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第16話 夜の景色

杯の音が、ひとつ、またひとつ減っていく。

「じゃあな」

「また来るわ」

戸が閉まるたびに、外の夜が少しずつ深くなる。


鍋の火が落とされ、

油の匂いも、だんだん薄れていった。


「おつかれさま」

女将さんが言って、肩を回す。

「今日はいい夜だったね」

「はい」

流花は、使い終わった器を重ねながら答えた。


ご主人は、黙って台を拭いている。


昼よりも、夜よりも、少しだけ静かな背中。


最後の客が帰ると、

店の中は、急に広く感じられた。


酒樽の蓋が閉められ、

灯りがひとつ落とされる。


「流花」

ご主人が、短く言った。

「今日の海老」

「悪くなかった」

それだけ。


でも、それで十分だった。

女将さんが、にっと笑う。

「またやろう」

「夜の顔、覚えたでしょ」

流花は、頷いた。


女将さんが戸口に立ち、

木の棒を掛ける。

「よし」

戸締まりの音が、静かな夜に溶ける。


「流花ちゃん」

手拭いを肩に掛けながら、女将さんが言った。


「このあと、どうする?」

「え……」

「まだ起きてるでしょ」


少しだけ笑って、

「湯屋、行かない?」


流花は一瞬、言葉を探した。

「……いいんですか?」

「いいもなにも」

女将さんは、当たり前みたいに言う。

「一日の終わりだよ」

「働いた日は、流すのが一番」


ご主人は何も言わず、

台を拭き終えて道具を片付けている。

どうやら、いつもの流れらしい。


外に出ると、

町はすっかり夜の顔になっていた。


昼より音が少なくて、

灯りの輪が、ぽつぽつと道に落ちている。


歩きながら、女将さんが言う。

「この時間の湯屋はね」

「店の人が多いの」

「みんな、似たような顔してるよ」

疲れているけど、

どこかほっとした顔。


湯屋の方から、

ほんのりと湯気が立ち上っているのが見えた。

しばらく歩いてから、

女将さんが、ふと思い出したみたいに足を緩める。


「そうだ」

流花の方を見て、軽く言った。

「明日……一緒に買いに行こうね」

「服も、着替えもないでしょ」

「生活に必要なもの」

流花は、思わず足を止めた。

「……はい、でも、、、」


「心配しないで、働くんだもん」

「必要なもの、ちゃんと揃えなきゃ」

そういって

女将さんは、また歩き出す。


湯屋の暖簾が、夜風に揺れていた


夜の営業が、静かに終わる回でした。

一皿の評価や、何気ない一言が、

少しずつ流花の居場所を作っていきます。

次は、夜の続きを少しだけ。

また日常が動きはじめます。

ここまで読んでくださって、ありがとうございます。

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