第12話「合わない大きさ」
夜の営業が始まるまで、まだ少し時間があった。
店を出ると、昼の熱が引いて、通りは落ち着いた音に変わっている。
仕込みの匂いと、どこかで木を叩く音。人はいるのに、急いでいる気配はない。
「流花」
ナギが声をかけた。
「よかったらさ。うち、こない?」
「渡したいものがあるから」
流花は一瞬考えてから頷いた。
「ありがとう。行く」
町の端へ向かう道を歩く。
昼より静かで、風の音がよく聞こえた。
少し歩いたところで、ナギがぽつりと言う。
「ねえ。流花がいたところって、どんなとこだった?」
流花は足元を見ながら答えた。
「……大きかったよ。建物も、道も、人も」
ナギは何も言わず、歩く速度を少し落とす。
「自分も」流花は続けた。
「もっと、大きかった」
ナギが立ち止まる。流花も、つられて止まった。
少しの沈黙。
でも、ナギの顔に驚きはなかった。
「ああ。やっぱり」
それだけ。
「……信じるの?」
流花が聞くと、ナギは肩をすくめた。
「信じるもなにも。そうなんだろうなって思っただけ」
少し間を置いて、穏やかに言う。
「大丈夫。誰にも言わないよ」
胸の奥が、すっと軽くなる。
また歩き出す。
「ここの人たちはさ」ナギが言った。
「みんな、優しい」
「よく働くし、よく食べるし、困ってる人を放っておかない。理由を聞く前に手が動く人が多いんだ」
流花は今日の厨房を思い出す。
女将さんの手つき。ご主人の火加減。
声をかけてくれた客たち。
「ここはね」ナギは続ける。
「完璧な町じゃない。古いし、不便なところも多い」
少しだけ間を置いて、
「でも、暮らすには、ちょうどいい」
やがて、大きな建物が見えてきた。
「……ここ?」
「うん。俺の家」
中に入ると、思った以上に広かった。
天井は高く、壁際には棚が並び、箱や布包みがきれいに収まっている。
「倉庫番なんだ」ナギはさらっと言う。
「少し離れたところに、この町の倉庫があってさ。みんな、そこから色々持ってきて、この町が作られてる」
布、道具、器、細かな部品。
使われなくなったはずのものが、ここでは役割を持って生きている。
「……今度、行ってみたい」流花が言うと、ナギは即答した。
「連れてくよ。一人じゃ迷うし」
そう言って、扉の一つを開ける。
中から、きれいに畳まれた布をいくつか取り出した。
「これ。新しい。生活に使えると思って」
さらに奥から、もう一つ。
ころん、と差し出されたのは、熊のぬいぐるみみたいな、もこもこの着ぐるみだった。
「……なに、これ」
流花が受け取ると、ずしりと柔らかい。
「着て寝るとね」ナギが笑う。
「すごくあったかいんだよ。布団、いらないくらい」
流花はその毛並みにそっと触れた。
胸の奥が、きゅっと鳴る。
――あれ。
子どものころ。おばあちゃんがくれたキーホルダー。
鍵につけていた、小さなぬいぐるみ。
「……似てる」
思わず口に出ていた。
「ん?」
「昔、持ってたのとにてるなって思って」
「着ぐるみではなかったんだけどね」
ナギは少しだけ目を伏せる。
「そういうの、ここ、たまにあるんだ」
気づけば、布と着ぐるみが重なって、
流花の横に自分と同じくらいの小さな山ができていた。
「……これ」
流花はその山を見下ろす。
「どうやって持って帰ろう」
ナギはあっさり言った。
「外に車あるから」
「……車?」
外に出る。
そこにあったのは――
「……トラック?」
小さくて、四角くて、どう見てもプラスチックでできたそれ。
小さすぎるわけじゃない。人ひとり分よりは大きく、荷台もある。
でも、運転席らしき場所に座ろうとすると、足がつっかえてどうにもならない。
「……乗るには、小さいね」
「うん」ナギは頷いた。
「元々、そういう使い方じゃないから」
トラックの前に回り込み、荷台の横に結ばれた紐を手に取る。
「動力は、もうないし。引っ張って動かす。その方が、ちょうどいい」
流花は小さな山の荷物を一つずつ荷台に運んだ。
布を積み、着ぐるみを乗せる。
いっぱいになった荷台の前で、流花はナギの隣に並んだ。
「一緒に引く?」
「うん」
二人で紐を握る。
引くと、トラックはぎこちなく音を立てながら、それでもちゃんと前に進んだ。
流花は思わず笑ってしまう。
「……車って言わないでほしい」
「言うでしょ」ナギは平然としている。
「使えるから」
夕暮れの道を、小さなトラックがゆっくり進んでいく。
流花は思った。
この町は、大きさも用途も合わなくなったものを、終わりにしない。
そのやり方が、少しずつ好きになっていた
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