12 クーラの介入
アルヴィスが擬態生物狩りに出かけるという。
夕食を終えたところで、アルヴィスが外出する準備を始めたのだ。
首と腹を守る革鎧を着用し、腰に剣を佩いた、狩人の恰好だ。
なんとなく嫌な予感がした。
アルヴィスだけに行かせたら、彼を失うことになるのではないか。
根拠なんて何もない。長く生きた擬態生物としての勘とでも言うのだろうか。
それに夜目なら、人間のアルヴィスよりも私の方が利く。
「ねえアルヴィス、私も連れていって」
「何言ってるんだ、ノア。さっきの飯もろくに食ってないし、連れていけるわけないだろ」
彼の言うことはもっともだ。
食事を摂れない者を連れていくわけにはいかないのは理解できる。
私が人間だったら、の話だが。
擬態生物は飢餓状態でも動こうと思えば動ける。
体のひび割れを促進することになるが、短時間であれば、戦えないこともない。
「お願い、アルヴィス。足手まといにはならないから。なんだか、アルヴィスが大怪我をしそうな気がして……」
「心配性だな。俺なら大丈夫だよ。これまでだって何度も、擬態生物狩りに成功しているんだ」
これまで大事にならなかったから、今回も大丈夫、とはならない。
嫌な予感が外れたとしても別にいい。問題は当たったときなのだから。
「ねえ、アルヴィス。お願い。君が心配なんだ」
上目遣いで、アルヴィスを見つめる。
人間を捕食していたときによく使っていた手なので、あまりアルヴィスには使いたくなかった。
だが、今回は譲れない。
「う……分かったよ。ただし、危ないと思ったらすぐに逃げろよ。いいな?」
私は頷いた。
首元の青いスカーフを確認する。
そして、二人で夜の街に繰り出した。
新月で薄暗く、夜気は冷たい。
向かった先は鐘楼近くの空き地だった。
狩人協会からの情報で、この近辺で擬態生物の被害者がいたらしい。
まだそれほど時間は経っていないらしく、近くに潜伏していると考えたのだそうだ。
擬態生物は定住しないので、既にいない可能性はある。
そうであってほしいと思う。そうすれば、アルヴィスが怪我をすることもない。
だが、定住しないだけで、しばらく同じ場所に居続けることもある。
そこが捕食に適していると思えば、そこで数人を捕食することも珍しくない。
到着した空き地は資材置き場に使われているのだろう。木の板や木枠が積まれている。
そして、そこに一体の擬態生物がいることに気づいた。
私にとっては運が悪いが、アルヴィスの勘は冴えていた。
「アルヴィス……擬態生物がいる」
「……見えるのか?」
しまった。
彼を案ずるあまり、余計なことを言ってしまった。
「うん。私、結構目がいいんだ」
そう言って誤魔化すしかなかった。
……何も言わずに、アルヴィスが傷つく方が嫌だと思い直すことにする。
「……アレか」
アルヴィスにも視認できたようだ。
静かに剣を抜き、擬態生物に斬りかかった。
だが、足音に反応したのか、擬態生物は素早い動きでアルヴィスの剣を避けた。
反応速度は人間のそれよりも速い。
「ちっ、狩人か。さっさと場所を変えるべきだったな」
初めてアルヴィスの擬態生物狩りについていったときの相手よりも、知能が高いのが分かる。
私ほどではないにしろ、何人もの人間を捕食してきたのだろう。
「化け物め。大人しく斬られろ」
アルヴィスが射殺さんばかりの目で、擬態生物を睨む。
その視線の先にいるのは、私ではない。けれど、私の胸がズキンと痛んだ。
彼は擬態生物を恨んでいる。
私の正体に気づけば、あの視線が私に向くことは想像に難くない。
「人間のくせに生意気だな」
擬態生物が恐るべき速度で、アルヴィスに迫る。
アルヴィスは剣で応戦する。
擬態生物の爪がアルヴィスを狙い、アルヴィスが剣の側面で弾く。
アルヴィスはすぐに反撃したが、相手は既にその場にいない。
周囲の資材を足場に立体的な動きをしていた。
少し離れたところから見ている私には、擬態生物の動きは見えている。
だが、アルヴィスは見失ったようだ。
足音を頼りに擬態生物に応戦するが、耳で聞いてからの反応では、擬態生物を捉えることができない。
「やるじゃねえか、狩人。だが、遅い」
アルヴィスの反応が遅れ、擬態生物に弾き飛ばされた。
いくら擬態生物の体が軽くても、速度に比例した衝撃がある。
「ガッ――」
アルヴィスは背中から資材に激突し、地面に倒れた。
そんな……いや、体は上下しているので、息はある。だが、気を失っている。
頭を打ったのかもしれない。大丈夫だろうか。
「今夜の餌はこいつだな」
私の心配をよそに、擬態生物が地面に倒れるアルヴィスにゆっくりと近づく。
嫌な予感はこれだったのだ。
「待って」
私は、アルヴィスに伸ばされていた擬態生物の腕を掴んでいた。
今の私は全盛期からすると、かなり弱っている。
「俺の獲物を横取りしようってか?」
「違う。横取りしようとしているのは君だ」
「あ? ふざけるな――ギャアア!」
私は擬態生物の腕を爪で裂いた。
千切るつもりだったのに、やっぱり飢餓状態が続いている私はかなり弱っている。
一旦離れた擬態生物は、私を強く睨む。
「てめえ、狩人より先にぶっ殺してやる!」
この程度の相手ならなんとかなると思ったのだが、難しいかもしれない。
せめて一口でも人間の肉、いや、血液でもいいから口にできれば、すぐに倒せるのだが。
だがもう人間は食べないと決めた。
アルヴィスを守るために、なんとか頑張るしかない。
その結果、彼に正体がバレたとしても……それはもう受け入れるしかない。アルヴィスの命の方が大事だ。
覚悟を決め、擬態生物を睨み返す。
次の瞬間――
相手が灰になった。
やったのは私ではない。
灰が舞うその向こうに、赤く光る目が浮かび上がった。
「僕のノアさんに手を出すなど愚かにもほどがありますね」
「クーラ……」
もっと厄介な相手が来てしまった。
今の私では相手にすらならないだろう。
むりやり繁殖を求められたら、抵抗すらできないと思う。
「なんてざまですか、ノアさん。そこで寝ている下等な人間など、さっさと食えばよろしい」
クーラが顎でアルヴィスを示した。
「そんなことできるわけない」
「? なぜです? 見たところ、ノアさんの空腹は限界のようですが?」
首を傾げるクーラに私は告げる。
「君には分からないよ。私は人間の感情を知ってしまった……私はアルヴィスが好きなんだ」
「確かに僕には理解できません。『好き』というのは、つまりあれでしょう? 繁殖したいというやつ。我々擬態生物と人間では繁殖できませんよ?」
そんなことは分かっている。
「それでも、好きになったのはどうしようもないじゃないか」
「やはり分かりません。繁殖相手なら僕がいるじゃないですか」
そんなのは絶対に嫌だ。
前からクーラとの繁殖は嫌だったが、今はもっと嫌だ。
「今のノアさんなら力づくでどうとでもできそうですが……邪魔が入ったようです」
この空き地に向かってくる足音が聞こえる。
「さっきの擬態生物を始末しに来た狩人たちのようです。さすがの僕も数人の狩人相手は分が悪い」
クーラは肩を竦めた。
「今日のところは失礼しますよ、ノアさん。それでは、また近いうちに」
そう言って、彼は闇夜に姿をくらました。
「う……」
アルヴィスの呻き声だ。
すぐに彼に駆け寄る。
「アルヴィス、アルヴィス、大丈夫?」
「の、ノア……? アレは?」
「……逃げていったよ。だから、もう大丈夫」
嘘をついた。
どんどん嘘に嘘を重ねている。それでも、私はアルヴィスと少しでも長く一緒にいたい。
「そう、か。ノアが無事でよかった」
胸が痛んだ。
やがて、こちらに来る足音が大きくなり、数人の狩人が現れた。
目標の擬態生物――クーラが灰にしたが――を数人体制で探していたのだろう。
狩人たちの中には、私も知っている顔があった。
アルヴィスの幼馴染のヴェラと――
私に気づき、鋭い視線を向けてくるガレスだ。




