第66話 次の議題
「では、次の議題に移ります」
その一言に、流花は思わず拳を握ってしまった。
無意識だった。けれど、胸の奥がきゅっと固くなるのが自分でもわかる。
――来る?
そう思った瞬間、隣にいたナギが、ほんのわずかに首を振った。
まだ大丈夫。
そう告げるような、静かな仕草だった。
「次は、前回の外部調達分の確認です。お手元の資料をご覧ください」
司会の声が続く。
「各街の方々、内容に間違いはありませんでしたでしょうか」
ざわ、と会議室の空気が動く。
間違いがなければ、今季の外部調達についての希望を出してほしい、という流れらしい。
各街ごとに、小さな会話がぽつぽつと始まる。
そのとき、前の席にいた乙葉が、くるりとこちらを振り返った。
「外部調達っていうのはね、風街の“外”との取引のことよ」
柔らかく笑って、流花を見る。
「流花ちゃんも、そこから来たんでしょう?」
少し冗談めかした声だった。
「向こうにあって、こっちにはないものを、必要な分だけ分けてもらってるの。
材料とか、資源とか……そういうもの」
乙葉は少し身を乗り出して、声を落とす。
「流花ちゃんは“外”を知ってる。
だからね、風受けに必要そうなもの、今はここに無くて、向こうにはあるもの……
何か思い当たること、ある?」
突然の問いに、流花は言葉に詰まった。
「えっと……こちらに何があって、何がないのかを、まだちゃんと把握できてなくて……」
正直な答えだった。
「そうよねぇ」
乙葉は苦笑する。
「本当は、私たちが向こうに行けたら一番いいんだけど……
なぜか、風街の外には出られないらしいのよ」
一瞬だけ、本音が零れた。
「行ってみたい気持ちは、あるんだけどね。
――この話、この街では禁句だから」
その言葉に、ナギが乙葉を見る。
穏やかだけれど、はっきりとした視線。
――その話は、ここまで。
そう伝える目だった。
「……明日の部門会議、出てくれる?」
乙葉は空気を切り替えるように言った。
「流花ちゃん、多分いろんな会議に呼ばれると思うけど」
――ああ、そういうことか。
流花はようやく理解した。
“外”を知る人が少ない。
だから、自分のような存在は、情報源として貴重なのだ。
「午後の会議で、その辺は決まります」
ナギが代わりに答える。
「夜にでも、乙葉さんに報告に行きます」
「……了解」
乙葉は一瞬だけ、真剣な表情になった。
「じゃあ、夜に待ってるわ」
話は再び、調達内容に戻る。
「風受けの新規調達は、前回と同じで大丈夫ですか?」
ナギが確認すると、デザイナーの一人が手を挙げた。
「秋冬に向けて、暖色系の毛糸を多めに欲しいんです。
羊毛は、入っていましたか?」
「去年と同じ量で、よかったですよね?」
乙葉が資料をめくる。
「いえ、今年は少し多めに。
風守りからの注文が増えていて」
「では、前回の一・二倍ほどで?」
「それでお願い」
淡々と、けれど確実に話は進んでいく。
他の街の報告も続いた。
風巡りでは、
チョコレート、コーヒー、スパイス、ココナッツミルク。
牛肉、豚肉、ツナ缶。
どれも、この街では作れないものばかりだ。
風守りは、鉱物資源やプラスチック、石油関連。
風綴りは、書籍の追加調達。
――確かに。
流花は思う。
ここには、ここで完結する文明がある。
けれど、すべてを内側だけで賄えるわけじゃない。
この街は、閉じているようで、
外と、確かにつながっている。
そしてその“つなぎ目”に、
自分が立たされ始めていることを、流花は静かに感じていた。
あ会議、静かだけどじわじわ重くなってきました。
流花はまだ“中心”じゃないけれど、
少しずつ立ち位置が変わり始めています
次は午後の会議。
本当に“倉庫番一族だけ”の時間です。
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