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灰とスープと人喰い擬態生物《ミミック》 ~虚ろな灰は嘘をつく~  作者: 彼岸茸


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2/9

2 初めての感覚

 翌朝、アルヴィスは狩人の仕事へ向かう準備を始めた。


「ねぇ、アルヴィス。私も連れていってほしいの」


 怯える少女を演じながら、単刀直入にお願いしてみた。

 けれど、アルヴィスの答えはもちろんこうだ。


「駄目に決まっているだろ。擬態生物(ミミック)は人間を食う怖い化け物なんだ。ノアも昨日の、あの男の人の死体を見ただろ?」


 首元と腹部を抉られた特徴的な死体だ。もちろん、私がやったことなので、よく覚えている。


「一人でこの部屋で待つのが怖いの……」


 私は震えてみせた。こういう演技は慣れたものだ。


「いや、でも……」


 アルヴィスはそれでも、首を縦に振らない。


「アルヴィスなら信用できるし、君が近くにいたらそれだけで安心できるんだ」


 上目遣いでアルヴィスを見つめる。


「う……」


 もう一押しといったところか。


「……君が私を守ってくれるんだよね?」

「それはもちろんそうだが……」

「お願い、アルヴィス。一人は本当に怖いの……」


 私は俯いた。

 外見よりも長く生きている私にとって、この程度の演技はなんでもない。

 自分で餌を釣るために――生きるために覚えた技術だ。


「ああ、もう。分かったよ。確かに、ノアを一人にするのは心配だ。だが、ちゃんと言うことを聞いてくれよ?」

「うん……!」

「逃げろと言ったら逃げるんだぞ?」

「分かってる。ありがとう、アルヴィス」


 私が笑顔で礼を伝えると、アルヴィスは照れくさそうに顔を逸らした。

 彼は扱いやすい。


 アルヴィスは準備を再開したので、あらためて観察することにする。

 首元から腹部は厚手の革鎧で守る。


「それはどうしてつけるの?」

「あいつらは首か腹を狙ってくることが多いからな」

「鉄とかじゃ駄目なの?」


 金属鎧の方が、防御面では有用のはずだ。


「悪くはないけど、重いからな。擬態生物の速さに対抗するには、重すぎるのは良くない」


 機動力を削がれるということか。

 私が狩人を狙う時は対策を考えないといけない。


 彼は続いて剣を鞘から抜いた。

 おそらく、私の仲間――というほど擬態生物同士に仲間意識はないが――を何体も殺してきた剣だ。


「それは何をしてるの?」

「刃こぼれがあったら折れるかもしれないし、錆びたり血糊が残ってたりしたら切れ味が落ちるだろ? その確認だよ」


 なるほど。


「刃こぼれがあったら、どうするの? 錆は?」

「専門の人に研いでもらう」


 私が今後生き残りやすくするためには、剣を研げる人間を狙うのもいいかもしれない。

 こういう情報は狩人と接しないと得られないものだ。

 アルヴィスについてきて良かった。


 彼は剣を鞘に戻すと、腰に差した。


 そして外に出る。

 昨日の雨は止んでいたが、空は分厚い雲に覆われて薄暗い。空気も冷え切っている。


 ふと気になっていたことを訊く。


「昨日、私を助けてくれたけど、あの男の人を殺した擬態生物を追ってたの?」

「ノアを見つけたのは偶然だったが、あの人を食ったのは俺の獲物かもしれないな」


 つまり、私を追っていたわけではないということだ。

 それなら一安心だ。まだ、私は疑われていない。


「それにしても、妙に冷静だな。あんな死体を見た翌日だというのに」


 しまった。

 怯え、怖がる演技を忘れていた。


「そんなことないよ。君がいてくれるから、安心できるだけ」


 誤魔化せたかどうか分からないが、それ以上追及してこなかったので、きっと大丈夫だろう。


「……擬態生物の潜伏場所の見当はついてるんだ」


 そうして向かった先は、人気のない裏通りだった。

 今日、対象の擬態生物がいれば、狩人の戦い方を学ぶことができる。

 そう期待しながら、アルヴィスの後をついていく。


「この辺りだから、気をつけろよ」

「うん、分かってる」

「逃げろと言ったら、逃げろよ?」


 しつこいくらい私を心配するアルヴィスに頷いておく。

 曇天の裏通りは、いっそう薄暗い。


 アルヴィスは注意深く、警戒しながら、鋭い目つきで周囲を観察する。

 そこにはどこか執念めいたものを感じた。もしかしたら、擬態生物に恨みでもあるのかもしれない。


 アルヴィスが立ち止まった。

 彼の視線の先には、一人の人物が佇んでいた。かなり整った外見で、この裏通りにはそぐわない。


 擬態生物は人間を効率的に釣るために、人間の感覚でいうところの美男美女が多い。

 この私も美少女に擬態している。


 なので、目の前のアレも人間ではなく、擬態生物なのだろう。


「いた。あいつだ」


 向こうもこちらに気づいた。表情は人形のように動かない。


「おい、お前」


 アルヴィスがアレに話しかけ、アレも反応する。


「人間……お前、狩人か」


 その返答は自分が擬態生物だと言っているようなものだ。知能はそれほど高くなさそうだ。

 アルヴィスのことを餌と見たのか、敵と判断したのか分からないが、こちらに向かって走ってくる。


「ノア、下がってろ」

「う、うん」


 さて、狩人の戦い方を見せてもらおう。

 あの擬態生物には悪いが、あっさり倒されたりしないでほしい。


 擬態生物の動きは素早い。

 内側が空洞な分、体重が見た目より軽く、初動が速いのだ。

 ちなみに、武器に振り回されることになるので、武器は持たない。


 少し離れたところから、アルヴィスの動きを観察する。

 踏み込みの仕方や、剣の振り方、それに回避の仕方。

 避けられない攻撃はあえて、剣で受け流したり、革鎧で防いだりしている。


 人間の動きを凌駕する速さにアルヴィスは対応する。

 擬態生物の動きを予測しているのかもしれない。動きは速くとも単調になりやすいから、読みやすいのだろう。

 それも狩人の長年に渡る研究と研鑽によるものか。


 狩人の相手をする時は、意表をついた動きをする必要がありそうだ。


「人間ンンン! 大人しく、食われろォォォ!」


 擬態生物の爪が、アルヴィスの露出している肌を狙う。

 アルヴィスは難なく避け、その腕を下から斬り上げた。切断された腕が宙を舞い、地面に落ちる頃には灰になって散った。


「痛いィィィ! あっちの女を食うゥゥゥ!」


 擬態生物の特徴として、大怪我を負っても、捕食すればすぐに回復するというものがある。

 食べる量によって、完全に回復するか、一時的なものか変わってくる。

 ある程度の量を食べれば、それだけで斬り落とされた腕くらいは修復される。


 アルヴィスには敵わないと判断した擬態生物は、どうやら私を獲物に定めたようだ。

 あいにくと私も擬態生物なので、私を食ったところで回復できない。そのことに気づかないとは……やはり、まだ若い個体のようだ。


 さて、あんな遅い動き、いかようにも対応できる。しかし、下手に動けばアルヴィスに私の正体が露見してしまう。

 かといって、攻撃を受けるわけにもいかないし……


 躓いた振りをして、擬態生物の攻撃を避ける。

 次はどうしようかな、と考えていると、アルヴィスが擬態生物と私の間に割って入った。


「邪魔するなァァァ!」


 そして、擬態生物の爪に左腕を切り裂かれながら、相手の首を斬り落とした。


「ノア! 大丈夫か!?」


 アルヴィスは振り向くと、自分の怪我よりも私の無事を確かめた。


 正直に言って、あの程度の攻撃であれば、どうにでもできた。紙一重で避け、偶然を装って相手を倒すこともできただろう。

 だが、アルヴィスの本気で心配する顔を見て、こういうのも悪くないと思った。


 思ってしまった。


 今までに経験したことのない奇妙な感覚だ。

 アルヴィスの背後で、擬態生物が灰となって風に流されるのをぼんやりと見ながら、私は頷くことしかできなかった。


「う、うん……」


 彼は転んだ状態の私を立たせる。

 左腕に激痛が走ったのか、彼の顔が一瞬歪んだ。


「その怪我……治療しないと」

「この程度、いつものことだ。軟膏を塗っておけば治るよ」


 アルヴィスは平気そうな顔をして帰路についた。


 帰宅後、私はアルヴィスの左腕に軟膏を塗り、その上から包帯を巻いた。

 血が滲んでいるが、人間にはよく効く軟膏らしく、数日もすれば治るとのことだった。


 ただ、彼の手当をしながらも、私は困惑していた。

 アルヴィスのことは利用するだけのつもりだった。

 いずれは食べてしまおうと思っていた。


 だが、なぜかそれは勿体ない気がしていた。

 この奇妙な感覚はなんだろうか。


 そんな私の思考を断ち切るように、玄関の扉が激しくノックされた。

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