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灰とスープと人喰い擬態生物《ミミック》 ~虚ろな灰は嘘をつく~  作者: 彼岸茸


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19/19

19 尋問のキッチン

 翌朝、アルヴィスは狩人協会に向かった。

 今日、ガレスの遺体やその周辺の本格的な調査をするらしく、彼はそれに参加するのだ。


 親代わりである師匠を亡くした悲しみと怒りが明らかだった。

 罪悪感は募る一方だ。


 全てを打ち明けた時、私は彼に斬られるだろう。

 それまで私が生きていれば、だが。


 ヴェラは私を擬態生物(ミミック)だと疑っている。

 なぜ私をすぐに断罪しようとしないのか、なぜアルヴィスに私の正体を教えないのか、分からない。


 彼女がガレスのように私の話を聞いてくれないとしても、それは仕方がない。

 私はそれだけのことをしたのだから。


 だが、ヴェラが私に刃を向ける前に、やらないといけないことをする。

 アルヴィスにスープを「美味しい」と言わせたい。


 味が分からない私には無理難題だ。

 アルヴィスの反応だけで、味を調整するなどとうていできっこない。


 以前、ヴェラには「今度機会があったら教えてあげるわよ」と言われた。

 でも、そんな機会はきっと訪れない。

 なぜ擬態生物と疑っている相手に、そんなものを教える必要があるのか。


 彼女に何のメリットもない。

 むしろ私にいつ襲われるかという不安と緊張があるだけだ。

 私にその気がなくても、私を信じることができなければ、同じこと。


 ……このままじっとしていても、何も変わらない。

 ガレスが生き返るわけでも、スープの腕が上達するわけでもない。


 だから、スープを作ろう。

 アルヴィスの母親のスープは作れない。

 でも、私のスープを作ればいい。


 立ち上がってキッチンに向かおうとした時、玄関扉がガンガンと叩かれた。


「え……? なんで?」


 思わず声に出してしまった。


「ノア、いるんでしょ」


 そんな声とともに、玄関扉が勢いよく開けられた。

 私は玄関に行き、彼女に尋ねた。


「ヴェラ……なんで、ここに?」


 アルヴィスと同じく、ガレス殺害の調査に参加しているものだとばかり思っていた。

 どう反応していいか分からない。


「なんでだと思う?」

「それは……」


 ヴェラの試すような視線と問いに、私は答えられずにいた。

 私が擬態生物であることの確証を得るために来たに違いないからだ。


「まったく……調子が狂うわ」

「……ガレスさんの調査に行ったんじゃ?」


 思い切って聞いてみた。


「アルヴィスが行ってるから十分でしょ。あんたとは約束してたからね。アルヴィスがいない今がちょうどいいでしょ」

「約束……?」


 彼女は深く溜め息をついた。


「はぁ……覚えてないなら、別にいいわ。でも、あんたがスープの作り方を教えろって言ったんでしょ」

「あ……」

「あたしは約束は守る主義なの。例え、相手が嫌いな奴でも、どんな奴でもね」


 やはり、彼女は私のことを嫌っていたのか。

 うすうす気づいてはいたが、直接告げられると胸が痛む。

 そして、嫌いな相手に対しても世話を焼ける彼女を、私は好きだ。


 ガレスを食べてしまったことで、彼女も傷つけてしまったというのに、それでもなお約束を守ってくれるのか。


「そうだったね。よろしく頼むよ」


 声が震えるのが自分でも分かる。

 視界が滲むのは涙のせいか。私の体の反応はどんどん人間に近づいている。

 体だけじゃない。心もだ。


「……なんで泣いてるのよ。あたしが悪者みたいじゃない」

「そんなことない。でも……ごめん」

「何を謝っているかは聞かないであげる。とりあえず、上がっていいかしら?」


 私が頷くと、彼女は遠慮なくずかずかと上がり込んできた。


「じゃあ、アルヴィスが帰ってくるまでに、ちゃっちゃと終わらせるわよ」

「うん。お願い」

「まずはあんたが作ってみて。そういえば、あんた、塩と砂糖も知らなかったけど、それは大丈夫なの?」


 その二つの違いを教えてくれたのも、ヴェラだった。


「それくらい大丈夫だよ。私だって、ちゃんと成長してる」

「ふぅん……まあ、いいわ。作りすぎても捨てるだけで勿体ないし、一人分だけでいいわ」


 ヴェラがどうぞ、と手で示したので、私はキッチンに立った。

 いつものように、野菜を切って、沸かしたお湯で煮る。そして塩で味付けだ。

 砂糖ではなく、ちゃんと塩を手に取った。硬そうで、荒い方だ。


 もう慣れたものだ。

 皿に移して、ヴェラの前に出した。


「どう、かな?」


 ヴェラはスプーンでスープを掬い、口に運んだ。

 眉をひそめることはない。ということは、辛すぎない飲めるスープだ。


「……薄いわ。あんた、味が分かってるの? 味見もしてなかったし」

「それは……」


 味が分からないのに、味見なんて意味がない。


「擬態生物は人間と味覚が違うと聞くけど?」


 ヴェラの視線が私を射抜く。


「…………」

「次はあたしが作るから、見てなさい」


 それだけ言うと、今度は彼女がキッチンに立った。

 ヴェラの手際は私よりもいい。

 数週間前に初めて包丁を握った私では敵うわけがない。


 具材の大きさも私とは異なる。

 あれに意味があるのだろうか。


 さらにお湯もぐつぐつと沸騰しているわけではない。

 お茶と同じように、沸騰させるのはよくないのだろうか?


 仕上げの味付けは塩だけではなかった。

 用途不明の色がついた粉を少し入れていた。


 どの粉をどれだけ入れたか、覚えるのが大変だ。

 だが、私は人間の模倣をすることは得意だ。だから、きっと真似できる。


 さっきのお返しとばかりに、ヴェラは皿に移したスープを私の前に置いた。


「はい、どうぞ」

「…………」


 食べられるわけがない。

 味が分からないどころではない。吐いてしまう。


「どうしたの? 食べないの?」


 これは私に対する試金石だ。


「本当かどうかは知らないけど、ガレス師匠にはこう聞いているわ。擬態生物は人間の食事を受け付けないって」


 ヴェラが私の顔をじっと覗き込んでくる。

 私は彼女を直視できず、顔を背けた。


「それは……私は……」

「とりあえず、約束は果たしたわ。あんたがどういうつもりでアルヴィスに近づいてるのかは知らないけど――」


 ガチャ、と。


 玄関扉が開く音が聞こえ、ヴェラは話すのをやめた。

 私もヴェラも玄関に目を向けた。


 アルヴィスが帰ってきた。

 思ったよりもかなり早い。


「あれ? ヴェラ、なんでうちにいるんだ?」


 私の正体を彼に告げるのではないかと、私は体を強張らせた。


「ノアと約束してたからちょっとね。女同士の約束だから、アルヴィスは知らなくていいわ」


 しかし、ヴェラは黙っていてくれた。

 なぜ?

 彼女は私を告発しにきたのではないのか?


 助かったと思う反面、戸惑いが生じる。


「それより、調査の方はいいの?」

「感情的になりすぎるから、邪魔だってさ」

「ふふ、でしょうね」


 さっきまでの剣呑な雰囲気のヴェラは消えていた。まるで、別人のようだ。


「ノア、ただいま」


 アルヴィスがあらためて、私に言った。


「あ……おかえり、アルヴィス」

「あたしにはないの? アルヴィス」

「はいはい。ただいま」

「よろしい」


 アルヴィスもテーブルにつくと、私の前に置かれたスープに気づいた。


「いい匂いだな。ヴェラが作ったのか?」

「そうよ」

「いいな。俺にも作ってくれよ」


 私のスープの時とはまったく違う反応だ。こんなに嬉しそうにはしない。


「仕方ないわね。ノアもいいよね?」


 わざわざ私に確認する必要なんてないのだが、彼女の顔はどこか勝ち誇ったような顔をしていた。

 それがなんだか悔しい。

 だが、私では彼女に敵わないことは理解した。


 だから、私は頷いた。


「ノアは食べないのか?」


 ヴェラの時とは違う、純粋に私を心配する声音だ。

 ……胸が、心が苦しい。


「ううん……その、私はお腹いっぱいだから……」


 こんなことなら、全て打ち明けて罵られる方がマシだ。

 だが、やはりそんなことをする勇気は私にはない。


 そんな私の様子をヴェラはじっと見ていたが、すぐにスープを作り始めた。


 やがて、出来上がったスープをアルヴィスとヴェラは楽しそうに話しながら飲んでいた。

 アルヴィスは何度も「美味い」と褒めた。


 私にはできないことを、ヴェラは容易にやってのけた。

 アルヴィスと一緒に食事を楽しむことも、彼女には簡単だ。


 擬態生物()人間(アルヴィス)の間には、決して埋めることのできない溝があるのだと痛感させられた。


 アルヴィスに私は必要ない。

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