第14話「夜の仕込み」
「じゃあ、米ついてから炊いてもらえるか」
ご主人が、そう言って振り返った。
「……つく?」
流花は思わず聞き返す。
「うん。夜は量も出るからな」
言われて、米袋の中を覗く。
一粒一粒が、自分の指先と同じくらいある。
白くて、つやつやしていて、やけに存在感がある。
(……あ、そうか)
ここでは、そのまま炊かない。
臼のそばには、砕かれた米が用意されていた。
粒を小さくしてから、水に浸して、炊く。
「なるほど……」
思わず声が漏れる。
「夜は居酒屋になるからね」
女将さんが、棚を指さした。
「お酒も出すよ」
棚の奥には、大きな樽が並んでいる。
流花の胴より、少し高いくらい。
「普段のは、あれ」
「高いお酒はね」
「瓶入りなんだよ」
そう言って、女将さんは小さなガラス瓶を見せた。
中身より、瓶のほうが高そうに見える。
「流花ちゃん」
ご主人が声をかける。
「マヨネーズ、作れるか?」
一瞬、頭に「ブレンダー」「ミキサー」という言葉が浮かぶ。
(……ないよね)
答えに迷っていると、
「混ぜるの、大変だからさ」
「一緒に作ろう」
横から声がした。
昼間はほとんど話せなかった、見習いの男の子だった。
「昼は忙しくてさ」
「自己紹介、してなかったよね」
そう言って、にこっと笑う。
「僕は蓮」
「ここで働いて、二年になる」
「よろしく」
「……流花です。よろしく」
握った泡立て器は、思ったより重い。
でも、隣で一緒に回してくれる手がある。
卵を割って、油を少しずつ足して、
腕がだるくなる頃、ようやく白くなってくる。
「よし!出来た」
蓮が言う。
流花は頷いた。
昼とは違う、夜の仕込み。
音も、匂いも、手順も、少しずつ変わっていく。
ここは、夜もちゃんと動いている。
流花は、泡立て器を回しながら思った。
――この町は、
ちゃんと、この大きさで、生きている。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
夜の仕込みは、昼とは少し違う空気で進んでいきます。
道具も、作り方も、この町の大きさに合わせたもの。
次回は、夜の店が本格的に動きはじめます。
また少しずつ、流花の居場所が増えていく予定です。
よければ、続きをお付き合いください。




