第21話「青を着る」
「じゃあ、今日はこれ着て帰って」
沙羅が満足そうに言う。
澄んだ、きれいな青。
水面みたいに静かな色だった。
「下着と、さっきまで着てた服は」
「袋に入れておくね」
棚の下から布袋を出して、
手早くまとめていく。
「残りは、明後日には出来るから」
「仕事着と、普段着」
「ちゃんと使い分けられるように作るよ」
「……ありがとうございます」
「いいの」
沙羅は軽く言って、
もう一度、流花を見た。
「今日は、これで十分」
鏡の前で、服を整える。
布は軽く、
動くたびに静かに揺れた。
「じゃあ、また」
キヨが声をかけ、
流花も頷いて店を出ようとする。
――と。
「待って」
沙羅の声に、足が止まった。
「髪、長いでしょ」
そう言って、
どこからか細いリボンを取り出す。
それも、同じ青だった。
「後ろ向いて」
慣れた手つきで、
流花の髪をまとめる。
きゅっと結ばれて、
首元が少し軽くなる。
「うん……いい感じ」
沙羅は一歩引いて、満足そうに言った。
「この街へ、ようこそ」
少しだけ照れたように、
でも、はっきりと。
「これからも、よろしくね」
一拍おいて、笑う。
「引っ越し祝いってことで」
「……ありがとうございます」
その言葉は、
今までで一番、自然に出た気がした。
青い服と、
青いリボン。
それを身につけて、
流花は店の外へ出る。
外は、昼の町の匂いがした。
人の声。
荷車の音。
布をはたく音。
「似合ってるわよ」
隣を歩きながら、
キヨが言う。
「……そうですか?」
「そうそう」
「変に目立たないのに」
「ちゃんと、そこにいる感じ」
流花は、自分の袖口を見る。
布が、動きに合わせてついてくる。
借りものだった頃の、
落ち着かない感じが、もうない。
「服ってね」
キヨは前を向いたまま言った。
「暮らしの道具なのよ」
「合ってると」
「考え事が減るの」
「考え事が減ると」
「周りが見える」
流花は、ゆっくり頷いた。
「……確かに」
市場のほうから、
人の声が流れてくる。
「この町、どう?」
少し間を置いて、キヨが聞く。
「まだ、分からないことだらけです」
正直に言うと、
キヨは笑った。
「それでいいのよ」
「分からないまま」
「暮らしながら、馴染めばいい」
「馴染めなかったら?」
流花が、ぽつりと聞く。
キヨは少し考えてから言った。
「そのときは」
「別の町に行けばいい」
「川の向こうにもあるし」
「丘の先にも、港のほうにも」
「ここだけが、世界じゃないから」
その言葉に、
胸の奥が、すっと軽くなる。
「……ありがとうございます」
「何が?」
「こういう話を、してくれて」
キヨは肩をすくめた。
「当たり前でしょ」
「一緒に暮らすんだから」
料理屋の看板が見えてくる。
「さ、戻ろ」
「お昼の仕込み、あるわよ」
流花は、青い服の裾を軽く押さえて、
一歩、前に出た。
青い服を着る回でした。
服や色が変わるだけで、
景色の見え方も、少し変わる気がします。
流花がこの町を歩く足取りが、
ほんの少し軽くなっていたら嬉しいです。
次は、また日常へ。
仕事と暮らしが、ゆっくり重なっていきます




