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この世界は、小さく静かでちょうどいい~小さな体ではじまる異世界転移〜  作者: ウラン
第3章《風読みの街で》

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第94話 風受け会議の夜

ナギと実紗は、風受けの中央通りを並んで歩いていた。

夕方の光が石畳に落ちて、布の切れ端みたいな影をつくっている。


カフェに入ると、実紗はナギの向かいに座り

資料を取り出す。

「ショーは成功させてみせるわ」

「……で、ステージの動線は?」

ナギが先に口を開く。

「左右から入れて中央でターン。最後に全員で出る。単なる見せ物にしないように物語を含んだ構成にしたいの」


「若手は華やかな新しいものを出そうとしているわ。だから締めは和服にして。重みを出そうと思っているわ」


「和服、出すつもりなんだ」

「出すわよ。さっき決めたでしょう?」


「昔から、あんたは今しか見えてないんだから」

ナギは、しかられた子供のような顔をする。


「それで、売上概算は?」

「去年の秋冬が四千八百万。その一割でもショーで動かせたら成功かな」

「強気だな」

「強気じゃないと回らないの。知ってるでしょ?」

知っている。

ナギは小さく頷く。


「とにかく、デザイン、製作は任せて。ナギは数字と生産調整をお願いね」

「了解」


「販売ブースや予約販売の人員も任せていい?」

「そうね、若い子達や見習いを総動員させるわ」

「頼れるお姉さまです」


「ほんとに、、、、」

一拍、間が落ちる。

実紗はカップを持ち上げながら、何気ない声で言った。


二人の距離は自然だ。

歩幅も、視線も、間の取り方も。

長く同じ時間を過ごした人間のそれ。


実紗はカップをおろして、ナギを見つめる


「流花さん、いい子ね」

ナギの指先が止まる。


「……ああ」

「あなた、ああいうタイプ弱いでしょ」


「どういう意味だよ」

「まっすぐで、仕事もできて、しかも自覚ない子」

ナギは視線を逸らす。

実紗は小さく笑う。


「昔から、ああいうの放っておけないじゃない」

“昔から”

ナギは苦く笑う。


「俺が?」

「そうよ。小さい頃だって」

実紗は肘をつき、ナギを見つめる。


「怪我した猫拾ってきたの、覚えてる?」

「……覚えてるけど」

「世話して、最後は自分が泣いてた」


ナギは言い返せない。

実紗は目を細める。

「守るのは好き。でも選ぶのは下手」

「選ぶって何を」

「私と、仕事」

静かに言った。


冗談のトーンではない。

ナギは一瞬だけ息を止める。

「……そんな話じゃないだろ」

「そう?」

実紗は微笑む。

強い女の顔。

「私はね、昔からナギのこと好きよ」

空気が止まる。


カップを置く音だけがやけに響く。

「あなたのそういうところも含めて」


ナギは視線を落とす。

「……知ってる」

「言ってないけどね」

「そうだっけ?何度となく言われてますけど」

ナギは冗談っぽく笑う


「じゃあ何で何も言わないの」

ナギは答えない。

実紗は小さく息を吐く。

「あなたは優しい。でもね、それ残酷」

「俺は、実紗のことは」

「お姉ちゃんでしょ?」

先に言った。

「そういう扱い、もう何年もされてるからわかってるわ」


ナギは困った顔をしながら続ける

「楽なんだよ」

本音だった。

「実紗といるのは」

実紗は笑う。

少しだけ寂しそうに。

「でしょうね」

「安心する」

「だから恋にならないってことよ」

痛いほど静かに言った。


沈黙。


「ショーは成功させる。そこはブレない」

「……ああ、実紗なら任せられる」


「でもね」


「ナギの流花さんに向ける目、仕事だけじゃないでしょう?」

ナギは何も言えない。

「昔からね、私が好きになる人は、私を選ばないのよ」

「選ばないでいるうちは、誰も選ばれない」

そう言って立ち上がった。

ナギはしばらく動けなかった。




その頃。

旅館の一室。

畳の匂いに反物が並ぶ。


「さて、流花さん。私は和服工房の(ミオ)

こっちは娘の千聖(チサト)よ」

「よろしくお願いいたします」

「それで?ジーンズ生地で、ですって?」

澪が眉を寄せる。


流花は反物に触れながら言う。

「はい、ジーンズ生地やギンガムチェックの木綿の生地、半襟にレースを使ったり、帯は作り帯と言って結ばないで留めるだけのものがあったりと、和服もかなり進歩しています」


「着物の“形”はそのままなの?」

若手が身を乗り出す。

「はい、見た目はそのままなのですが、紐をつけたりワンピースのように着れたり脱ぎ着しやすくなってるものもありました」


澪は、ちょっと憤慨しながら言った。

「そんなの考えられない、邪道じゃない」


でも千聖は、ちょっと嬉しそうに言う

「着物は、小物も多いし、そもそもどうやって着ればいいかわからないっていう人も多いでしょう?そのハードルを無くすのはいいことだわ」

「ねぇ、外では流花さんも和服着てた?」


「普段着としては着てないですが、ちょっとおめかしする時ように持ってましたよ。あと、お祭りには浴衣、必ず着てました」


「ファッションショーで、かわいい新作浴衣、いくつか出すのはどうでしょうか?」

「お祭りって三日間あるじゃないですか?ファッションショーは初日、そこで、かわいい浴衣を見せて、帯とセットで販売するんです」


「そしたら、二日目、三日目に着たいと買ってくれる人も多いと思うわ!」

千聖はちょっと前のめりに賛成している。


澪はちょっと難しい顔で

「若い子達、着るかしら?」

「若い世代が着物を着たいと思わなければ、風街で着物が絶滅しちゃうよ」

千聖が食い下がるように言う。


「いくつかデザイン考えて、素材も考えてみます。浴衣からなら和服に入りやすいのは、わかりましたから」

澪は納得してくれたようだ。


流花も

「私も、風受けに戻ったら工房にお邪魔していいですか?向こうで流行ってたデザインとか、まとめて持っていきますね」


その瞬間、ふと窓の外を見る。

橋の向こう。

ナギと実紗が並んで歩いているのが見える。

笑っている。

自然に。

胸が、ぎゅっとする。

でも――

「今は、こっち」

そう言い聞かせるように

前を向く


澪と千聖は新しい浴衣のデザインについて

かなり熱く話し合っている。


「では、私はこれで」

流花が立ち上がると、澪が言う

「流花さん、ありがとう」

「正直言うと、和服に未来は無いような気がしていたの。貴方のお陰で光が見えたわ」


「風受けに帰っても、よろしくお願いします」

千聖も丁寧に頭を下げる。


流花は息を吐く。

手が少し震えている。

怖かった。

でも、踏み込んだ。

“街に関わる”って、こういうことだ。


部屋を出てロビーに行くと

ナギと実紗が、並んで話していた。


「あら、流花さん。そちらの話は終わったの?」

「はい、ファッションショーで、浴衣をいくつか出して、それをその場で販売したいという事になったので、澪さん達と打ち合わせして貰えると助かります」

「それは素敵!ちょっと行ってくるわ」

「じゃあ、ナギ。また明後日、最終日にね」


そう言い残して、実紗は走っていった。


「全くアイツは、いくつになっても落ち着かないんだから」

ナギがため息混じりで言う。


「仲、いいんだね。実紗さんと」

流花がちょっとつついてみる

「仲いいというか、小さいときから近所にいる、怖いお姉さんだよ」

ナギが笑いながら言う。


実紗さんは、それだけじゃないと思うなぁ

胸の奥が、じわりと重い。

――なんだろう。嫉妬?

違う。


自分は後から来た人間だ。

あの人たちは“昔から”。

その時間には入れない。

「……やだな」

小さく呟く。


「ん?どうした?」

いつも通りのナギの笑顔

「いや、何でもない。さぁ部屋に戻ろう。明日は風巡りの会議でしょ」


何が嫌なのか分からないのに。

風が強く吹く。


流花は、歩き出す。


ナギは早足で歩く背中を見て

「何かを取りこぼした気がした」

昔から、隣にいるのは私だった。

あの子は優しい。 守るのが得意で、自分のことは後回し。だから安心してた。 ずっとこの距離のままだって。

でもね、 ああいうまっすぐな子が来ると、さすがに焦る。

“昔から”は強いけど、 それだけじゃ足りないのも知ってる。

負ける気はない。

ただ―― 選ばれなきゃ、意味がないだけ。

(実紗、心の声でした)


ここまで読んでいただきありがとうございます

次回は風巡り会議です

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