第5話 「外れを歩く」
朝は、町の音で分かった。
人の話し声。
荷を運ぶ足音。
何かを打つ、乾いた音。
集会所の外に出ると、昨日よりもずっと多くの人が動いていた。
石を敷いた道が何本も伸び、
その両脇に建物が続いている。
思っていたより、町は広い。
低い屋根ばかりだと思っていた建物も、
奥へ行くほど数が増え、
通りがいくつも枝分かれしている。
「……大きいな」
小さく呟きながら歩く。
昨日入った湯屋の前で、足が止まった。
昼の湯屋は、夜とは違う顔をしている。
入口は開け放たれ、
中から白い湯気がゆっくり外に流れている。
桶を運ぶ人。
床を拭いている人。
外壁には、湯の時間を書いた札が下がっていた。
「朝からやってるんですね」
声をかけると、
ちょうど外に出てきた女性が、こちらを見た。
「やってるよ。朝は一番人が来るから」
髪を後ろでまとめ、
腕まくりをしたまま、桶を脇に抱えている。
「夜より忙しそうです」
「そりゃそうさ。
夜は身体を休めに来る人が多いけど、
朝は、動く前に来る人が多いからね」
なるほど、と思う。
「昨日も来てたよね?」
少し考えてから、頷く。
「はい」
「やっぱり。
夜だと顔、分かりにくいからさ」
そう言って、女性は湯屋の中を振り返る。
「歩くなら、昼がいいよ。
町の癖が見える」
それだけ言って、
また中へ戻っていった。
湯屋を離れて、さらに歩く。
通りに出ると、
商店の並ぶ一角に差しかかる。
木箱に並ぶ品。
布を広げている店。
刃物を打つ、澄んだ音。
「おや」
店先から声がかかった。
「見ない顔だね」
「昨日、来たばかりで」
「そうかい」
少しだけ、上から下へ視線を動かされる。
「お嬢ちゃん、どこから来た?」
一瞬、言葉に詰まる。
「……遠く、です」
「ふうん」
「この町には、何しに?」
考えて、
正直に答える。
「……まだ、分からなくて」
「そういう人も、たまにいる」
「住む場所探しかい?」
「たぶん」
「なら、真ん中より外れを見な」
理由は言わない。
説明もしない。
それが、この町の距離感らしい。
礼を言って、歩き出す。
引き止められないのが、ありがたい。
しばらく歩いたところで、
ふと視線が上に向いた。
町の向こう。
屋根の連なりのさらに奥。
空を裂くように、
とてつもなく大きな建造物が立っている。
一部しか見えていないのに、
高さが分かる。
町の建物が積み重なった向こうで、
まったく別の基準で作られたものが、
静かにそびえている。
壁面は滑らかで、
石とも木とも違う質感だ。
窓のようなものが、
規則正しく並んでいるのが見える。
「……あれ、なに」
首を思いきり上げないと、
全体が視界に収まらない。
人が作ったものなのは分かる。
でも、
人が“暮らすため”に作ったものには見えない。
大きすぎる。
そして、古い。
町の建物よりも、
ずっと長い時間、
そこに立っている感じがした。
周りの人たちは、
誰もそれを見上げない。
影の下を、
当たり前のように行き交っている。
町は、
思っていたより、ずっと大きい。
一つの町というより、
役割の違う場所が、重なってできた場所だ。
歩くにつれて、
店の数が減り、
人の密度も下がっていく。
話し声が遠のき、
足音の間隔が広がる。
ここが、外れだ。
町の終わりじゃない。
使われ方が変わる境目。
振り返ると、
商店の通りが少し遠い。
見上げると、
あの巨大な建造物は、まだ視界に残っている。
「……端から、か」
町に居場所を作るなら、
中心じゃない。
まずは、
ここから。
流花は、もう一度周囲を見回した。
大きすぎるものと、
ちょうどいい距離。
その間に、
自分の居場所がある気がしていた。
読んでいただき、ありがとうございます。
今回は町を歩きながら、
昼の空気や人の動きを書いてみました。
夜とはまた違う顔が見えてきた気がします。
次は、もう少し外れの方で考える回になります。
またお付き合いいただけたら嬉しいです。




