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灰とスープと人喰い擬態生物《ミミック》 ~虚ろな灰は嘘をつく~  作者: 彼岸茸


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3 老狩人の視線

 ドン、ドン。


 静かな部屋に、玄関扉を遠慮なく叩く、重い音が響いた。

 アルヴィスは左腕の手当てのために、脱いでいた上着を羽織り、玄関に向かった。


「あ、あの。私はどうすれば?」


 嫌な予感がする。

 あの扉の向こうにいるのは、私にとって招かれざる客に違いない。


「あの叩き方はたぶん、ガレス師匠だ。ノアはいてくれても構わないよ」


 そう言って、アルヴィスは玄関に行き、扉を開けた。

 姿を現したのは、白髪の混じった巨躯の男だ。顔や腕には、多くの古傷が刻まれている。

 アルヴィスと同じように、剣を腰に佩いている。その剣はアルヴィスのものよりも使い込まれていそうだ。


 私の中の何かが警鐘を鳴らす。

 あれは強者だ。何体もの擬態生物を屠ってきたに違いない。


 あれが私に襲い掛かってきたら……今の私なら、逃げることも食い殺すこともできるだろう。

 その程度ではあるが、脅威は脅威だ。正体がバレないように慎重に行動しないといけない。


 ガレスという男の鋭い視線が私を射抜く。

 私の表情を見て、首元から爪先まで瞬時に視線を巡らせてから、また私の顔に目を向けた。


 私は怯えた表情を作り、目を逸らした。

 人間の少女であれば、あのような男に睨まれたら、そうするだろう。


「師匠、どうしたんだ? 急にやってきて」


 漂い始めた嫌な空気を破ったのは、アルヴィスだった。

 その一言で、ガレスが纏っていた剣呑な雰囲気が、弟子を案じるものへと緩んだ。


「強敵の気配を感じて近くまで来たから、寄っただけだ」


 強敵という言葉に警戒を強めるが、少なくとも私のことではなさそうだ。

 だが、長く一緒にいれば、正体を見破られるかもしれない。


「あの、アルヴィス」

「なんだ?」

「私がいたら邪魔になるだろうから、ちょっと外に出てるね」


 危険人物からは逃げるのが一番だ。

 ここでアルヴィスとガレスを殺すことは簡単だろうが、それはやっぱり勿体ない気がする。


「怖くないか? 朝は一人で居たくないって言ってただろ?」


 鋭いところを突いてくる。


「……君の邪魔をしたくないんだ。この家からは遠く離れないから、きっと大丈夫。何かあったら叫ぶから、また守ってね」


 少し苦しい言い訳かとも思ったが、アルヴィスは少し考えてから頷いた。


「……分かった。ガレス師匠、見た目が怖いから、仕方ないな」

「誰の見た目が怖いだと?」


 ガレスがぎろりとアルヴィスを睨んだ。


「師匠に決まってるだろ」

「あの、アルヴィス。私、行くね」


 師弟の話が長くなりそうなので、さっさと退散することにする。

 入ってくるガレスとすれ違った際、もう一度睨まれた。びくっとする演技を忘れない。


「師匠、脅しちゃダメだって」

「何もしてなかろう」


 そんな二人の会話を背に、私は玄関から外に出る。

 扉が閉まると、二人の声が小さくなった。


 このまま扉の横で待機するかといえば、もちろんそんなことはしない。

 周囲に人間がいないことを確認し、屋根伝いにアルヴィスの家のベランダに移動する。

 身軽だからこそ、できる芸当だ。


 ベランダに音もなく着地した私は、アルヴィスとガレスの会話に耳を傾ける。


『それで師匠、強敵っていうのは……擬態生物(ミミック)か?』

『むろん。このアッシュベルクにそいつが来たという噂を耳にしてな』


 ここに来た、ということはやはり私のことではないだろう。

 私はずっとこの街にいるのだから。


『危険な擬態生物なのか?』

『危険じゃない擬態生物などおらんぞ』


 私たちはただ生きるために人間を食っているだけだが、人間からすると危険な生物なのだろう。

 擬態生物からすると、狩人が危険な生物なので、お互い様な気もする。


『それはそうだが……それで、そいつはどんな奴なんだ?』

『名前は知らんが、燃えるように赤い双眸だという話だ。もう何人もの狩人が殺されている。食うためではなく、な』


 真っ赤な瞳の擬態生物……心当たりがないでもない。

 以前、私に繁殖を持ちかけてきた擬態生物がそんな目をしていたと思う。

 あの時は断ったと記憶している。


 私も長く生きているので、過去に繁殖くらいしたことはある。

 ちなみに産み落とした子がどうなっているか知らない。どこかで生き延びているかもしれないし、狩人に殺されたかもしれない。

 正直に言って、興味がない。

 産み落とした後は別個体でしかないのだから。


 それよりもアルヴィスたちの話を聞かないと。


『アルヴィス、お前も赤い目の擬態生物には気をつけておけ……む?』

『師匠、どうかしたか?』


 ガレスはアルヴィスの問いには答えず、椅子から立って窓のほうに寄ってきた。

 私は咄嗟に屋根に上り身を潜めた。

 直後、ガラッと窓が開く音がした。


「……何かの気配を感じたが、気のせいか」


 そしてすぐに窓が閉められた。

 さすがは歴戦を感じさせる狩人だ。勘が鋭い。アルヴィスの家から出ていて正解だった。


 再びベランダに下り、耳を澄ませる。


『ところでアルヴィス。あの娘は何者だ? あんな娘と同居などしてなかっただろう?』

『ちょっとわけあって保護しているんだ』

『どこで会った?』


 たったあれだけの邂逅で私を疑っているのか。


『路地裏だよ。擬態生物に男が襲われてて、ノアはおそらくその場に居合わせたんだ。怯えて座り込んでいるところを保護したんだよ』

『……』


 ガレスが考え事をするように押し黙った。


『師匠、考えすぎだって』

『……歩き方に重心移動。あの娘はどこかおかしいぞ』


 中身が空洞な擬態生物の歩き方はやはり、中身が詰まっている人間とは異なるということか。

 人間に擬態していても、見る者が見れば、その違いは一目瞭然なのかもしれない。


『何言ってるんだよ。ただの女の子だろ』

『異常に整った顔立ちのな』


 整った容姿は人間を釣るのに有効だが、狩人にとってはそこが擬態生物と人間の判別ポイントになってしまう……それは盲点だった。

 さて、そのことにアルヴィスはどう反応するだろうか。


『ノアは普通の華奢な女の子だよ。擬態生物を怖がってる。俺が守ってやらないと』


 てっきり、彼もガレスの言葉に同調すると思っていた。

 なのに、今の台詞は想定外だ。


 なんだろう……胸が暖かくなるような感覚。

 ただ、不快ではない。


『まあいい。あの娘に深入りするのはよせ』

『分かってるよ。一時的に保護してるだけだ』


 一時的なのか……

 あれ? 私は何を残念がっているのだろう。


『……とにかく、忠告はしたぞ』


 ガレスはアルヴィスをそれ以上追及はしなかった。

 ガタッと椅子を鳴らし、立ち上がったガレスが玄関に向かう。


 私は怪しまれないよう再び屋根伝いに、さっと玄関扉に回り込んだ。

 すぐに扉が開いて、ガレスが出てくる。


 私は目を合わせないように、会釈した。

 ガレスがどんな表情、どんな目つきで私を見ていたかは分からない。


「また来る。ではな、アルヴィス。そこの娘も」


 ガレスはそれだけ言うと、集合住宅の外階段を下りていった。


「悪いな、ノア。寒かっただろ?」


 アルヴィスはガレスの警告を本気にはしていないようだ。

 まだ私のことを疑っていない。そのことに安堵する。


 ……安堵?


 アルヴィスはただ、私が狩人を学ぶための人間でしかない。

 彼に正体がバレたら、その時は彼を食べるだけの関係だ。


「ううん、平気だよ。アルヴィスがいてくれるから」


 私の言葉は薄っぺらい上辺だけのものだ。

 それなのに……


 いや、考えるのはやめよう。

 アルヴィスはまだ私を疑っていない。

 彼と一緒にいる理由は、今はそれだけで十分だ。


 玄関に入った私は、ふと鏡に映った自分の腕を見た。

 ほんの僅かだが、小さなひび割れを発見した。


 栄養が減ってきたら、身体がひび割れていくのが擬態生物の特徴だ。


 最後に食事をしたのが昨日なので、一日も経てば、それくらいのひび割れは生じるものだ。


 昨日はたっぷり食事を摂ったので、いましばらくはもつ。

 問題は、この人間ごっこを続ける限り、新たな餌にありつくのが難しくなることだ。


 さて、私の体はいつまでもつだろうか。

お読みくださりありがとうございました。

本日の投稿はこれで終わりです。


明日からの三連休は予定通り、1日2回(12時頃、18時頃)投稿します。

その後は基本的に1日1回(18時頃、土日は1日2回(12時頃、18時頃))投稿し、2週間ほどで完結します。


「面白そう!」「続きが気になる!」「完結まで付き合ってやるか」と思っていただけましたら、


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これからもノアとアルヴィスをよろしくお願いします。

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