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灰とスープと人喰い擬態生物《ミミック》 ~虚ろな灰は嘘をつく~  作者: 彼岸茸


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4 同胞の誘い

 アルヴィスの家で過ごすようになって、数日が経った。

 『擬態生物に襲われ、怯える可哀想な少女』という設定は十分に定着した。


 そろそろ一人での外出を切り出しても不自然ではない頃合いだ。


「少し外の空気を吸ってきたいの」

「一人で大丈夫か?」


 アルヴィスは完全に私を信じており、心配そうに私に尋ねた。

 実際のところ、擬態生物は群れる生き物ではないし、数もそれほど多いわけではない。

 なので、そうそう出くわすことなどない。


 食われた人間は運が悪い、と言えるだろう。


「大丈夫だよ。ずっとここにいるわけにもいかないし……」


 私は微笑んで見せた。

 今のは本音だ。


 擬態生物にとって、人間は捕食対象でしかない。私にとってのアルヴィスもそうだ。

 いつかは彼を食らって、どこか別の場所に行くつもりだ。


「……ノアさえ良ければ、ずっとここにいてもいいんだぜ」


 アルヴィスは少し照れたように、視線を逸らした。

 私が「出ていくための準備」として外出したがっていると勘違いしたようだ。


 こんな人間の反応は新鮮だ。


 これまでに捕食した人間は、最初こそ私の容姿に騙され、笑いかけてくることはある。

 だが、最後には恐怖に引きつった顔や、絶望に歪んだ表情になる。


 アルヴィスも最後はそんな顔になるのだろうか。

 ……それはなんだか嫌だな。


 人間と長く接することで、新しい発見がある。

 そう考えると、この人間ごっこも続ける意味があるというものだ。


「もし、行きたい場所がなかったら、そうするね」

「ああ、遠慮は要らないからな」


 私は小さく頷き、玄関の扉に手をかける。


「じゃあ、行ってきます」

「気をつけてな」


 背後で玄関扉が閉まる音が聞こえた。

 それにしても、「行ってきます」か。私は今のところ、ここに戻ってくるつもり、ということだ。

 一か所に定住したことがないので、不思議な感覚がある。


 今日になって外出を決めたのに意味はない……というわけではない。

 ちゃんと目的がある。目的というか、会っておいたほうが良い相手というか。


 どこにいるのか分からないので、適当に街をぶらつく。

 相手が先に私を見つけるだろう。


 活気があるとはとても言えない街だが、中心部に行けば、それなりに人も多い。


 親子連れや、男女二人で手を繋いで歩く人たちとすれ違う。

 あの手を繋ぐ行為には意味があるのだろうか。今度、アルヴィスと試してみれば、何か得られるものがあるかもしれない。


 ふと、背後から視線を感じ、振り向いた。

 そこには、コートを着こんだ美丈夫が立っていた。燃えるように赤い瞳が目立つ。


 彼は私についてくるよう、顎で示し、路地裏に消えていった。

 私もそちらに向かう。


 あの男――クーラが目的の人物だ。


 先日、アルヴィスの師匠ガレスが話していた、赤い目の擬態生物だ。

 私は「赤い目」というのを頼りに、なんとか記憶を掘り起こし、クーラのことを思い出した。


 別に会う必要があるわけではないが、捕食場所が重なるのは避けたい。それにアルヴィスがクーラに殺されるのは避けたい。

 私が食べる予定なのだから。


 なので、そのことをクーラに一言伝えておこうと思ったのだ。

 もっとも、クーラが捕食対象にするのは人間の女なので、そこまでの心配はしていない。


 人気のない路地裏には、野良犬や鼠がたむろしていた。

 私もクーラもそれらを気にせず、話に入る。


「やあ、久しぶりですね」

「そうだね。まだ生きていたようで何より」


 私たち擬態生物は人間よりも頑丈というわけではない。

 この前、アルヴィスが若い個体を殺したように、剣であっさり斬られてしまう。


 だが、私たちは人間よりも素早く動ける。剣に当たらなければ問題ない。


「貴女もね。まあ、貴女ほどの擬態生物がそうそう人間ごときに殺されるとは思いませんが」

「たまたま運が良かっただけ……君は捕食以外の目的で人間を殺してるんだって?」


 盗み聞きしたアルヴィスとガレスの会話で、ガレスがそんなことを言っていた。


「ええ、邪魔な狩人を少々。人間風情が僕を討とうだなんて、片腹痛いと思いませんか?」


 片腹痛いというのが、どういう感覚か分からないが、クーラは知っているのだろうか。

 もちろん、言葉の意味は知っている。


「油断しない方がいいよ。それより、君に言っておきたいことがあるんだ」


 アルヴィスのことを伝えておかないと。

 しかし、クーラはすでにアルヴィスのことを知っていた。


「ああ、貴女が今、一緒にいる人間の男のことでしょう?」

「うん。彼は私の獲物だから手を出さないで」


 クーラは少し考えてから、ゆっくりと口を開いた。


「……分かっていますよ。ノアさんが人間ごっこをしていますから。楽しいですか?」

「楽しいって感覚は分からないよ。君は分かるの?」

「いいえ、分かりません。ですが、わざわざそんな遊びをしているのです。何か得るものはあるでしょう?」


 狩人の戦い方や生活が分かってきた。

 だが、わざわざクーラに教えることはない。


「別に……」

「ひび割れてでも続けるようなことなのですか?」


 クーラの視線が私の首元や腕の辺りに向く。

 最初にひび割れを見つけてから、その範囲が広がっているのは確かだ。


 だが、まだ大丈夫。崩壊するほどではない。


「なんて言ったらいいんだろう……結構、居心地がいいんだよ」

「居心地?」


 クーラは首を傾げた。


「……もしかして、ノアさん、貴女は人間の感情を模倣しようとしていますか?」

「人間の感情……? どうだろう」

「もし、そうだとするならば……より人間を狩りやすくなるに違いありません。さすがですね、ノアさん」


 そこまで考えていたわけではない。

 ただ、クーラに指摘されてなんとなく、分かった気がする。


 アルヴィスに守られた時の奇妙な感覚や、彼が私を疑ってないと分かって感じた安堵……あれらは感情の芽生えだったのかもしれない。

 クーラは感情を理解できれば捕食しやすくなると思っているようだが、どうだろう。

 それがこの先、どんな影響を私に与えるのか、まだ未知数だ。


「とにかく、君はアルヴィスに関わらないでほしい」

「分かりましたよ、ノアさん。さて、それよりも大事な話をしましょう」


 クーラが私に歩み寄ってくる。

 彼は背が高いので、見上げる形になる。


「大事な話?」

「はい。僕の繁殖相手になってください」

「いきなりだね」


 以前会ったときにも言われた。


「前も断ったけど、今回も断らせてもらうよ。君とは繁殖したくない」

「ノアさんは子を産み落としたことがあるのでしょう?」


 私は頷く。

 といっても、あの時の私は今ほど、人間への擬態がうまくなかったときだ。


「でしたら、良いではありませんか」


 クーラはさらに私に近寄る。

 思わず一歩下がったら、壁に背が当たった。

 彼はドンと壁に手をついて、私の耳元で囁いた。


「もう一度、言います。僕と繁殖しましょう」


 ふとアルヴィスの顔が頭にちらついた。

 笑ったり、心配そうにしたり、照れたりと表情がよく変わる顔だ。

 なぜ、それを思い出したかは分からない。


「はぁ……やめてもらえるかな?」


 メスの擬態生物なら、探せば他にもいるはずだ。


「……今日のところは退きましょう。ですが、いずれ必ず貴女を手に入れます」


 彼は壁から手を離し、身体をまっすぐにすると、「それではまた」と去っていった。


 ともあれ、私の目的は済んだ。

 私の家――いや、アルヴィスの家に戻ることにする。


     ◆


「お帰り、ノア。困ったことはなかったか?」


 帰宅するや否や、アルヴィスが尋ねてきた。

 よほど、私のことを心配していたようだ。


 そのことに、私はなぜか胸が温かくなった。

 感情の芽生えに気づいたからこそ、そう感じたのかもしれない。


「うん。大丈夫だよ」

「ならいいけど。その腕の傷……どうしたんだ?」


 栄養が枯渇し始めたことによる、身体のひび割れ……なんとか誤魔化さなければ。

 私はさっとひび割れを隠した。

 アルヴィスにはっきりとひび割れだと気づかれた様子はない。


「これは……前にいた町でもらったのかな。たぶん、ただの皮膚の病気だよ」


 心配して手当てをしようとするアルヴィスを断り、私は自分で腕に包帯を巻きつけた。

 進行するひび割れに比例するように、空腹感が増していった。

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