第8話 「これで材料、全部ですか?」
作業台の上に、材料が揃えられた。
海老。
トマト。
油と塩、乾いた唐辛子。
流花は一つずつ目で追ってから、顔を上げる。
「……これで、材料全部ですか?」
旦那さんが、ふっと口の端を上げた。
「全部だ」
「今日は、海老が安かったんだよ」
女将さんが言う。
「朝、市場でね」
「思ったより、いいのが出てて」
旦那さんが続ける。
「だから、サービスランチにしようと思ってな」
「数も出る」
作業台に手を置き、流花を見る。
「一回、これで作ってみてくれるか」
言葉は軽い。
でも、意味は重い。
「……はい」
返事をしてから、
少しだけ息を吸う。
鍋の前に立つ。
火を入れる。
油を回す。
耳かき一杯の唐辛子が、
思ったよりも存在感を主張する。
「塩、少なめで」
女将さんの声。
「了解です」
海老を入れる。
音が立つ。
色が変わる。
少しだけ、手が硬い。
――落ち着いて。
トマトは、半分。
赤が鍋に広がる。
「火、落として」
旦那さんの声が、すぐ近くにある。
火を落とす。
待つ。
香りが、まとまる。
「……味、見て」
一切れ。
酸味のあとに、
遅れて辛味。
海老が、ちゃんと残っている。
「……いいな」
旦那さんが言った。
「昼向きだ」
女将さんも頷く。
「ご飯、進むね」
「じゃあ、これでいくか」
鍋に、もう一度火が入る。
流花を見る。
「今日のランチの海老だ」
「頼むよ」
一拍置いて、
「……名前は?」
「流花です」
「流花」
確かめるように呼んでから、
「他のメニューは、俺がやる」
流花はこれに集中して」
「はい」
女将さんが続ける
「周り見て、手が空いたら手伝って」
そのやり取りを聞いて、
ナギが小さく手を挙げた。
「じゃあさ 僕たちも、ここでランチ食べてく?」
流花は一瞬だけ振り返る。
「さっき、朝ごはん食べたでしょ」
「……たしかに」
ナギは苦笑して、頭をかいた。
「じゃあ、お昼過ぎにもう一回来るよ
終わる頃でいい?」
「うん」
「無理しないで」
そう言って、
ナギはモクレンと一緒に暖簾の向こうへ下がっていった。
外が、ざわつき始める。
「来るよ」
女将さんの
「いらっしゃい!」
その声を合図に、
厨房の空気が一段、速くなる。
ランチタイムが、始まった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
ランチ前の空気と、少しだけ緊張する瞬間を書いてみました。
次は本番です。
また読んでもらえたら嬉しいです。




