第47話 移動手段
店に戻って、簡単な夕食を三人で済ませた。
湯屋に行って、戻ってくるころには、外はすっかり夜の色になっている。
今日は店が休みだから、いつもより少し早い時間だ。
湯屋から帰ると、居間の灯りがついていた。
ヒロさんが、卓に向かって晩酌をしている。
「おう」
顔を上げて、軽く手を振る。
「たまには、少し飲むか?」
「じゃあ……寝る前に、少しだけ」
そう言って、向かいに腰を下ろした。
小さな盃に酒が注がれる。
湯のみとは違う、少しだけ大人の時間。
「新聞、ありがとうございました」
流花が言うと、ヒロさんは肩をすくめた。
「いや。色々知りたいだろうと思ってな」
少し間を置いてから、ヒロさんが続ける。
「ところで」
「もう、だいたい分かっちまったから聞いていいか?」
流花は一瞬迷ってから、頷いた。
「はい」
「流花のいたところは、どんなとこだったんだ?」
話していいのかな、けれど、ここまで聞いてくれた人だ。隠す理由もない気がした。
流花は口を開いた。
「たぶん……」
「お父さんがいたころより、すごく変わってて」
車が当たり前に走っていること。
空まで伸びるビル。
手のひらで操作するスマホ。
空を飛ぶ飛行機。
どれも、この街では想像もつかない大きさの話だ。
ヒロさんは、途中で何度か盃を置き、眉をひそめた。
「……そりゃ、でかいな」
少し笑ってから、低く呟く。
「親父が言ってた話より、ずっと先だ」
しばらく考え込むように、酒を一口飲む。
「親父の話はな」
「もう少し、のんびりしてた」
「便利にはなってたらしいが、ここまでじゃなかった」
流花を見る。
「向こうの世界は、まだ先に進んでるってことか」
「……そう、なのかもしれません」
「追いつこうとする世界じゃないな」
そう言って、ヒロさんは小さく笑った。
沈黙が落ちたあと、流花が思い出したように聞く。
「ところで……」
「風読みの街までは、どのくらいかかるんですか?」
ヒロさんは、すぐに答えた。
「電車で四十分くらいだ」
「……え?」
「電車、あるんですか?」
思わず声が出る。
ヒロさんは、当然のように頷いた。
「あるぞ」
「歩いたらな、八時間から十時間はかかる」
「だから、電車を使う」
駅は商店街の反対側にあって、
一日に二回、朝と夕方に、各街を回る電車が出るらしい。
「観光だけじゃない」
「荷物の輸送にも使ってる」
「街と街をつなぐ、大事な足だな」
通勤に使う人はいない。
急ぐための電車でもない。
「人も、物も」
「まとめて、ゆっくり運ぶ」
「それで十分なんだ」
流花は、盃を持ったまま、少し笑った。
——電車で四十分。
歩けば一日がかりの距離を、線路が結んでいる。
「……楽しみです」
そう言うと、ヒロさんはもう一度酒を注いだ。
「だろうな」
盃を傾けながら、
流花は、まだ見ぬ風読みの街を思い浮かべていた。
電車、ありました〜!
移動手段が見えると、
この世界がぐっと現実味を帯びてきますね。
でも、こんな小さな身体で電車って違和感ですよね
次は、出発前のあれこれ書いてみたいと思っています。
ここまで読んでくれてありがとうございます




