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第3編『向日葵』

 陽射しに向かって咲く花畑。

 一輪の黄色い花を、根っこから千切り取った。


 男はそれを抱えて、辺り一面の花畑を見回す。

 男はずいぶんと痩せ細り、顔は骨にそってへこんでいる。

 白い襟シャツにサスペンダーで吊ったズボンと、泥だらけのブーツ。

 細い首を空に起こし、手の平を前にかざした。

 熱が手の平に集中する。

 指の隙間から強い光が差し込み、火を灯したように赤く輪郭が浮かび上がった。

 ゆっくり枝のように脆い手を下ろす。

 すぐに花畑の隙間にある小道を歩いた。

 うつろな瞳で、ぼんやり揺れる遠い景色を見つめる。

 花びら吹き散るほどの横風に顔を伏せた。


 その風に乗って、小さな麦わら帽子が横切っていく。

 次に花畑をかき分ける騒々しさと、泥を跳ねる足音が迫ってきた。


 黄色の花びらが辺りに散ったのと同時に飛び出してきたのは、向日葵のようなワンピースを着た女の子だった。


 男は瞳孔を揺らし、口を半開きにして息を詰まらせる。


 女の子は男を一瞬見上げたが、すぐに二歩下がった。

 透き通った笑顔を男に向けたあと、麦わら帽子に向かって駆けだす。

 男は「待ってくれ」と嗄らした声で、咄嗟に手を伸ばした。

 既に女の子の背中は遠くに行き、どこまでも続く花畑の中に混ざり込んでしまう。

 届かぬ指先は空気をゆるく握りしめた。

 

 男も麦わら帽子を目指して走り出す。

 抱えた一輪を落とさぬようやつれた手足を動かす。

 渇いた体に汗が滲む。


 花畑を越えた先に、麦わら帽子が落ちていく。

 男は「あぁっ」と掠れた声を漏らす。

 麦わら帽子を拾い上げた女の子は、かぶりながら振り返った。

 陽射しに照らされた眩しい笑顔は光に紛れてしまう。


 男は膝から崩れ落ちた。

 土で汚れることもいとわず、一輪の花を抱きしめた。


 小さな墓石の前には萎れた黄色い花が添えられている。

 刻まれた名前と同じ苗字をなぞった。


 男は溢れ出る涙を飲みながら喉を潤す。

 シャツやズボン、さらに一輪と土までも濡らし続けた――。 

愛する家族を失っても、祈りをやめられない人。

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