11.牛島
数日後、千夏の体は、まるで数年分の時を一気に過ごしたかのように**急速に老い**ていた。肌はたるみ、髪には白いものが混じり、歩くのも億劫になるほど体が重い。鏡に映る自分は、あの老婆と見紛うばかりの姿になっていた。それでも、千夏は最後の力を振り絞り、再びあの公園の池へとやってきた。何かが、この場所にある。そう信じて疑わなかった。
池のほとりに辿り着くと、ベンチに一人の男が座っていた。見るからに**「チー牛」**といった風貌の、痩せた男。伸びた前髪と猫背気味の姿勢、そして着慣れないチェックシャツ。明らかに周囲の風景から浮いている。男は、池の水面をじっと見つめ、何かを操作しているようだった。
千夏は、恐怖と焦燥に駆られ、かすれた声で男に話しかけた。
「あの…あなた…この池で、何を…?」
男は、ゆっくりと顔を上げた。その目は、どこか冷たく、しかし知的な光を宿していた。
「…刑事さんですか。まさか、あなたがここに来るとは思いませんでしたが…」
男は、千夏の尋常ではない容貌を一切気にすることなく、静かにそう言った。千夏は、自分が急速に老いていること、そして麻美たちの失踪事件について、必死に男に語り始めた。男は、じっと耳を傾け、千夏の話が途切れると、ゆっくりと口を開いた。
「…私の名は、牛島と言います。プログラマーをしています」
牛島は、静かに語り始めた。彼の声は、どこか諦めと、そして強い憎しみを湛えていた。
「私は、**ツイフェミ**たちから、執拗な嫌がらせを受けていました。容姿を揶揄され、人格を否定され、生きている価値もないと罵られ…誰に助けを求めても、誰も私を助けようとはしなかった」
牛島は、憎悪に満ちた目で池の水面を見つめた。
「だから、私は独自に開発したのです。**フェイズドアレイ光電管を使用したニュートリノ観測装置**を。この池には、特殊な**ジジリウム溶液**を散布してあります。これにより、人体さえ貫くニュートリノを自在に観測することができるようになった」
千夏は、信じられない思いで牛島を見ていた。彼の言葉は、あまりにも現実離れしていた。しかし、自身の急速な老化と、これまでの不可解な現象を考えると、完全に否定することもできなかった。
「私は、それらの観測データに干渉するプログラムを、そっとツイフェミたちのツイートに仕込んでいきました」
牛島は、そう言って、薄く笑った。
「そのプログラムが作動すると、**彼らの時間軸に干渉する力を得る**ことができるのです。彼らは、自らの憎悪を撒き散らすたびに、時間を奪われていく…老いて、そして消えていく。誰も、彼らが存在したことさえ覚えていなくなる」
牛島の言葉に、千夏の全身から血の気が引いた。麻美や他の失踪者たち、そして自分自身に起こったことの、すべての辻褄が合った。
「あなたも、うっかり、彼女たちのツイートに**共感したり**、**拡散したり**しましたね。その瞬間から、あなたは私に、若さを吸い取られていたんですよ」
牛島は、冷酷な目で千夏を見据えた。彼の顔には、微かな達成感と、狂気にも似た愉悦が浮かんでいた。千夏は、絶望の淵に突き落とされた。自分の無自覚な行動が、自らを、そして他の女性たちをこの恐ろしい運命へと導いていたのだ。
急速に老いていく体と、目の前の牛島の言葉に、千夏はなすすべもなく立ち尽くした。牛島は、満足げに池の水面から目を離し、ゆっくりと立ち上がる。
「これで、私を虐げた者たちは、一人残らず消えていく。誰も、彼らを助けようとはしなかった…当然の報いです」
牛島は、千夏の隣を通り過ぎ、どこかへ去っていく。千夏は、最後の力を振り絞って牛島を止めようとするが、体はすでに言うことを聞かない。彼女の視界はかすみ、意識は闇へと沈んでいく。
その時、池の水面に、千夏の顔が映り込む。そこには、深い皺が刻まれ、生気を失った老婆の顔があった。その顔は、ゆっくりと、しかし確実に、水面へと沈んでいく。
牛島の復讐は、まだ終わらない。そして、彼に裁かれた女性たちは、誰にも知られることなく、存在そのものが消え去っていくのだ。