第2話 「火のある場所」
ナギに案内されて辿り着いたのは、
町外れにある少し広い建物だった。
壁は低く、屋根はない。
けれど、風が抜けすぎない位置にあり、
中央には大きめの火床が据えられている。
「ここ、共同の集会所なんだ」
ナギが言った。
「前は人が集まって使ってたけど、
今はほとんど町の方で済ませるからさ」
中を見渡して、流花は少し驚いた。
流しがある。
まな板と包丁が揃っている。
鍋も、焼き板も、器も、きちんと手入れされていた。
「……道具、全部あるんですね」
「使わないだけで、捨てないんだ」
その言い方が、この国らしいと思った。
ナギは集会所の中を一度ぐるりと見回し、
少しだけ言葉を選ぶようにしてから、流花を見る。
「住むとこ、まだ決まってないんだろ?」
「……はい」
「だったら、しばらくここにいればいい」
思いがけない言葉に、流花は一瞬戸惑った。
「でも、ここ……」
「大丈夫。
ここは町の持ち物みたいなもんで、
今は誰も使ってない」
言い切る口調だった。
相談、というより判断に近い。
「俺が言っておけば、文句言う人はいないよ」
「……ナギさんって、町の人なんですね」
「まあね」
ナギは曖昧に笑った。
「力があるってほどじゃないけど、
話は通る」
そう言って、火床の方を軽く顎で示す。
「ここは“住む家”じゃない。
だから、遠慮しなくていい」
「……借りるだけ、ですよね」
「そう。
住む場所は、ゆっくり決めればいい」
その言葉で、胸の奥が少し緩んだ。
「ありがとうございます」
「いいって。
困ってる人を放っとく方が、面倒だからさ」
そう言って、ナギは集会所を出ていった。
ひとりになってから、
流花は火床の前に腰を下ろした。
まず、自分のことを確認する。
手は小さい。
でも、ちゃんと動く。
着ている服は、見慣れない形だった。
長めの上衣に、動きやすい下。
火のそばでも邪魔にならない。
「……仕事着みたい」
誰に聞かせるでもなく呟く。
ポケットに手を入れてみる。
何もない。
道具も、お金も、身分を示すものもない。
でも、ここには道具がある。
「……借りるだけ、だよね」
そう言って、火を起こした。
火がつくと、空気が少し変わる。
音と、匂いと、熱。
「……ある」
それだけで、胸の奥が落ち着いた。
外から、視線を感じた。
洗い物をしていた小さな人が、
ちらりと流花の方を見る。
「ここ、使ってる人久しぶりだね」
「あ、はい……少しだけ」
その人は、流花の服に目を向けた。
「その服、いいね」
「え?」
「火のそばでも動きやすそうだし、
縫い目が引っかからない」
「……あなたが作ったの?」
「……覚えていません」
少し間を置いて、こう答えた。
正直に答えると、その人は頷いた。
「そう。
こういう作り、町の方じゃ最近見ないから」
それだけ言って、
また洗い物に戻っていった。
名前も聞かれず、名乗りもしなかった。
流花は、集会所の中を改めて見回した
でも――
「……ここ、寝る場所じゃないな」
床は硬く、
風は夕方に向かって冷えてきている。
火をつけたまま眠るのも、
火を落として眠るのも、どちらも落ち着かない。
「……どうしよ」
呟きは、誰にも拾われなかった。
外を見ると、
日が少しずつ傾きはじめている。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
今回は、流花が「使える場所」と「住む場所」の違いに気づく回でした。
火も水も道具もあるけれど、
それだけでは暮らせない、というところから
この世界で生きていく実感が少しずつ始まっています。
次は、夜をどう過ごすか。
寝る場所をどうするか。
小さなことですが、避けて通れない問題です。
よろしければ、続きをお付き合いください。




