13 老狩人の勘
ガレスは他の狩人たちに何か指示を出した後、私に向かって迷いなく歩いてくる。
彼は明らかに私のことを疑っている。
擬態生物として長く生き延びている私は、人間のふりをするのは得意だ。
だが、あの老人にはまるで通用しないようだ。
ここから逃げ出したい。逃げられるものなら……
そんなことをすれば、ガレスの疑いは確信に変わる。
そうなれば、アルヴィスに正体がバレるし、あの冷たく暗い視線を受けることになる。
私が取るべき行動は、ガレスをなんとか誤魔化すことだ。
「娘、お前はここで何をしている?」
単刀直入に訊いてきたガレスに、私は正直に答えることにする。
「アルヴィスの仕事を見てみたくて……」
私がアルヴィスに視線を向けると、ガレスもちらりと彼を見た。
「こいつが狩人であることは知っているだろう? それが危険を伴うことも」
「……はい」
「ではなぜ、ついてきた。お前を守るために、こいつが怪我をする可能性は考えなかったのか? お前自身が擬態生物に殺されていたかもしれない。あるいは――そうならない自信でもあったか?」
いっそう鋭い視線が私を刺す。
「それは……アルヴィスに、なにか良くないことが起こる予感が――」
「お前がいたところで何ができる?」
「師匠、そのくらいにしてくれ。ノアが怯えてるだろ」
アルヴィスが助け船を出してくれた。
彼は軽く頭をさすりながら、立ち上がった。ふらつく様子もなく、大した怪我ではなかったことに、私は安堵した。
「……ふん。馬鹿弟子が。まあいい。何があったか話を聞かせろ」
「ねえ師匠、寒いからどっか別のところに行きませんか?」
ふと話に割り込んできたのは、ヴェラだ。
確かに夜気は冷たく、ヴェラは少し震えている。
「ヴェラ、お前は逃げた擬態生物を探すよう指示したはずだ」
「他にもたくさんの狩人が探してるから、あたし一人抜けても大丈夫でしょ? それに気になることもあるし」
ヴェラが私の首元、いや、青いスカーフをちらりと見た。
「まったく、しょうがない弟子ばかりだ」
ガレスは頭をガシガシと掻くと、アルヴィスに尋ねた。
「お前の家を借りるぞ」
「分かった、師匠」
ここで私がアルヴィスについていかないのは、違和感に繋がる。
ガレスとヴェラを相手に、なんとか人間の演技を続けるしかない。
疑いはあっても、まだ決定的な証拠は掴んでいないはずだ。
もっともガレスなら、疑いの時点で私に刃を向けてもおかしくなさそうだ。
なぜ、ガレスが強行手段に訴えないかは分からない。
ともかく、勝負どころだ。
◆
アルヴィスの家のテーブルで、彼とガレスが向き合って椅子に座っている。
「では事情を聞かせてもらおうか」
「ああ。擬態生物の目撃情報があった場所に――」
二人が話し始めたので、私はお茶を淹れることにした。
しかし、私を止める声があった。
「そんな適当に淹れたら、美味しくなくなるわよ」
ヴェラだ。
彼女はアルヴィスたちの会話に混ざらず、私の方に来た。
監視、なのかもしれない。
「バサッとたくさん茶葉を入れたら、苦味が出過ぎるわ」
苦味……私には分からない。
「それに沸騰したお湯だと渋味が強くなるわ」
ヴェラは私から未使用の茶葉が入った瓶を取り、沸騰していたお湯の入った鍋を火から下ろした。
彼女が代わりに淹れるようだ。
「あんた、お茶を淹れたこともないの?」
何度もある。
スープを作るのと違って、お湯を茶葉に注ぐだけなので、お手軽だ。味覚が人間と異なる私でも、お茶を淹れるくらいはできる。
だが、さっきのヴェラの指摘を考えると、それほどお手軽でもないのかもしれない。
言われてみれば、以前ガレスにお茶を出した時、美味しくなさそうだった。
普段、アルヴィスに淹れた時も、少々眉をひそめていた気がする。
「お茶もね、淹れ方ってものがあるのよ」
「そうなんだ……」
「あたしが見せてあげるわ」
ヴェラはそう言って、手際よくお茶を淹れた。
彼女が出したお茶を飲んだアルヴィスとガレスは顔をしかめることはなかった。
私の分も淹れてくれたので、飲んでみる。
水分なら摂取しても問題ない。しかし、その味は分からない。私が淹れるお茶と変わらない。
だが、アルヴィスたちの反応からして、まったく違うものなのだろう。
たったそれだけのことなのに、アルヴィスとの間の壁は高いのだと思い知らされる。
「アルヴィスが好きなお茶の最適解よ」
「そんなことを知ってるんだ、ヴェラは」
「付き合いが長いのよ、付き合いが」
なぜかそんなことを強調してくる。
「……ヴェラはアルヴィスの好きなスープも作れるの?」
「当たり前でしょ」
胸を張って答えるヴェラ。これ見よがしに得意げな笑みを浮かべている。
「そう……羨ましいな」
私の目標はアルヴィスにスープを「美味しい」と言わせることだ。
だが、お茶一つ満足に淹れられないのに、そんなことができるのだろうか。
きっと、その前に私の限界が来るのではないか。
だから、ヴェラのことを本当に羨ましいと思った。
彼女はアルヴィスと食事を楽しむことができるし、彼の好きなものを作ることができる。
「今度、スープの作り方を教えて?」
そうすれば、私が灰になる前に、スープを完成させられるかもしれない。
「なんであたしがあんたに教えないといけないのよ。ライバルなのに」
「……ライバル? 変なこと言って、ごめん」
「あー、もう、何なの。調子狂うわね。いいわ。今度機会があったら教えてあげるわよ。それより、あたしとしてはそれの方が気になるけど?」
ヴェラの視線の先にあるのは、私の首元の青いスカーフだ。
「アルヴィスが買ってくれたんだ」
「へぇ、ふうん。あー、そう。あたしの方がよっぽど羨ましいんだけど。一緒に住んでるうえに、プレゼントまでさ」
「私の宝物だよ」
「うわ、自慢された……なんか悔しい。ちょっと見せてよ」
そう言って、ヴェラがスカーフに手を伸ばした。
咄嗟のことに反応が遅れたが、完全にスカーフが外れる前に押さえることができた。
「やめて、ヴェラ」
「あ……ごめん」
ヴェラはすぐにスカーフから手を離した。
長く続く飢餓のせいで、ひび割れは顎の下まで広がっている。このスカーフは宝物であると同時に、私の命綱だ。
急いで、巻き直す。
ヴェラには見られていない……はず。
彼女は私のひび割れに言及しないので、多分大丈夫。
だが、別の視線を感じた。
ガレスだ。
青いスカーフのさらにその奥を見つめるように、目を細めている。
「ノア、お前にも聞きたいことがある」
ついに、私の正体について話すつもりなのだろうか。
全盛期の私ならまだしも、今の弱った私では、ガレスとヴェラを相手取るのは困難だ。
それに、アルヴィスはあちらにつくだろう。
そのことが、胸を締め付けた。
「最近、野良犬が食い殺される事件が増えている」
しかし、ガレスから出たのは別の話題だった。
気づかなかった?
それとも見て見ぬふりをしているのか?
だが、彼にそんなことをする理由がない。
緊張と戸惑いが入り混じる私に、ガレスは問う。
「お前はその事件についてどう思う?」
どうも何も、その犯人は私だ。そう疑って、私に訊いているのだろうか。
答えあぐねていると、アルヴィスが代わりに答えた。
「狼か何かだろ? もしくは野良犬同士の共食いとか」
「そうですよ、師匠。野良犬も食べ物がないんですよ」
ヴェラもアルヴィスと同意見のようだ。
ガレスは溜め息を漏らした。
「そうだといいがな。だが、あるいはもっと危険な生物かもしれんぞ」
ガレスがじろりと私を睨む。
ああ、やっぱり彼は、私が擬態生物だと確信している。
ここでそのことを追求してこない理由は私には分からない。
彼なりの思惑があるのかもしれない。
ガレスはガタッと椅子を鳴らし立ち上がった。
「今日はこのくらいにしておこう。アルヴィス、お前は今日はもう休め。ヴェラ、行くぞ。アルヴィスの証言を元に擬態生物を探す」
「え、今からですか?」
ヴェラの質問には答えず、ガレスは部屋を出ていく。
その去り際、ぼそっと私に言った。
「近いうちにまた会おう」
全身に怖気が走る。
今の言葉は、私にとって死刑宣告だった。




