第46話 男同士の内緒話
戸が閉まる音がして、店の中が少し静かになる。
流花とキヨが出ていった気配が、奥まで届いた。
「……買い物にでも行ったかな」
将棋盤を挟んで、ヒロがぽつりと呟く。
駒を指す音が、こつりと鳴った。
ナギは盤面を見つめたまま、少し間を置いてから口を開く。
「ヒロさんは……いつから気づいてたんですか」
「ん?」
「流花ちゃんのこと」
ヒロは、駒を持った手を止めて、鼻で小さく笑った。
「最初からだよ」
「親父がな、突然“着の身着のまま”来たって話をしただろ」
「それと、あの子の様子が似てたんだ」
駒を置く。
「それにお前は会議に出てるから、外の人とも話したこと、あるんだろ?」
ナギは、うなずく。
「あります」
「向こうの人からしたらさ」
ヒロは盤を見ながら続けた。
「こっちの“でかい食材”も、普通なんだってな」
「親父が言ってたんだけどさ コーヒーの豆って、俺らは一杯作るのに一粒挽くだろ?」
「向こうは七十粒くらい使うらしいぞ」
ナギが思わず顔を上げる。
「……数えるんですか?」
「それ、、俺も親父に聞いたんだよ」
ヒロは少し笑った。
「“スプーンで掬うから、数えない”って笑われた」
「だから向こうから入ってくる食材は」
「向こうにとっちゃ、たいした量じゃないらしい」
「そのおかげで、いろんなものが作れるって
親父も、言ってたぞ」
「米も麦もこっちで作れるようになるまでは、持ってきてもらってたらしいときいてます」
ナギがそう言う
「……そうらしいな」
「こっちで作れるようになるまでは大変だったって聞いたことあるよ」
少し沈黙が落ちる。
盤の上で、駒がぶつかる音だけが続いた。
やがて、ナギがぽつりと言う。
「……流花ちゃんは」
「会議で、向こうの人と話したら」
「帰りたいって、言うと思いますか?」
ヒロは、少し考えてから答えた。
「どうだろうな」
「まだ来て、十日くらいだろ?」
「もう少し、いたいんじゃないか?」
ナギは小さく息をつく。
「……でも」
「時間のことも、ありますし」
「そうだな それがあるよな」
ヒロは、盤を見つめたまま言った。
「ゆっくり考えられない、ってのは」
「厄介だよな」
一拍。
「それ、いつ言うつもりなんだ?流花に」
ナギは、視線を落とした。
「……僕からは、言いません」
「言ったら」
「すぐにでも、帰りたいって言い出しそうで」
ヒロは、吹き出した。
「ははっ」
「なんだ」
「ナギは、流花に帰ってほしくないのか?」
「い、いやっ!」
ナギは慌てて顔を上げる。
「そんなことは……」
「……無くは、、、ないですけど」
「おいおい」
ヒロは、にやりと笑った。
「顔、真っ赤だぞ」
「バレバレじゃねぇか」
「まだ、会ったばっかりですし!」
「ちょっと、いいなって思ってるくらいで!」
「そんなんじゃ、ないですから!」
「はいはい」
ヒロは楽しそうに言う。
「黙っといてやるよ」
「にしても」
「二人で旅行だろ?」
「うちの“娘”に、手ぇ出すなよー?」
冗談めかして言いながら、ヒロは駒を置いた。
「はい……王手」
「俺の勝ちだな」
「……あーっ!」
ナギは盤を見て、頭を抱える。
「将棋も」
「なんか色々、負けた気がします……」
ヒロは、声を立てて笑った。
今回は、男同士の内緒話回でした。
普段は多くを語らないヒロと、まだ若いナギ。
それぞれが知っている「外の世界」と、流花への距離感が、少しだけ見える回になったかなと思います。
次はいよいよ旅の準備も本格化していきます。




