第36話 湯屋の前で
ブックマーク、ありがとうございます。
少しずつ読んでくださる方が増えていて、とても嬉しいです。
静かな話ですが、流花の歩く速度で続けていきます。
それから何日か
ただ、日々が重なっていった。
考えても答えの出ないことは、
いったん脇に置いて、
流花は毎日の仕事に向き合った。
大きな鍋。
自分と同じくらいの食材。
最初は身構えていたそれにも、
いつの間にか、自然に手が伸びるようになっていた。
包丁を入れる位置。
鍋の縁に立つ距離。
火に近づきすぎない感覚。
この街の大きさに、
少しずつ、自分の身体が馴染んでいく。
明日は、
働きはじめてから二回目の定休日だった。
その日も、仕事を終え、
流花はいつものように湯屋へ向かった。
湯気の中で肩をゆるめ、
頭を空っぽにする。
明日は何しよう。
ナギに会いに行ってみようかな。
でも
この前の鉛筆キャップで
何かつくってみるのもいいかな
お湯のなかでぼんやり考える。
湯屋を出ると、
夜の空気がひんやりと頬に触れた。
「こんばんは」
声がして、顔を上げる。
湯屋の前の灯りの下に、
ナギが立っていた。
いつもの、穏やかな笑顔。
「……ナギ」
「お店に行ったらさ」
「もう湯屋に行ったって聞いたから」
少しだけ、照れたように笑う。
「今日はもう遅いし」
「明日、休みでしょ」
一拍おいてから、続けた。
「明日はゆっくり話せるかなって思って」
(…スマホがないってこういうことか)
そういえば、
この街に来てから、
それらしいものを見ていない。
連絡を取るには、
こうして、直接会いに行くしかない。
それが、少し不便で、
でも、どこか丁寧でもある。
「こっちから約束しに行こうと思ってたんだけど……」
流花は、少しだけ申し訳なさそうに言った。
「ごめんね」
ナギは首を振る。
「いいよ」
「僕も、話したかったし」
その言葉に、流花は笑った。
「……私も」
「話したかった」
短い沈黙。
湯屋の灯りが、
二人の影をゆっくり伸ばす。
「じゃあ」 ナギが言う。
「明日の朝、迎えに行くよ」
「他にも、行きたいところあるし」
その言葉に、流花は小さく息を吐いた。
「うん」
「楽しみにしてるね」
「店まで送ろうか?」
「大丈夫よ、いつもの道だから」
「じゃあ、また明日」
「また明日」
それぞれの帰り道へ歩き出す。
夜風が、
二人の間を静かに通り抜けていった。
明日、話すこと。
聞きたいこと。
確かめたいこと。
全部を抱えたままでも、
今夜は、ちゃんと眠れそうだった。
少しずつ、日常が積み重なっていく中で、
流花は「考える時間」を持つようになりました。
次は、朝からの約束。
ナギとの会話が、この世界の見え方を少し変えてくれるはずです。
ここまで読んでくださって、ありがとうございます。




