表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/19

12.鏡の連鎖:終わりの始まり

千夏は、かろうじて意識を保っていた。身体は鉛のように重く、皮膚はたるみ、鏡を見なくとも、急速に老い衰えているのが分かった。しかし、なぜかまだ生きていた。牛島は、勝利を確信したかのように、千夏の目の前で静かに語り始めた。彼の声は、ひどく澄んでいて、千夏の耳に直接響いてくるようだった。


「…目覚めましたか、刑事さん」


牛島は、千夏が座るベンチの前に立ち、見下ろすように言う。その表情には、達成感と、微かな狂気が入り混じっていた。


「私の計画は完璧です。誰も、彼女たちが存在したことすら覚えなくなる。社会から、完全に抹消される。それが、私を嘲り、貶めた者たちへの、最も相応しい罰だ」


牛島は、言葉を選ぶように続けた。


「あなたも、その一人になるはずでした。ですが…」


彼は、千夏の老いさらばえた顔をじっと見つめた。


「あなたは、まだ、私の中に残っている憎悪と、ほんの少しだけ異なる何かを宿している。だから、完全に消え去ることはなかった。私が見た未来では、あなたは、もう少し粘るようでしたから」


千夏は、かすれた声で問いかけた。


「私…私の中に…何が…」


牛島は、薄く笑った。


「憐れみ、ですかね。あるいは、諦め。あるいは、まだ、完全に消え去っていない、何かを求める心」


牛島は、池の方へ視線を向けた。


「私は、この装置で人の**時間軸に干渉**し、**若さというエネルギーを吸い取ってきました**。彼女たちは、自らの憎悪を撒き散らすたびに、時間を奪われ、そして存在そのものが希薄になっていく。最終的には、誰も彼女たちを認識できなくなる」


「なぜ…そんなことを…」千夏は、呼吸も苦しい中、絞り出すように言った。


「なぜ、だと? 私は、誰からも助けてもらえなかった! 社会から、存在しないものとして扱われた! 彼らは、私を貶め、嘲笑った! それが、どれほどの苦痛か、あなたにはわかるまい!」


牛島の声が、怒りに震えた。しかし、すぐに彼は冷静な表情に戻った。


「だが、これで終わる。私は、彼らと同じレベルには落ちない。彼らを裁き、そして、私自身もこの呪われた世界から解放される」


牛島は、ポケットから小さなリモコンを取り出し、池に向かって掲げた。


「これで、全ての復讐は完了する。そして、私も…」


千夏の目の前で、牛島の身体が、ゆっくりと、しかし確実に、透け始めていく。まるで、空気の中に溶け込んでいくかのように。彼の顔から、感情が消え失せ、穏やかな表情に変わっていく。


「さようなら、刑事さん。あなたは、この先、何を見るのでしょうね」


牛島の言葉が、消え入るような声になった。彼の姿は、完全に透明になり、風に溶けるように消え去った。彼の残したリモコンが、カタン、と音を立てて足元に落ちた。


千夏は、ひとり、公園のベンチに残された。身体は老い衰え、痛みさえも薄れていくような感覚だった。牛島は消えた。だが、彼の残した言葉と、自分自身の見る影もない姿が、千夏の心を深くえぐった。


彼女は、ゆっくりと、池の水面を見た。そこに映る自分の顔は、あの老婆と瓜二つだった。だが、その瞳の奥には、まだ、微かな光が宿っているように見えた。


挿絵(By みてみん)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ