第19話「買い物へ」
朝の光で、目が覚めた。
薄いカーテン越しに差し込む光はやわらかくて、
昨日までの夜が嘘みたいに静かだった。
階下から、コーヒーの匂いがする。
――コーヒー?
流花は、ゆっくりと体を起こす。
ここに来てから、驚くことはたくさんあったけれど、
この香りには、少しだけ胸を掴まれた。
コーヒーがあるということは、
日本では豆はあまり作られてないはず
ここの人達が栽培している?
豆があって、焙煎して、運んで
流通があるんだ。
なんだか心がほっとする気がした。
階段を下りると、
キヨがカウンターにマグを並べていた。
「おはよう」
「おはようございます」
湯気の立つマグを受け取って、
一口飲む。
ちゃんと、コーヒーだった。
「今日は買い物行こうか」
キヨが言う。
「服もそうだし、着替えもいるでしょ」
「……はい」
店を出ると、朝の町はもう動き始めていた。
荷を運ぶ人。
店先を掃く人。
声を掛け合いながら、自然に道を譲り合う。
「この町だけじゃなくてね」
歩きながら、キヨが言う。
「いくつか町があるのよ。川沿いにも、向こうの丘の先にも」
「人も、結構いるの」
流花は、きょろきょろと周りを見ながら頷いた。
「じゃあ……」
少し迷ってから、聞く。
「キヨさんは、ずっとここなんですか?」
「うん。生まれも育ちも、ここ」
「だから、外のことはあんまり知らないけど」
一瞬、間があって。
「流花ちゃんは……本当に違うところから来たんだね」
その言葉に、流花は返事ができなかった。
遠くに、あの大きな建造物が見える。
見上げても、やっぱり用途がわからない。
視線に気づいたのがキヨが言う
「アレについてはね」
キヨが、ちらっと目を向ける。
「みんな、詳しくは知らないの」
「昔からあるのは分かってるし、触れることもできる」
「隣の金物の町では、素材として使ってるって話も聞くけど」
「“何のために作られた場所なのか”とか」
「“どうしてあの形なのか”とか」
「そういうことは、誰も分からないのよ」
「みんな、知らないの」
素材、、、なのかぁ
荷車の軋む音。
呼び声。
どこかで刃物が当たる、乾いた音。
流花は、思わず足を止めた。
きゅうりが――長い。
一本一本が、自分の倍はある
束ねられて荷車に積まれている。
その隣には、
つやつやしたトマトがごろごろと転がっていた。
さらに奥の荷台には、
赤くて丸い根菜が山盛りになっている。
――二十日大根、だと思う。
ただ、知っているそれよりも、
ずっと大きい。
「……あの」
流花は、思わずキヨに声をかけた。
「あれって……そのまま売られてるんですか?」
キヨは一瞬きょとんとして、
すぐに笑った。
「まさかぁ」
「あんなの、食べきれないわよ」
そう言って、
市場の端にある大きな建物を指さす。
「向こうがね、解体所」
「全部いったん、あそこに運ばれるの」
「それから、各店が必要な分を競り落とすのよ」
「野菜も魚も」
「切り分けてから販売されてるのよ」
流花は、もう一度荷車を見る。
大きなものを、
そのまま使うんじゃない。
ちゃんと分けて、
この町の暮らしに合わせている。
「……そういう仕組みなんだ」
「ここよ」
キヨが立ち止まった。
小さな商店が並ぶ通りの一角。
布が、ところせましと掛けられた店だった。
「ここ、私のお気に入りなの」
暖簾を押し上げる。
中に入った瞬間、
外より少しだけ空気が変わった。
布の匂い。
新しいものと、使い込まれたものが混ざった匂い。
「いらっしゃ――」
奥から声がして、途中で止まる。
「……あ」
顔を出したのは、
少し前に見たことのある女の子だった。
流花のほうを見て、目を丸くする。
「……その服」
一拍おいて、
「この前の子だよね?」
流花は、思わず姿勢を正した。
キヨが、横でくすっと笑う。
「知り合い?」
女の子は、流花から目を離さないまま言った。
「うん」
「ちょっと、ね」
店の中に、小さな沈黙が落ちる。
布が、かすかに揺れた。
市場の風景を少しだけ書いてみました。
この世界の「大きさ」と「暮らし」が、
流花の目を通して少し伝わっていたら嬉しいです。
そして、服屋での再会。
次は、あの女の子との話になります。
もう少し、この町を歩いてみましょう。




