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灰とスープと人喰い擬態生物《ミミック》 ~虚ろな灰は嘘をつく~  作者: 彼岸茸


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1/7

1 虚構の始まり

初めましての方は初めまして。

過去作を読んでくださった方はお久しぶりです。

彼岸茸です。


新作『灰とスープと人喰い擬態生物ミミック ~虚ろな灰は嘘をつく~』の投稿を開始しました。


人外×人間のダークで切ないファンタジーです。


本日は初日につき、一気に3話投稿します。

明日からの三連休は2話(12時頃、18時頃)投稿します。

その後は基本的に18時頃に毎日1話ずつ、土日は2話(12時頃、18時頃)投稿し、約2週間で完結します。


※メリーバッドエンドです。

※当作品は「小説家になろう」「カクヨム」「Nolaノベル」に同作者名義で投稿しています。

※当作品はプロット整理、本文の校正に生成AIを使用しています。

 隣には成人男性の死体が転がっている。

 首元や腹部の柔らかい肉が抉られていた。


 それをやったのは他ならぬ私だ。


 降りしきる雨が私についた血を洗い流してくれた。


 私は壁にもたれるように死体の横に座り込み、赤く濁った水溜まりを覗き込んだ。

 そこに映るのは、整った顔立ちの少女だ。漆黒の髪は雨に濡れ、顔に貼りついている。


 人間であれば、さぞかし異性に好まれる外見だろう。

 だからこそ、私はそうした美少女とも言える見た目をしている。


 簡単に人間の男――餌を釣れるからだ。

 隣の死体もそうした人間の男に過ぎない。


 人間は生きるために、他者を喰らう。

 それは私――擬態生物(ミミック)も同じことだ。その食べ物が人間というだけの話だ。

 人間に擬態し、人間を食らう生物。


 人間の男を食って、腹は満たされた。

 けれど、どこか虚しい。ただ生きるためだけに、ときどき人間を摂取するだけの日々。


 死なないために餌を食らうだけ。


 死にたいわけではないのだから、それで別に構わないが。


 さて、早くこの場を去らなければ、面倒なことになる。

 人間を殺すことなど容易いが、だからといって無闇に殺す必要はない。


 そう思って、立ち上がろうとした時、雨音にまぎれて声が聞こえた。


「ちっ、遅かったか」


 雨の向こうから姿を現したのは、若い人間の男だ。

 少年から青年に差し掛かる年頃だろうか。その腰に長剣を佩いている。


 狩人(ハンター)

 擬態生物を狩ることを生業とする人間だ。技術を磨いて擬態生物に対抗していると聞く。


 私は実際に狩人に遭遇したことはなかったが、目の前の少年が狩人であると、直感が警鐘を鳴らした。

 状況は最悪だ。


 転がっている成人男性の死体と、ひどく整った顔立ちの美少女()


 身構える私に、しかし彼は予想外の言葉を投げかけた。


「大丈夫か? この人を殺した奴を見なかったか?」


 私を疑っていない……?

 それなら好都合だ。適当に話を合わせて、どこかに行ってもらおう。


 今の私は腹が満たされている。何日かは人間を食べなくても平気だ。

 なので、この少年を食べる必要はない。


 私は少年の問いに対し、首を横に振った。


「そうか、君まで襲われなくて良かった……家まで送ろう。どこに住んでるんだ?」


 住処などない。

 人間のように特定の場所で暮らしているわけではないのだ。


「……この街に来たばかりで……」


 だから、私はそう答えた。


「来たばかりで災難だったな。だが、こんな女の子を一人で放っておくこともできないし……」


 少年は頭を抱えた。

 私が擬態生物である可能性ははなから考えていないようだ。


「君さえ良ければ、俺の家に来るか? あ、いや、決して疚しい気持ちがあるわけじゃないぞ」


 思いがけない提案に驚いた。


 少年は雨で私の肌に貼りつく服から目を逸らした。

 ああ、人間の男はこういうのも好むのだった。


 狩人の家に行く……私にとって危険なことだが、狩人のことを知るにはちょうどいいかもしれない。


「……それじゃ、お願いしようかな。行くところも、頼れる人もいなくて困ってたんだ……怖い目にも遭って……」


 完全に嘘だが、少年は私の言葉を信じたようだ。


「俺はアルヴィスだ」


 彼は名乗ると、私に手を差し出した。


「……ノアだよ」


 一瞬躊躇ってから、私はその手を取った。アルヴィスにぐいっと引っ張られ、立ち上がる。

 雨で冷えた身体に、アルヴィスの手は温かかった。


 しかし、彼は眉をひそめた。


「軽いな……」


 私は警戒を強めた。

 体重が軽いのは、擬態生物だからだ。体表こそ人間を真似ているが、その中身は空洞になっている。


 私の正体に気づいたか?


 だが、彼はこう続けた。


「ちゃんと食ってるのか?」


 食ったばかりだが、そんなことは言えないので、私は曖昧に笑ってごまかした。


「じゃあ行こう」


 彼は自らの外套を私に羽織らせ、先行した。

 他愛のない会話をしながら、アルヴィスについていく。


「この街には何をしに来たんだ?」

「……少しいろいろあって……」

「訳ありか。まあ聞かないでおくよ。そうだ、ちょっと寄るところがある」


 そう言って向かったのは、警邏隊の駐在所だった。

 再び身構えた私だったが、アルヴィスは遺体のことを伝えただけだった。

 これまで、私が食ってきた人間の遺体も、警邏隊が処分してきたのだろう。


 警邏隊は私に事情聴取しようとしたが、アルヴィスが「今はショックを受けているから」と断ってくれた。

 ほっと胸を撫で下ろす。


 今度こそ、アルヴィスの家に向かう。


「俺が言うのもなんだが、知らない男についていったりしたら駄目だよ」

「……君は私に何かするつもりなの?」

「え? いや、そんなつもりはないけど」


 きっと、私が美少女の皮を被っているから、アルヴィスは自宅に私を招いたのだろう。

 彼の頬は少し赤くなっていた。


 そういう人間は何度も見てきた。狩人であっても、所詮は人間ということだ。


 そんなことを話している内に、アルヴィスの暮らす集合住宅に到着した。そこの三階だ。

 中は物が散乱していた。


「とりあえず、湯浴みしたらいい。体も冷えてるだろうし、濡れたままは良くない。着替えは悪いが、俺の服しかない」


 擬態生物が風邪を引くことはない。しかし、ここで断るのもおかしいので、アルヴィスの申し出を受け入れる。


「でもアルヴィスも濡れてるよ。一緒に浴びる?」

「お、俺は拭くだけで大丈夫だから!」

「冗談だよ」


 彼に着替えを渡された私は、温かい湯で体を清める。

 鏡に映る私はどこからどう見ても人間の少女だ。水をよく弾く滑らかな肌に、整った顔立ち。

 この容姿で何人の人間を釣って、食ってきたことか。


 風呂場を出ると、アルヴィスがスープを作っていた。


「ちょっと待ってろ」


 彼は私に気づくとそう言った。どうやら私のために作っているらしい。


 アルヴィスは慣れた手つきで、野菜や干し肉を切っている。

 それを熱湯で煮ている。今入れた粉は、味付けというやつだろうか。


 やがてできあがったスープを皿に移し、テーブルに運んできた。

 私の分と、彼の分だ。


 どうすべきか悩んだが、しばらくはかわいそうな少女を演じることにしたのだった。

 大人しく、席に着く。


「美味しそうね」


 人間の食べ物の味など分からない。


「大したものじゃないけどな」


 彼も向かいの椅子に座ると、ふと表情を和らげた。


「アッシュベルクにようこそ」


 実は長くこの街にいるのだが、初めて街の名前を知った。興味がないので、全然知らなかった。


「雨で見にくいが、あそこに鐘楼があるんだ。見晴らしがいいから、今度連れていってやるよ」


 初めてこの街に来たと彼には説明したので、観光案内でもしてくれるのだろうか。


「ありがとう。その時はよろしくね」


 私はそう言って微笑んだ。


「任せろ。それより、食べないのか? 腹は減ってるだろう?」


 私がスープに手をつけないので、彼が尋ねてきた。

 人間の少女を演じる以上、避けては通れない道だ。

 意を決して、スープを一口飲む。


 温かい。

 だが、それだけだ。


 何の味もない。

 飲みこんだ瞬間、吐き気を催す。


 擬態生物は人間の食事を受け付けない。

 しかし、ここで吐くわけにはいかない。今、アルヴィスに疑われるのは避けたい。


「口に合わなかったか?」


 心配そうな顔をするアルヴィス。


「……いえ、ちょっと食欲がなくて」

「急に食べたら腹がびっくりするからな。無理はするなよ」

「うん……ちゃんと美味しいよ」


 そう言いつつ、無理をして何口か食べた。


 食事を終え、寝ることになった。

 アルヴィスは私にベッドを譲り、自分は床で寝てしまった。私には不要だというのに。


 こういう人のことをお人好しというのだろうか。

 擬態生物である私には分からない。


 彼がしっかりと寝入ったのを確認してから、私はトイレに向かった。

 吸収できず、ずっと吐き気を誘発しているスープを吐き出すためだ。


 出すものを出し、ようやく吐き気が落ち着いてくる。


 ふと、アルヴィスに目をやる。

 彼は私にとって、捕食対象でしかない。

 狩人のことを学び、利用価値がなくなれば、その時は食べてしまおう。


 そのためにも、なんとか彼の仕事に同行し、狩人の手口を学ばなければ。

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