第42話 「秘密を知るもの」
早足になりそうな自分を、なんとか押さえる。
隣を歩くナギも、いつもより少しだけ歩幅が大きい気がした。
店に戻るころには、まだ日が高い午後だった。
「ただいまー」
声をかけると、店の奥からキヨが顔を出す。
今日は割烹着じゃなくて、やわらかい普段着。片手にコーヒー、もう片手に本。
「あら、早かったのね」
「話したいことがあって……ヒロさんは?」
流花が聞くと、キヨは本のしおりを挟みながら肩をすくめた。
「お昼寝してるんじゃないかしら。上から降りてこないわね」
言いながら、キヨは流花の顔をちらりと見て、すぐに察したみたいに笑った。
「焦らなくていいのよ」
でも、焦る。
焦ってるって、自分が一番わかってる。
そのときナギが、さらっと言った。
「じゃあ、おやつでも買いに行こう」
「え?」
「話すなら、甘いものは必要だよ」
そう言って、ナギはもう店を出る気満々だった。
流花は小さく頷いて、キヨに「行ってきます」と言ってから後を追った。
近所の小さなおやつ屋は、扉を開けた瞬間、甘い匂いがふわっと押し寄せる。
ショーケースの中には焼き菓子がずらり。小さな世界なのに、種類はすごく多い。
流花は迷いながら、いくつかのクッキーと、香ばしいタルトを指さした。
「これと……これも」
ナギはと言うと、迷わずカステラを取っていた。
「それ、好きなの?」
「ヒロさんの好きなやつ」
「へえ」
「コーヒーにも合うし、今日にはちょうどいい」
ナギが会計をしようとしたので、流花は反射的にバッグを開ける。
ベージュのポシエット。
今日、キヨが渡してくれたものだ。
(おこづかいもらったんだし……)
流花は中から千円札を出して、レジの前に置いた。
「ここは私が出すよ」
ナギが一瞬だけ目を丸くして、すぐに笑った。
「ありがとう。じゃあ、甘えよう」
その距離感が、少し嬉しかった。
ここに来て、初めて“当たり前”みたいにやり取りできた気がする。
店に戻ると、ちょうどヒロさんが眠たげな目で椅子に座っていた。
髪が少し跳ねていて、起き抜けの顔のまま
ぼーっとしている。
「おやつ買ってきたよー!」
キヨが台所から声を返すより早く、ヒロさんが反応した。
「おっ」
カステラの包みを見た瞬間、目がはっきりと開く。
「カステラあるじゃねぇか。これ、大好きなんだよ」
「知ってるよ、前も言ってたじゃん」
ナギが言うと、ヒロさんはもう嬉しそうに包みを開けている。
流花は、その手元を見つめながら、言葉を探した。
……今なら、聞ける。
「ヒロさん」
「ん?」
「それ……お父さんも、好きなんですか?」
ヒロさんの手が、ぴたりと止まった。
一瞬だけ驚いた顔。
それから、ふっと息を吐いて、短く呟く。
「……聞いたんだな」
ナギは黙って、流花の隣に座り直した。
キヨが、何も言わずにコーヒーを淹れてくる。
湯気の立つカップが、四つ。
その“何も言わない”が、やさしい。
ヒロさんは、カステラを一切れ皿にのせてから、ぽつりと言った。
「じゃあ、話すか」
「俺の親父の話。……聞いた話だけどな」
ここまで読んでいただきありがとうございます
書いていたら長くなってしまったので
2話に分けました
次もヒロさんのお父さんの話です




