18 森の捜索
診療所に行ったのに、包帯を巻いて帰った私を見て、アルヴィスはとても痛ましそうな顔をした。
「薬草は一時的なものだったから、仕方ないよ」
そう言って誤魔化すしかなかった。
曖昧に微笑む私に対し、アルヴィスはそれ以上は追及しなかった。
「それより、アルヴィスは今日も行くの? その……」
「ガレス師匠の捜索か? もちろん行くつもりだ」
本当のことを言えないのは心苦しい。だが、そんなことをすれば、アルヴィスが傷つく。
いずれ分かることなのに。
問題の先延ばしでしかないことは分かっている。
それでも、少しでもアルヴィスと一緒にいたいと願ってしまうことは、悪いことなのだろうか。
……きっと、悪いことだ。
アルヴィスを傷つけるというのであれば、私は彼を騙し続けている。最初からずっと傷つけ続けていることになる。
バレていないだけで、バレたときの傷は、その期間が長びくほど深く大きくなるだろう。
感情を得て、そんなに時間が経っていない私でもそのくらいのことは分かる。
「その……気をつけてね、アルヴィス」
「ああ。万が一ガレス師匠が擬態生物にやられてた場合に備えて、二人一組で行動しているしな」
一対一では身体能力の高い擬態生物に分があっても、狩人が二人以上になれば不利になる。
擬態生物なんてその程度の強さしかないのだ。
それは全盛期の私であっても例外ではない。
手練れを二人も相手にすることなどできない。
「そうなんだ。アルヴィスの相手ってもしかして?」
「ヴェラだよ。まあ、付き合いも長いからな。互いに相手にしてほしい行動はなんとなく分かるから、連携もしやすいんだ」
胸がちくりと痛んだ。
そうだ。擬態生物の私なんかより、人間のヴェラの方がアルヴィスにお似合いだ。
いつか確実にいなくなる私よりも……
「じゃあ、そろそろ陽も落ちてきたし、行ってくるよ」
「うん」
「ノアは一人でぶらぶらするんじゃないぞ」
アルヴィスが悪戯っぽく笑う。
私も微笑み返す。
「分かってるよ」
「じゃあ、行ってきます」
アルヴィスを見送ろうと玄関までついていった時、玄関扉がガンガンと叩かれた。
この叩き方はヴェラだ。
そしてアルヴィスが返事をする前に、
「アルヴィス、いるんでしょ?」
勝手に入ってきた。
「これから集合場所に行こうと思ってたんだが? 別に遅刻してないだろ」
「あー、うん、そうね。今日はノアにも手伝ってもらおうかなって」
ヴェラがアルヴィス越しに私に目を向けた。
「私?」
「いや、待て待て。擬態生物がいるかもしれないんだぜ? ノアを連れていっちゃだめだろ。危ないって」
「まあ、聞きなさい」
呆れたようにアルヴィスは言ったが、ヴェラは私に視線をやりつつ話を続けた。
「ガレス師匠が行きそうな場所を回ってきたのよ」
「師匠が行きそうな場所? 擬態生物を殺すことしか考えてない師匠が行く場所なんてあるのかよ」
肩を竦めるアルヴィス。
「あんた、ガレス師匠をなんだと思ってるのよ……あの人、あれで顔が広いのよ。で、あたしは師匠の行きそうなバーとかカフェとか行ってみた」
そこの店員にガレスに関して聞き込みを行ったのだと、彼女は説明した。
「で、何か分かったのか?」
アルヴィスが先を促す。
私としてはあまり聞きたくない内容だ。だが、ここで離れるのは不自然になる。
「街の外の森に行ったみたい。擬態生物を狩りに行くって言い残して」
「師匠がいなくなった日……ちょうどノアが薬草を探しに行った日だな」
この場から逃げ出したい。
「そう。ノアは師匠のこと見てない?」
「……いいえ」
「そうかもしれない。でも覚えていないだけで、実際に行ってみたら何か思い出すかもしれないでしょ?」
質問の形式を取っているが、実質強制のような響きがある。
もしかして、ヴェラは私のことを疑っている?
ガレスを食べてしまった日のことを思い出す。
人気のない場所でうずくまって嗚咽を漏らす私に声をかけたヴェラは、私に対し「血の臭いがする」と言った。
それにあの時点では薬草のことを話してなかったが、私の「皮膚病」が治っていることも気づいていた。
そして、この家に送ってくれたとき、「大丈夫だろうけど、気をつけて」と言った。
最後の言葉は私に対して、「夜中に一人で出歩くことはもうしないだろうけど、もしもするなら気をつけろ」という意味だと思っていた。
だが、本当はアルヴィスに向けた「ノアは擬態生物かもしれないから、捕食されないよう気をつけろ」という意味だったのではないか?
確証がないから、私を泳がせて尻尾を掴もうとする手口だとするなら、ガレスのやり方に似ている。
私の考えすぎだろうか。
それならそれでいい。でもそうじゃないとしたら?
ヴェラが私を殺しにかかる……その時は、死を受け入れよう。
「分かった。一緒に行くよ」
「ノア? 無理しなくてもいいんだぜ?」
「ううん。ガレスさんが心配だし、私で力になるのなら」
自分で口に出して、反吐が出る。
……ここ数日で、本当にいろいろな感情が身についた。感情だけなら、もう人間のそれといってもいいかもしれない。
「助かるわ、ノア。それじゃあ行きましょう」
ヴェラは見透かすような視線を私に送り、踵を返した。
アルヴィスと私は彼女についていった。
◆
夜の森は本当に真っ暗だ。
夜目が利く私は問題なく見通すことができる。
しかし、人間であるアルヴィスとヴェラはそうもいかないので、それぞれランタンを持っている。
もちろん、不要だが私も持っている。
「この木の傷……新しいわ。ガレス師匠がつけたものね」
見てみると矢印のような傷が木の幹につけられている。
「擬態生物退治を失敗した時のためだろうな。何もないよりは手がかりになる。おっと、こっちの木にもついてるぞ」
老狩人に抜け目はなかったようだ。
そうして、木の傷を追っていく。
「何日か経って分かりにくいけど、踏み込みの跡とか、戦った形跡があるわね」
「みたいだな。師匠が使ったっぽい矢も落ちてる」
私は何も喋らず、黙って二人についていく。
ここはもう、ガレスの最期の場所に近い。いや、夜目が利く私にはもう見えている。
無残に食い散らかされたガレスの死体が。
通常は柔らかい首元や腹部だけ食われるのに、ガレスの死体は他の部位も食われている。
自分がしでかした惨劇から目を背けたい。
だが、それをして何になる。
「ねえアルヴィス、あれ……」
だから、私はガレスの死体を指さした。
アルヴィスとヴェラが息を呑む音が聞こえた。二人は慎重に死体の方に進む。
やがて、二人のランタンの明かりに、ガレスの死体が浮かび上がる。
「これは……酷いな」
「ガレス師匠……」
二人は黙祷を捧げた。私に、それをする資格はない。
アルヴィスたちは顔を見合わせ、頷くと、ガレスの死体を検分し始めた。
「人間同士の争いなら、こんなふうには死なないわ」
「狼や野犬……じゃないな。そんなのに遅れを取るほど、師匠はやわじゃない」
二人で話し合いながら検分するのを、私は少し離れたところから眺めていた。
死んだガレスに「おぞましい化け物」「アルヴィスを食うのだろう」と言われている気がして、体が震える。
早くこの場から去りたい。
「やっぱり擬態生物だろうな」
アルヴィスは努めて冷静に告げた。だが、彼の手は血の気がなくなるほど、強く握りしめられていた。
ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……
心の中で何度もアルヴィスに謝る。
「ノア、帰ろう。顔色が悪い。帰ってゆっくり休もう」
「うん……ごめんなさい」
「なんで、お前が謝るんだ。謝るのはこんな場所に連れてきた俺の方だ。悪かった」
自分も辛いだろうに、なぜ私を気遣うことができるのだろう。
こんなにも優しいアルヴィスを、私は裏切り続けている。
そんな自分が嫌いだ。
「ガレス師匠から聞いていたのよね。異常に巧みに人間社会に溶け込む擬態生物のことを」
不意にヴェラが呟いた。
小さく低いのに、その声は私までよく届いた。
彼女は初めて見せる冷たく鋭い視線を私に向けていた。
「さあ、帰りましょう。あたしは師匠のことを協会に報告しておくわ」
微笑んだ彼女はいつものヴェラだった。




