第9編『異世界スローライフ』
言葉の届かない場所で、ただ時間を重ねていく。
僕は異世界に召喚された、らしい。
さっきまでの都会は……激しく尖った岩山に変わり果てていた。
目の前には、面食らった表情で固まった人が三人。
ボソボソとお互い喋り出したけど、何を言ってるのかさっぱり分からない。
僕がこれまでに聞いてきた言語じゃないのは確かで、喉が詰まったような感覚に戸惑うことしかできない。
ローブと杖という、いかにも魔法使いという格好の人たちだ。
僕が足元に落ちたスケッチブックとFとB2の鉛筆を拾っていると、哀れむような目で見つめられる。
そして、流されるまま彼らについていくことになった。
一体、どうしてこうなったんだろう。僕はなにか、やらかしたの?
岩山の途中、何度か空中を飛ぶ鷹の羽をもつ人型の生き物に襲われた。
でも彼らは、杖を使ってあっという間に倒していく。
僕はただ後ろに隠れて眺めるしかなかったけれど、テーマパークにあるアトラクションとはあまりにも違う。
炎の球が飛び出せば、肌がチリチリと痛む。
消防ホースのように放たれた水は、体中を冷やす。
雷にいたっては鼓膜から全身が震えるほどの衝撃が伝わってくる。
非現実的なものが普通の世界だなんて——。
――古いヨーロッパ風の街並みで、僕は今、両手いっぱいの大きなリュックを手渡された。
「え?」
三人の魔法使いは、ゆっくりと口を動かし、身振り手振りで伝えてくれる。
丁寧に話されても言語が分からないんじゃ、どうしようもない。
ただ、なんとなく分かった。
リュックを抱きしめ、俯いてしまう。
これから一人でなんとかしろってことだ。
どういうわけでこの世界に呼ばれたのか知る術もなく、僕は三人に頭を下げた。
多分この人たちに召喚されたんだろうけど、岩山から降りて町まで連れて来てくれたし、偉い人に懇願してくれていた。
誰かに怒鳴りたい気持ちもある。
でも、責めたって仕方ない。
リュックを背負い、町の外に続く門をくぐった――はずが、突然背中が重くなり、片足が浮いてしまう!
「な、なに、なんなの!?」
振り返れば、三人が慌てた様相で首を振っていた。
「あれ? 町から出てけって意味じゃないの?」
僕はそう言って外に指をさす。
すると彼らは町の中に向かって指をさすじゃないか。
「なんだ……びっくりしたぁ」
胸に手を添えてホッと息を吐くと、三人も同じように微笑む。
それから案内された場所は、石造りの小さなアトリエだった。
部屋の中に入れば、窓際の作業台。イーゼルもある。
温かみのある日が差し込む室内に、僕の口はぽかんとなる。
魔法使いは作業台に行き、絵を描く仕草を見せた。
「絵を描けってこと?」
恐らく、絵で稼げと言っているんだろうな――。
リュックの中身にはしばらく分の食料と水。それから金貨が入っていた。
あとは、親子のイラストが描かれた本。
ページをめくると、見慣れない言語が書かれている。
そもそも言葉を知らないのに、どうやって翻訳すればいいんだ。
いつ世界に戻れるのかも分からないまま、とにかく絵を描くことにした。
あの魔法使いたちが元の世界に戻してくれるかもしれない。
淡い期待を抱きながら筆を動かす。
最初は魔法使いのひとりに案内してもらい、美術商のお店に行って絵を見てもらった。
サンタクロースみたいな人で、ふさふさの白髭を撫でながら大きく頷く。
僕が描いた町の風景画と引き換えに、いくつか金貨をもらった。
食事は大抵、僕を召喚した魔法使いのひとりが様子を見に来てくれる。
貨幣の価値も未だに分からない。
言語に慣れてきて、発音もハッキリ聞こえる。
でも、何を言ってるのか分からない。
僕はひとり、記憶を頼りにスケッチブックに絵を描く。
都会の街並み。
懐かしい。
帰りたい。




