、パン屋に向かう。

 パン屋が近づくにつれ、いい匂いがする……のだろう。人間だったら、そう感じるはずだ。

 あいにくと私には分からないが。


 パン屋に到着し、いつもアルヴィスが食べているパンを買おうと思ったのだが、どれか分からない。

 黒っぽくて、硬そうなパンだったことだけは覚えている。

 だが、私にとってはどれも同じに見える。


 さて、どうしたものかと困っていると、店員が話しかけてきた。


「お嬢ちゃん、どうしたんだい?」

「……どのパンを買ったらいいか分からないんだ」

「お嬢ちゃんが買いたい奴でいいよ」


 私が食べるわけではないので、そう言われてもどうしようもない。


「私じゃなくて、一緒に住んでる男の子――アルヴィスが食べるパンが欲しい」

「うーん……さすがに客の名前まで覚えてないな」


 顔を見れば分かるかもしれない、と店員は言うが、アルヴィスは仕事中だ。

 まあどれも一緒だろう、と適当に選ぼうとしたところで、背後から別の声がかかった。


「アルヴィスって、あのアルヴィス? 狩人の?」


 振り返ってみると、くすんだ金色の髪を後ろで一つに結んだ少女が立っていた。

 腰には短い剣が二本、鞘に収められている。この少女も狩人なのかもしれない。

 店員はこの少女に私を任せる気なのか、仕事に戻っていった。


「うわ、すごい美人……じゃなくて、あんた、アルヴィスの知り合いなの?」


 少女は私の顔をまじまじと見つめ、一瞬呆けたように口を半開きにしたが、すぐに引き締めた。


「うん。アルヴィスにはお世話になってるんだ」


 事実を告げただけなのだが、彼女は露骨に眉をひそめ、表情が苦いものに変わった。

 ころころとよく表情が変わる少女だ。


「え……あいつ、いつの間にこんな美少女を……」

「……君もアルヴィスの知り合い?」


 そう尋ねると、少女は胸を張った。


「知り合いというよりも幼馴染ね。あんたよりも付き合いは長いんだから。あたしはヴェラ。あんたは?」

「ノアだよ」


 幼馴染というのがどの程度の関係性なのか分からない。ただ、付き合いが長いのなら、アルヴィスが好きなパンがどれか分かるかもしれない。


「ねえヴェラ。アルヴィスがよく買うパンってどれか分かる?」

「そんなの買ってどうするの?」

「アルヴィスに食べさせてあげたいんだ」


 ヴェラが驚き、そして肩を落とす。


「さっき、アルヴィスと一緒に住んでるって言ってたけど、本当なんだ……」

「そうだよ」


 今度は私をキッと睨んできた。


「……アルヴィスがよく買うのは、そこのパンよ」


 ヴェラが籠にたくさん積まれたパンを指さした。このパン屋で一番安いパンだ。


「ありがとう。助かったよ、ヴェラ」

「別にあんたにお礼を言われても嬉しくもなんともないけど……それにしても、その手足はどうしたのよ」


 私の包帯だらけの手足を見るヴェラ。


「ちょっと皮膚病で」

「ふーん……病院には行ったの?」

「……まだだよ」


 今後も行くつもりはない。

 人間の医者に擬態生物のことは分からないだろうし、擬態生物に医者などいない。


「そう……まあいいわ。じゃあね」


 ヴェラは「今度あいつに会ったら事情を聞いてやるんだから」とぶつぶつ言いながら去っていった。

 本当に「アルヴィス」の名前が聞こえたから、私に声をかけただけのようだ。


 ともあれ、買うべきパンが分かったので、いくつか買って帰る。


     ◆


 家に戻った私は、すっかり冷めていたスープを温め直した。

 やがてアルヴィスが帰ってきた。


「ただいま、ノア」

「お帰りなさい、アルヴィス」


 なんだろう、たったそれだけの会話なのに、なんだか温かくなる。

 アルヴィスは部屋に入るなり、すぐにスープの存在に気づいた。


「ノアが作ったのか?」

「うん。味音痴だから、味の保証はしないけど」


 味見すらできないのだから、とても食べられたものではないかもしれない。

 皿にスープを移し、テーブルに置く。その隣にはさっき買ってきたパンを添える。


「いただくよ」


 席に着いたアルヴィスがスープを口に運んだ。

 そして、眉をひそめ、飲み込んだ。


「……うん、ありがとう、作ってくれて。腹に優しそうな味だ」


 明らかに嘘だ。

 きっと美味しくないのだ。


 野良犬を食べている時の私も、きっとあんな顔をしている。


 それでも彼はスープを全部飲んでくれた。

 そんな彼に、なんだか胸が苦しくなる。


 ……ああ、そうか。これがきっと、悔しいということなのだろう。

 きっと私はアルヴィスに「美味しい」と言ってもらいたかったのだ。


 擬態生物と人間は本質的なところで分かり合えない存在だ。

 そんなことは分かっている。


 それでも、私はアルヴィスの瞳を見つめて、言った。


「今度はもっと頑張るね」


 うまく笑えただろうか。

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