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灰とスープと人喰い擬態生物《ミミック》 ~虚ろな灰は嘘をつく~  作者: 彼岸茸


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14/16

14 崩壊の始まり

 ガレスから死刑宣告のような言葉を受け、数日が経った。

 私を殺すための準備をしているのか、私が家から出ないので襲撃してこないのかは分からない。


 緊張感に加えて、飢餓感がひどい。

 人間のように腹が鳴ることがないのは幸いだ。アルヴィスに空腹だと気づかれずにすむ。


 ただ、捕食衝動は高まっている。

 擬態生物(ミミック)としての本能なので、私にはどうすることもできない。

 大好きなアルヴィスが肉に見えることも少なくない。そのたびに自己嫌悪に陥ってしまう。


 体のひび割れも進行している。

 もう、青いスカーフで隠すのも限界に近づいている。


 人間はもう食べないと誓った。

 それでも、できるだけアルヴィスと一緒にいたい。

 美味しいスープを作りたい。


 だから、一時しのぎでいいから、人間以外の動物を食べないといけない。

 ただの時間稼ぎだが、今の私はそれにすがることしかできない。


 この間のガレスの話によると、街中での野良犬の死体が問題になっているようだ。

 その状況で、お混じ場所で野良犬を食べるなど、危険極まりない。


 街の中心部から離れた場所に行かないと。

 この前、鐘楼に上った時、比較的近くに森があるのに気づいた。

 あそこなら、野生の動物もいるだろう。


 私は意を決し、アルヴィスに声をかけた。


「アルヴィス、ちょっと出かけてくるね」


 彼は心配そうに見返してきた。


「ふらふらしているけど、大丈夫か? 俺も一緒に行くぞ?」


 それは駄目だ。

 動物を捕食している光景を、彼に見せるわけにはいかない。


「ううん。アルヴィスはもう何日も毎晩、擬態生物探しに行ってるし、疲れてるでしょう? お昼はちゃんと休んでて」


 擬態生物と違って、人間はちゃんと眠らないと行動に支障が出る。

 彼が体調不良になるのは、私が嫌だ。


「……どこに行くんだ?」

「ちょっと森の方に……シュタイン先生から、皮膚病に効く薬草が生えてるって聞いたんだ」


 嘘だ。

 嘘に嘘を重ねていく。

 いや、アルヴィスと初めて会った時から、ずっとだまし続けている。今さらだ。


「分かった。夜の森は危ないから、暗くなる前に帰ってこいよ」


 この家に「帰る」という、その言葉だけで心は少し軽くなる。

 彼の優しさに触れ、嬉しくなると同時に悲しくなる。


「うん、分かってるよ。じゃあ、行ってきます」

「気をつけてな」


 そう言うと、アルヴィスは布団にもぐった。

 やはり、彼も疲れているのだ。


 私はそっと玄関扉を閉め、集合住宅の外階段を下りる。

 空は雲が厚い。一雨くるかもしれない。


 目指すは、街の外にある森だ。


 すれ違う人達が肉に見える。

 捕食したい衝動を抑えながら、歩を進める。もっとも実際に捕食しようとしても、アルヴィスの顔が頭にちらついて、捕食することなどできないのだが。


 街の外れに近づくにつれ、行き交う人間は減っていった。

 街から出ると、ほとんど人間はいなくなる。


 これなら、野生動物を捕食しても目撃される心配は不要だ。

 ほっと胸を撫で下ろす。


 森の中に入ると、空気がひんやりとしている。

 ただでさえ曇天で薄暗いのに、さらに暗くなる。


 食べられそうな動物を探して、森の中を歩き回る。

 いるであろう動物たちが静かにしているのは、異物()を察知しているのかもしれない。


 だが、目を凝らせば見つけることはできる。


 少し先に木の枝。そこに鳥が止まっているのを捉えた。

 あちらも私を警戒しているが、関係ない。


 一足で鳥の場所まで跳び、鳥が反応する前に掴む。

 手の中で逃げようと暴れる鳥を少しだけ見つめて、その柔らかい腹部にかぶりついた。


 美味しくも不味くもない。

 何の栄養にもならない。


 それでも、ほんの少しだけ、ひび割れが治った。


 あれだけ暴れていた鳥は、もうピクリとも動かない。

 鳥の死骸を地面に投げ捨て、口に残った羽毛をペッと吐き出した。


 せっかく森に来たのだし、もう少し食べておきたい。

 人間と違い、動物を食べることに、何の忌避感も抱かないのは、やはり私が擬態生物だからだろうか。

 私が人間だったら、抵抗を感じたのだろうか。


 ……人間だって牛や豚を食べるのだから、きっとそれと同じ感覚のはずだ。


 その後、同じように鳥や鼠などの小動物を何体か食べた。

 空腹感は満たされるのに、飢餓感は残るという奇妙な感覚がある。


 少しだけだが、ひび割れが修復されたので、今日はこれくらいにしておこう。

 これで、もうしばらくはもつはずだ。


 雨が降り始めた。

 さて、アルヴィスも心配してくれるし、そろそろ帰ろうかと考えた時だった。


 不意に殺気を感じ、その場から大きく横に跳んだ。

 直後、私がいた場所を矢が通過した。


 まさか……いや、なんとなく予想できていた。

 彼は私が一人で行動するのをじっと待っていたのだ。


「勘がいいな。当てられると思ったのだが」


 木々の枝葉が作る薄暗がりから姿を現したのは案の定、ガレスだった。

 彼は二の矢を番え、すぐに放つ。


 一直線に飛来してくる矢を、私は身を捻って避けた。


「その反応速度。娘、やはり擬態生物だったか。ならばここで死ね」


 ガレスはさらにもう一度、矢を放つ。

 避けるのは容易い。擬態生物の反応速度は人間のそれを凌駕する。

 だが、それでも狩人に擬態生物が狩られるのは、狩人に技術があるからだ。


 アルヴィスが擬態生物を狩る動きを観察して、分かったことだ。

 ああ、あの時は狩人の動きを見たかっただけなのに、どうしてこんなことになったのだろうか。


 ガレスは鞘から剣を抜き、私に斬りかかってくる。

 だが、どこか隙がある。アルヴィスの戦い方と同じだ。


 速さで勝る擬態生物を斬るために、わざと作る隙だと私は思っている。

 隙があれば、擬態生物はそこを狙う。動体視力と反射速度に優れるため、良くも悪くも僅かな隙を逃さない。


 狩人はそこを返り討ちにする。

 だから、擬態生物は狩人に狩られる。


「なぜ反撃してこない?」


 ガレスは私が逃げの一手を選んでいることを疑問に思ったようだ。

 その答えは決まっている。


「君がアルヴィスの大切な人だから」


 ガレスの剣筋が一段と鋭くなった。


「そうやって私を油断させようというのか。小癪な」

「違う! 君が傷つけば、アルヴィスが悲しむ。私はそれが嫌なんだ」


 ガレスの剣が縦に、横に連続して振られる。

 突きを繰り出すこともあれば、剣ではなく脚で蹴ってくることもある。


 全盛期の私なら、余裕で躱せるし、ガレスの反撃を許さずにその首を狙うこともできただろう。

 しかし、今のひび割れた私ではそこまでのことはできない。


「『悲しむ』? 『嫌』? 擬態生物に人間の何が分かるというのだ」


 憤怒の形相を浮かべるガレス。


「私には人間の感情が分かる! まだ、ほんの少しかもしれないけど……大切な人には笑っていてほしいんだ!」

「そこまで人間の真似事ができるとは、実におぞましい!」


 真似なんかじゃない。

 本当に思っていることなのに、ガレスには伝わらない。


 どうすればいいのだろう。


「なんで……分かってくれないの……?」

「なぜだと? それが分からないから、所詮は真似事でしかないのだ」


 ガレスの猛攻が続く。


「貴様らはあらゆる手管を使い、我々人間を騙す。本当に貴様が人間の感情を理解できるというのであれば――」


 ガレスが思い切り、剣を横一文字に薙ぐ。

 私は後ろに飛んで避けようとしたが、背後の大樹に阻まれた。

 なんとか剣は当たらなかったが、もはや逃げ場がない。


「――そんなものは脅威でしかない。人間の感情を利用し、より巧妙に近づくことができるようになるのだからな」


 吐き捨てるように、ガレスは言った。


「お願いだから……私を信じて……」

「擬態生物など信用できるか。貴様が何を考え、アルヴィスに近づいたか知らんが……せめてもの情けだ。貴様を信じているアルヴィスには、真実は伏せておいてやる」


 雨足が強くなり、雷鳴が轟いた。

 閃光が森を青白く照らし出したその刹那――


 ガレスの凶刃が、無慈悲に振り下ろされた。

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