第1編『ひとりの夜』
深夜0時を示すスマホ。
なんだかコーヒーが飲みたくなってきた。
そう思うのだが、チェアーに慣れたお尻を上げたくない。
ちらっと開けっぱなしの扉からキッチンを覗いた。
薄暗く、換気扇の回る音だけが響いている。
どうしたもんか、喉は苦みと酸味を欲しがるし、脚は怠さを訴えてくる。
とりあえずキーボードを打つと、カチカチという音が増えた。
たったそれだけで賑やかな部屋となる。
ただ、音も慣れてしまえば無いに等しいもので、すぐに眠気がやってくる。
このままじゃ眠ってしまうだろうと、指を止めた。
意図せず溜息が漏れ、軽く項垂れたあと、重い腰を上げることにした。
怠い脚を騙しながら、猫背気味でキッチンに向かう。
黒いケトルに水を入れ、スイッチを押す。
紙コップにティースプーン一杯のコーヒー粉を入れる。
腕を組んで待った。
ケトルからボコボコと音が鳴る。
カチッと切れる。
注ぎ口から湯気が漏れ、余韻もなく紙コップに注ぐ。
さらに熱は空気をつたい、近づけると顎や鼻先が湿った。
ほんのり焦げた香ばしさに、ふう、と息が漏れる。
部屋に戻る前に、換気扇を止めた。
ゴーゴーと鳴っていた音が消え、羽は勢いを失い、すぅっと動かなくなる。
残響のようにしばらく耳の中で音が聞こえた。
毎回のことだが、僅かな賑やかさを自分で消していくなんて、妙におかしく思えてしまう。
余白まみれの空間に放り込まれたような気がしてならない。
そんな空想を掻き消す欠伸を漏らしながら、紙コップを掴んだ。
一瞬にして手の平と指の腹に熱が伝わってきた。
あちち、思わず口から出た言葉と一緒に、小走りで部屋のテーブルに置く。
飲む前から眠気が覚めてしまった。
深夜0時は始まったばかりだ――。