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この世界は、小さく静かでちょうどいい~小さな体ではじまる異世界転移〜  作者: ウラン
第3章《風読みの街で》

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第88話 距離

夜風が、少しひんやりして気持ちいい。

街の灯も少しずつ減ってきている。


宿までの道を、二人で並んで歩く。

石畳を踏む音が、やけに大きく聞こえた。


「本当に……楽しかったなぁ~」

流花が、ふっと言った。

声はいつもより柔らかくて、少しだけ舌が回ってない。


「楽しそうだったね。カフェまで笑い声、聞こえてきたもん」


「うん。なんかね、久しぶりに、なーんにも考えずに笑った」

そう言って、流花は小さく伸びをする。


「ねえ、ナギ」

「なに?」

少しだけ、間があった。

流花は夜空を見上げたまま、ぽつりと言う。


「……好きだなぁ」


ナギの足が、ほんの一瞬止まりそうになる。

え?

今、なんて?

心臓が、嫌な音を立てた。


「え、えっと……?」


ナギがそう聞き返すより早く、

流花はくるっとこちらを向いて、にこっと笑った。


「この街」

ああ、と同時に、

まだ落ち着かない鼓動。


「この街、ホントに好きになりそう」


何でもない話みたいに。


「人もさ、あったかいし」

「ごはん美味しいし」

「仕事も楽しいし」

指を折りながら数えて、

最後に、ちょっと考えてから言う。


「……風も、気持ちいいし」

ナギは、息を整えるのに必死だった。


「……そっか」

それだけ言うのが、精一杯。


流花は気づいていない。

自分が、どれだけ近くにいるか。


歩くたびに、

肩が、たまに触れる。


「ねえ、ナギ」

「うん」

「私さ、ここ来てよかったって思ってる」


少し酔っているからか、

声が正直すぎる。

「なんか……」

「一人じゃない感じ、する」


ナギの喉が、鳴った。


それは、

自分が理由になってしまう言葉だから。

「……それは」

言いかけて、飲み込む。


流花は、そんなナギを気にも留めず、

また前を向いて歩き出す。


「明日の会議、がんばろーね」

「私もこの街のためになれるようにがんばる」


「うん……」

「ナギも、ちゃんと寝なよ?」


「最近、顔疲れてる」

距離が、近い。


近すぎる。


ナギは心の中で叫ぶ。


――無自覚は、反則だ。


流花は、何も知らないまま、

楽しそうに歩いている。


「あ、もうすぐだ、宿の灯見えてきたよー」


流花が、何でもないことみたいに言う。


その一言で、

ナギの胸の中が一気にざわついた。


――もう着く。

――この時間、終わる。

――いや、でも、早く着いてほしい。


頭の中が、ぐちゃぐちゃになる。

このまま、

並んで歩いていたい。

流花が、隣にいて、

たまに肩が触れて、

酔った声で、ため口で、

無防備に笑ってる、この時間が。

ずっと続けばいいって、思う。


でも同時に、

早く部屋に戻って、

一人になって、

この気持ちを落ち着かせたいとも思ってる。


心臓が、うるさすぎる。

――これは、まずい。

――近すぎる。

――可愛すぎる。


「……ナギ?」

流花が、少し首をかしげてこちらを見る。

「どうしたの?」

「コーヒーで酔っちゃった?」


近い。

顔が。

声が。

「……なんでもない」

必死で、平静を装う。


宿の入口が、すぐそこにある。

早く着いてほしい。

でも、まだ着かないでほしい。


進みたいのに、

立ち止まりたい。

ナギの中で、

感情が全部いっぺんに暴れていた。


――うわぁ……。

心の中でそう叫びながら、

それでも足は、前に進んでいた。


夜の風街で、

好きになってはいけないと思いながら、

もう、とっくに遅いことを知って。

距離が近づくと、言葉より先に気持ちが追いついてしまう夜があります。

流花はただ楽しくて、

ナギはただ必死で、

同じ道を歩いているのに、見ている景色は少し違う。

進みたい気持ちと、立ち止まりたい気持ち。

その間で揺れる時間

ここまで読んでいただきありがとうございます

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