日記。
あたしは、もうすぐ死ぬだろう。
それが運命なら、そうなんだろう。
神様は無慈悲だ。
あたしがどれだけ生きたいと望んでも、知らん顔してる。
運命に抗おうともがいてみても、日に日に死へ近づいている実感がある。
だから、あたしはもうすぐ――死ぬ。
♢
――紗季の日記。
4/23 晴れ
今日も病院の帰りに、川沿いのベンチに寄ってみた。
そしたら、いつもは誰もいないのに、今日は先客がいたの。
ひとりで座りたい気分だったけど、その子の姿を見て、つい話しかけたくなっちゃった。だって、あたしが着たかった桐華の制服着てるんだもん。そりゃ絡みたくなるでしょ(笑)
声かけたら、ちょっとびっくりしてて、教科書とかノートを慌てて片付ける姿が、なんか初々しくて可愛かった。チェックのセーラー、やっぱり可愛い。
真新しい制服を見て、すぐ一年生なんだなって思った。顔もどことなくあどけなかったし。
すっごく立ち去りたそうにしてたけど、引き止めちゃってさ、悪いことしたかな。
敬語を使われたくなかったから、あたしは一年生ってことにしたんだよ。ほんとは三年なのに。しかも、二回目の三年生。
学校あんまり行けてなかったから、留年しちゃったんだよね。
嘘ついてごめんね。でも、妹が欲しかったあたしからしたら、敬語はちょっと寂しかったの。制服もそんなに傷んでないし、まあ……バレてないよね。
お父さん、ごめんね。留年して。
警戒されちゃったのか、すごく無口だった。
「絶対笑わせちゃる」って思って、頑張ってしゃべっちゃった。
桐華に行きたかった話とか。入院して受験できなかったことも。ちょっと重かったかなって思ったけど、ちゃんと聞いてくれてた。
先生の親父ギャグの話とか、いろいろ話した。笑ってくれたとき、ほんとに嬉しかった。意外と相性いいのかもしれない。
で、持病の話も、つい言っちゃった。誰にも言ってないのに。
でも、なんで言っちゃったんだろう。
かわいそうなあたしを知ってほしかったのかな。
ダメダメ。もっと強くならないと。
名前は聞かなかった。なんかその方が、いい気がして。
次また会えるまで、絶対生きるっていう願掛け。
また会えたらいいな。
5月19日 曇り
今日、四つ葉のクローバー探してたら、あの子が来た。
「なんで探してるの?」って聞かれて、
「幸運つかめるから」って答えたけど、
よく考えたら、高校3年生にもなって、小学生みたいなことしてるなって。
ちょっと恥ずかしかったかも……。
でも、なんか不機嫌そうだったから理由を聞いてみたら、喧嘩したんだって。友達と。「謝りなよ」って言ったら、意外と素直に頷いてくれて。
なんか、妹の相談に乗ってるお姉ちゃんみたいな気分になって、
ちょっと嬉しくなっちゃった。
妹がいたら、こんな感じだったのかな。
あたし、ずっとひとりっ子だったから、こういう時間、ちょっと憧れてたのかも。
6/29日。晴れ
今日は最高で最悪な一日だった。
いきなり制服交換しない?って聞かれて、
まさかこんな形で着れることになるなんて思ってなくて、
あたしすっごく嬉しくて、喜びすぎて子犬みたいな顔になってたよね、絶対。恥ずかしい……
年上なんだからしっかりしないと。
でも、いざ着させてもらったらニヤニヤが止まらないの!どんだけ着たかったんだよあたし!
駅ビルでそのまま遊んで、洋服もたくさん見て、姉妹みたいに並んで買い物した。
桐華の制服着て写真も撮ったよ。夢が一つ叶っちゃった。嬉しすぎる!!
スマホの待ち受けにしちゃった。宝物。
でも、その帰りに駅で倒れちゃった。
あの子に心配かけちゃったかも、大丈夫って言ったけど、本当は少し怖かった。
それに、たぶん名前も知られた……
薬取ってもらった時に一瞬すごい複雑な顔してたし
ごめんね。ほんとは直接言いたかったのに
送っていこうかって言われた時はすごく嬉しかったよ。
ありがとう。
次会うときは、あたしの名前、教えるからね。
7月3日。雨
入院することになった。
検査の結果が悪かったみたい。
嫌。嫌。絶対嫌。最悪。
まだ名前を言ってない。だから、生きたい。
まだ、あの子に会えてない。
名前を言えてない。
しばらく会えなくなる。
それがいちばん、つらい。
7/21日。曇り
病院をこっそり抜け出して、ベンチにいった
でも会えなかった
会いたい
7/30日。
お父さんとお母さんの雰囲気がいつもと違った。
なんか、いつもより優しかった、
それに、あたしの顔をあまり見なかった。見れなかったのかも。
トイレに行くときに、こっそり聞いてしまった。
あたしの余命が告げられてたみたい。
持ってあと半年らしい。
勝手に聞いてごめんなさい。
10/4日。晴れ
日に日に体力が無くなっていくのを感じる。
あと微熱もここ1週間続いてる。
ご飯も全然食べれなくなってきた。
11/
もうどうでもいい
12/20
身体のあちこちが、痛い
熱も下がらないし、ぼーっとする
看護婦さんに言うと、すぐ何かを打たれる
そしたらすぐ眠って、起きると何日か経ってる
その繰り返し
だんだん日にちが飛ぶ間隔がふえてきた
もうすぐ起きなくなるの?
怖いよ
12/25
今日は夢をみた。
ベンチにあの子が座ってたんだけど、
なんか大人になってて、近くに子供もいた。そんな不思議な夢。
そこであたしたちは名前を言い合った。
でも、その子はあたしの名前を知ってた。
やっぱり、薬袋に書いてあった名前、みてたんだね。
それで、夢の中のあの子は、遥って名乗ってた。
あたしはいい名前だねって言った。ほんとにそう思ったから。
名前を交わせたことが、なんだか嬉しくて、胸があったかくなったよ。
ずっと怖かった。名前を言うと、何かが終わるんじゃないかって。
でも、そんなことは全然なかった。
夢の中のあたしは、ちゃんと言えた。それだけで、もう十分だよ。
あとはぼやけててはっきりしなかったけど、
お互いにお礼を言い合って、「またね」って聞こえた気がする。
あの子の名前、遥だといいな。
今日が何日なのかわからないけど、そんなのはどうでもいいや
何か書かないと
お母さんへ。
いままで育ててくれてありがとう。
そのうち孫が見たいって言ってたよね。見せてあげられなくてごめんね
あたしはお母さんの子でしあわせだったよ。だいすきだよ、お母さん
さきゆくことをゆるしてね。
お父さんへ。
最近あまり話さなくなってごめんね。反抗期とかじゃなくてはずかしかったの
いい娘じゃなかったかもしれないけど、あたしはお父さんのこと大好きだよ
長生きしてね。それがあたしの望みだから。
いままでありがとう、かんしゃしてる。
お父さんの娘でよかった。
それから、あたしが死んじゃったら、この日記を遥に渡してほしいな。
少しでもあたしを知ってほしいから。おねがい
――遥へ。
遥って書くね。
ちがってたらごめんね。
遥と過ごした時間はあたしの宝物だよ。
あたしは紗季。紗季って言うの。
名前――言いたかった。ほんとは、ずっと言いたかった。
でも、なんだか怖かった。名前を言うと、何かが終わってしまう気がして。
だから、言えなかった。ごめんなさい。
遥、あたしと知り合ってくれて、ありがとう。
目が覚めると、全身が痛い。息をするだけで、苦しい。周りに人がいる。お父さんとお母さんが泣きながら何か言ってる。
ああ、あたし、もうダメなんだ……
お母さんの手が、あたしの髪を撫でてる。
震える指先が、涙で濡れてた。
「ごめんね」「ありがとう」って、何度も言ってる。
あたしは、何も謝ってほしくないのに。
お父さんは、あたしの手を握ってる。
ずっと無言だったけど、目が合った瞬間、涙がこぼれた。
あたし、初めて見た。お父さんが泣くところ。
それだけで、もう、胸がいっぱいだよ。
ふたりの顔が、涙でぐしゃぐしゃになってる。
あたし、こんなに愛されてたんだね。
でも、泣かないで。お父さん、お母さん。
あたし、がんばったよ。ほんとうに、がんばった。
だから、もういいから。……泣かないで。
あたし、ちゃんと生きた。ちゃんと、愛された。
もう、十分だよ。
ふたりの子どもに生まれて、ほんとうに、しあわせだったよ。
ありがとう。
……心から、愛してる。
1月6日。23時18分。享年19歳。
紗季は、両親に看取られながら、静かに眠りについた。
♢
ふと、風が静かに頬を撫でていった。私は、川辺のベンチに腰を下ろし、彼女が残した日記を読んでいる。
ページをめくると、そこに四つ葉のクローバーが挟まっていた。少し色褪せていたけれど、形はきれいなままだった。紗季が残してくれた、幸運のしるし。
この日記を読むのは、もう何度目になるだろう。紗季のことを、今日も静かに思い出している。
きっかけは、1か月前に届いた一通の手紙だった。差出人には「藤本」と記されていた。中を確認した私は、そこに記された電話番号へすぐに折り返した。
そしてその日、都合を合わせて――紗季のご実家、藤本家を訪ねた。
応対してくださったのは、紗季のご両親。紗季の遺言で、この日記を私に渡すよう託されていたという。そのために、ずっと私の行方を探してくださっていたそうだ。
昨今はプライバシー保護の観点から、個人情報の取り扱いが厳しくなっている。しかも私は結婚して、苗字も変わっていた。探し出すのに、きっと多くのご苦労があったことだろう。
藤本家の居間に通されて、仏壇の前に座る。そこには、紗季の遺影が飾られていた。写真に写る彼女は、幸せそうに微笑んでいる。10年前の記憶が、静かに思い浮かぶ。
私は線香をあげ、そっと手を合わせた。線香の香りが静かに漂っていく。
「あの時、会いに来てくれていたんだね」
そのあと、ご両親から日記を手渡された。紗季が、私に託してくれていたもの。涙で文字が滲み、読むのに時間がかかった。けれど、ご両親は黙って、ずっと待っていてくださった。
私は、紗季が会いに来てくれたことを、ご両親に話した。ふたりは、涙を流しながら聞いてくださった。
そして、私は深く頭を下げて言った。
「よろしければ、いつか紗季さんのお墓にもお参りさせていただけないでしょうか」
ご両親は、ゆっくりと頷いてくださった。
それから、紗季のアルバムを見せていただいた。幼い頃の笑顔、制服姿、家族と過ごす日々――。
ページをめくるたび、紗季がそこにいた。
生前の紗季の話も、たくさん聞かせていただいた。いたずら好きだったこと。ああみえて実は人見知りで、だけど、好きな人にはまっすぐだったこと。
病室でこっそり日記を書いていたこと。私の事も、よく話してくれていたそうだ。どれも、紗季らしくて、胸の奥が、じんわりとあたたかくなった。
帰り際、もう一度仏壇の前で手を合わせた。遺影の中の紗季は、少し大人びた笑顔だった。
私は、そっと声をかけた。
「もう、3つも年上なんて、私、知らなかったよ。ふふ」
「また会いに来るからね、紗季お姉ちゃん」
その瞬間――遺影の中の紗季が、ふっと、笑いかけてくれた気がした。
私は日記を静かに閉じた。
風が、静かに頬を撫でていった。
紗季お姉ちゃんの声が、風に混じって聞こえた気がした。
「またね」って。




