第43話 家族にしか話せない事
「親父はな、長崎県ってところの生まれらしい」
(だからカステラなのね)
「大人になってからは、佐賀県のアイスクリームを作る会社で働いてたって」
「仕事の帰りに、突然ここに来てたらしい」
ヒロさんは視線を泳がせず、淡々と続ける。
「それこそ、着の身着のままで」
「……流花と一緒だな」
流花の胸が、きゅっと縮まった。
「親父は、元の場所に帰ろうとしてたって言ってた」
「でも、お袋と結婚して、俺が生まれて」
「居心地がよくなったんだと」
ヒロさんは、カステラを一口食べて、少しだけ笑った。
「そんで、俺には……大人になってから話した」
「そういう決まりだったってさ」
「家族にしか話しちゃいけねぇって」
流花は、思わず唇を噛んだ。
わかる。守りたくなる。
「向こうの世界の話も、少しだけ聞いた
すごくすごく大きいんだろ?はじめて聞いたときはそんなものあるのかと驚いたが 倉庫にはいったことがあったから 妙に納得しちまったんだよ」
「でも、どうしてここに来たのかは……結局、わからないままだったって」
ヒロさんは肩をすくめる。
「だから流花に、どうしたらいいかとかは、俺は言えねぇ」
「……ナギのじいさんから聞いたんだろ?会議の話」
流花が小さく頷くと、ヒロさんは続けた。
「親父も、たまに顔出してるらしいぞ」
「風読みの街で、会議があるんだろ」
「内容までは聞いてねぇけどな」
いつも無口なヒロさんが、こんなに長く話している。
そのこと自体が、胸にくる。
キヨが、コーヒーを一口飲んでから言った。
「私もね、結婚するときにお義父さんから聞いたの」
「家族になるからって」
流花は、キヨの横顔を見つめた。
「お義父さんがこの街に来た時にすごくたくさんの人に優しくしてもらったって」
「だからね」
キヨは、笑う。
「もし同じような人が来たら、次は私たちが面倒を見たいって、ヒロと話してたのよ」
ヒロさんは照れたみたいに鼻を鳴らす。
「……だって、そうなんだろ?」
流花は、息を吸って、小さく頷いた。
「はい」
その返事が、震えないように。
「……わかってたんですね」
言った瞬間、胸の奥が熱くなった。
「言っていいのかとか」
「驚かれるんじゃないかとか」
「色々考えたら……話せなくて」
「ごめんなさい」
ヒロさんが、すぐに言った。
「すぐわかった」
「食材見て、めちゃくちゃ驚いてたろ」
「ここで生まれたら、あんな顔しねぇ」
ナギが、静かに頷く。
「だから、待ってたのよ」
キヨが言う。
「話してくれるまで待とうって」
「それだけよ」
流花は、言葉を探すように視線を落とした。
胸の奥が、じんわりと熱い。
驚きよりも、安心が先に来ていることに、自分で少し戸惑う。
「……ありがとうございます」
それだけ言うのが、精一杯だった。
ヒロさんは、気にするな、というようにカステラをもう一切れ口に運ぶ。
「急に家族が増えるのは、嫌いじゃねぇんだ」
キヨが、ふっと笑った。
「ここはね、そういう街なのよ」
テーブルの上には、コーヒーの湯気と、甘い匂い。
いつもと変わらない午後。
けれど流花は、はっきりと感じていた。
——自分はもう、ひとりじゃない。
秘密を知る者として。
そして、この店の“家族”として。
まさかのヒロさんのお父さん、でしたね。
流花だけが「例外」ではなかったこと。
この世界が、思っていたよりもずっと長い時間を生きてきたこと。
知ることで安心することもあれば、
知ることで迷いが増えることもあります。
そのどちらも抱えたまま、
流花はもう一歩、深いところへ進んでいきます。




