第85話 恋バナ
「希妃、結婚の話はどうなってるのよ」
一瞬、場が静まる。
「……その話ねぇ」
希妃は串を置いて、少しだけ肩をすくめた。
「なんかさぁ、仕事辞めて主婦になって欲しいんだって言うのよ。だから」
少し間を置いてから、あっさり言った。
「別れたわ」
「えっ」
流花が思わず声を出す。
「理由は?」
綺羅が、もう分かってるような顔で聞いた。
希妃は、苦笑いしながらグラスを持つ。
「“仕事を辞めてほしい”って言われたの」
場の空気が、すっと静まる。
「え……」
「だってさ」
希妃は続ける。
「一緒に過ごす時間が減るのは嫌だ、とか」 「女は家庭にいるものだ、とか」
「ね?、ありがちでしょ?」
「まぁ、あいつんちの母親って専業主婦だからね。言いたいことは分かるんだけど」
グラスを置いて、はっきり言った。
「でもね私、本を書くのが好きなの」
「向こうの本をこっちに合わせて書き直すのも自分で物語を考えるのも」
「それを辞めろって言われた瞬間にね」
少しだけ、肩をすくめる。
「この人とは、一緒に生きられないなって思った」
「正解」
陽子が、即答した。
「それは正解」
「うん、間違ってない」
綺羅もうなずく。
「仕事は、希妃の一部だもん」
「ありがとう」
希妃は、少し照れたように笑う。
「嫌いになったわけじゃないのよ、ただ……」 「私が私でいることを、削らなきゃいけないなら、一緒にいる意味がないなって」
「かっこいい……」
流花が、思わず呟く。
「ほんとよ」
ミズキさんも言う。
「この街、働いてる女ばっかりなんだから」 「仕事辞めろなんて言われたら、街全体を敵に回すわよ」
「それは怖い」
全員が笑う。
「でさ」
綺羅が流花を見る。
「流花ちゃんは?」
「向こうでは、仕事と恋、どっち優先だった?」
流花は、少し考えてから答えた。
「……気づいたら、仕事しかしてなかったです」
「わかるー!」
「それそれ!」
「厨房って、朝はゆっくりなんだけど、夜が遅いし、休みも少ないしそんな暇ないっ!」
笑いが起きる。
「でもさ」
希妃が、少しだけ真面目な顔で言う。
「仕事してる女が、恋しちゃいけないわけじゃないのよ」
「仕事を大事にする女を、ちゃんと好きになってくれる人が、たぶん、いるだけ」
「そういう人に出会えるかどうか、だよね」
流花は、静かにうなずいた。
「でも、ちょっと前なら仕事辞めろっていう男の人ばっかりだったみたいなんですけど、今はそういう考えの人ってあまりいないですよ」
「たぶん、、ですけど」
「反対に、私が仕事頑張るから、彼に仕事辞めて家にいろっていう女性もいますし」
「そんな時代がきてるのー?」
「そうですよ、この国のトップ、総理大臣っていうんですが、今、、女性ですし」
「すごい!」
三人が声を合わせた
「そんな国に私達いるのね」
「じゃあ、世の中の女性に、かんぱーい」
「それと――」
にやっと笑う。
「辞めろって言う男に、未来はない!」
四つのグラスが、軽く音を立てた。
仕事を続けること。 好きなことを、手放さないこと。
それを当たり前に笑い合える夜が、 流花には、たまらなく心地よかった。
「流花ちゃんも、この街で恋見つかるといいね」
「それからね――」
少しだけ、声を落として続ける。
「この街、恋が動き出すときは」
「だいたい、風が教えてくれるから」
「なにそれ、ロマンチックすぎ」
「でしょ?」
四人は、もう一度グラスを合わせた。
仕事の話も、 未来の話も、 まだ言葉にならない気持ちも。
夜の風街に、 女子の笑い声が、ゆっくり溶けていった。どうかな
恋バナだったけど、
きゃいきゃいというより、ちょっと現実的な夜でした。
仕事の話も、別れの話も、女性が強いって話も
でも、こういう夜はどこにでも転がってますね
ここまで読んでいただきありがとうございます




