ペリカン便が来たと思ったらコウノトリ便で出産した事になった
ポストを開けると見慣れない不在票が入っていた。
丸まった羽根がテープで貼られている。
文字は手書きのように柔らかく書かれていた。
「えーと……コウノトリ便?」
お品物:出産予定品(要保温) 3120g
「いやいや荷物じゃないから。予定日まだ2週間先だし」
備考欄には再配達日時がやけに充実している。
ご希望の再配達時間を以下よりお選びください
☐ 午前中 ☐ 午後 ☐ 陣痛がきたら ☐ 予定日通り
「イタズラかな?」
電話番号にかけるとオペレーターにすぐに繋がった。
「あっ!さっきの赤ちゃんのお届けですね?」
さも当たり前かのように対応される。
「帰宅して良かったです~じゃあ今から伺います」
「え、ちょっ……待って!」
言い返す暇も無く切れてしまった。
空が陰ったかと思うとチャイムが鳴った。
インターホンのカメラには、鳥マークの帽子を被った配達員が写る。
「もしかして……ペリカン便?」
『いえ、コウノトリ便です』
――
玄関には白スーツの男性がいた。
周りには鳥の抜けた羽が大量に落ちている。
「え~とコウノトリ便?」
「はい!お届けにあがりました。出産予定品1点、航空便です」
段ボールを渡すように木で編まれたベビーバスケットを渡された。
白い布に包まれて重量感がある。
「えっ!?ちょっと、荷物じゃないですけど!?」
「おっしゃるとおりです。そのため生命特別便で対応しております」
「いやいや違うって。赤ちゃんって普通お腹から出てくるでしょ?」
男はいぶかしむ顔になり言った。
「随分古い考えですね……最近は無痛分娩が主流ですよ」
そして業務端末を私に向けた。画面には見覚えのあるアプリ。
「こちら、お客様がご利用になったアンケートにて【出産はなるべく楽に家でゆっくりしたい】とございます」
「そんなの……やったかも」
「はい、12月24日にチェックインされています」
あぁ、あのクリスマスのテンションで将来設計考えてた時だ。
「赤ちゃんってもっと早く届けばいいのに〜」「陣痛とか痛いのやだ〜」と友達に愚痴った。
「でも心の準備も出来てないし、私まだ陣痛きてないし!」
「ご安心ください。コウノトリ便では陣痛なしの最速配達をお約束しております」
「なにその強引なキャッチコピー」
配達員は確信に満ちた目で私を見る。
「命は自分達の準備など関係無く産まれますから」
「それっぽいこと言ってもおかしいですから!」
彼は端末を操作すると、ベビーバスケットの中にモヤがかかった。
霧が晴れるように赤ん坊が徐々に見えて来る。
「生まれそうっていうか、もう生まれてるじゃん」
「お届け対象は出産済みパッケージ、今の主流です」
そのとき──バスケットの中から小さな声がした。
「オカーサン?」
「ひっ……!」
私はその場にぺたりと座り込んだ。
配達員がジェントルマンに私を抱き起こし声をかけた。
「声帯確認完了。お届け成立です」
ニコッと笑う。
「嘘でしょ……まだ心の準備が……哺乳瓶すら買ってないし」
「赤ちゃんセットは本日午後便でお届けします」
「至れり尽くせりだわ」
もう否定する気も失せた。
端末に指で受取サインをする。
配達ステータスがお届け完了に変わった。
――
「ねぇ、やっぱり返品ってできない?」
ソファで呟いた私の横には、バスケットの中で赤ちゃんがスヤスヤと眠っている。
正直めちゃくちゃかわいい。だけどそれとこれとは話が別である。
状況が状況だけに私の子供だといまだに思えない。
私の向かいにはコウノトリ配達員がアフターサポートにまだ居座っていた。
彼の肩から、ひらりと白い羽が落ちた。
「返品はできます。ただし手数料が発生します」
「えっ出来るの?」
「はい。命の返品には心的ダメージやカルマ改変費用などが含まれまして……」
「ちなみに私は返品を経験した事がありません。99%の方が【想像より良かった】と回答してます」
「そんな通販番組みたいに」
私はため息をついて、テーブルの上にある【出産完了キット】のパンフレットを手に取った。別料金、言語学習推進パック、早熟2足歩行パック……。偉い大学の教授が、安全性を語るインタビューとかが載ってる。
「これ、ほんとに必要?」
「すでにセットで注文済みです。お客様は【やるなら全部】とアンケートしてますので」
「やったかも!」
私の声に赤ちゃんが一瞬グズる。
あーダメだ、もうこれから数年は赤ちゃんが居る家として行動しないと。
そのとき、赤ちゃんが眠そうに目を開けた。
私の目を見て「にこっ」と笑う。
「――!!」
言葉が出ない。体の奥をぎゅっと掴まれたような感覚。
赤ちゃんって、こんな笑い方するんだ。
本能がこの子を育てろと命令する。
「14日も早く届くなんてね」
私はそう呟きながら指をそっと伸ばす。赤ちゃんはにぎにぎと私の指をつかんだ。
昔、母が言ってた「あんたが初めて笑ったとき、人生で一番救われたって思ったの」私も今、それがわかる気がした。
配達員は満足そうにそれを見て一礼した。
「お届けが間に合って何よりです」
――
翌朝──私は赤ちゃんを見ていた。
昨夜はベビーバスケットを寄せて一緒に寝た。
最初はおそるおそるだったけど、気がつけばずっと手を握っていた。
目の前のこの子が「自分の赤ちゃん」だとは、まだ完全には信じられない。
「赤ちゃんはいるのに、自分の体は変わっていない」
だけど一晩で「この子がいない」という状態は想像できなくなっていた。
寝る時に両手でバンザイするのは、私の赤ちゃんの時に癖が似ている。
──ピンポーン
「また来た?」
そこにいたのは昨日と違い全身真っ黒のスーツ、いかにもクレーム担当という女性だった。
端末を渡される。
「返品理由は3つから選べます」
「①想定外の動揺、②生活設計、③その他です」
私は黙ったまま赤ちゃんを見た。
赤ちゃんが目を開けて私を見つめ返した。
……この目。
「返品された赤ちゃんって、どうなるの?」
私の問いに即答した。
「回収され別の母体に配送されます」
「別のって、あの子の記憶とかどうなるの?」
「初期化されます。現在の【オカーサン】という認識も消去されます」
「…………」
「あなただけじゃありません。誰も最初は【お母さん】じゃないんです」
「問題ございますか?」
別の母体に配送される。
この子は私のことをオカーサンと言ったことも忘れてしまう。
手を握ったぬくもりも、無かった事になる?
「問題あるに決まってんでしょ」
「返品申請を受けたから私は来ただけですので――」
「もういいわよ!」
私の声に赤ちゃんがびくりと動いた。
『しまった』と思ったときにはもう遅い。
火がついたように泣き出した。
「──うそ、やだ、ちがうの!」
私はあわてて抱き上げる。
「お母さんやめるとか、ほんとは一度も思ってないから」
私の腕の中で赤ちゃんがすんと泣き止んだ。
それを見た女性が「やっぱりね」という態度で端末を操作した。
「返品申請はキャンセルしました。出産確定しますので、これ以降は返品不可になります」
「はい、私のわがままでご迷惑おかけしました」
『ポンっ』と私のお腹は引っ込んだ。
彼女が去ったあと、私は赤ちゃんを寝かせてひとこと言った。
「この子を返品できるかって?もうできるわけないじゃん」
赤ちゃんが指をギュッと握る。
――
赤ちゃんとの生活が始まって半年。
「返品できるかな?」
と冗談で思っていた日は既に遠い記憶のよう。
この小さな命は毎日驚きと喜びを運んでくる。
初めてのミルク、初めてのオムツ替え、初めての夜泣き。
想像以上に大変で想像以上に愛おしい。
「なんで泣いてるの?お腹空いた?暑い?寒い?ワガママ?」
赤ちゃんの顔を覗き込みクイズを解く毎日。
疲れ果てて鏡を見ると誇らしげな私がいる。
成長サポートパックがあっても、結局必要なのは母の【感覚】だった。
「あっ泣き方が違う」と気づくのは私しかいない。
もちろん、母親1年生の私は失敗もたくさんした。
熱が出て夜中に医者に駆け込んだ事もあった。
でも、その試練が私を強くした。
「どんなに辛くても、この子のために私は強くなる」
赤ちゃんの笑顔が心の支えになった。
この小さな命を選んだのは私。
彼女もまた私を選んでこの世界に来た。
お母さん1年生の私と、人生1年生の赤ちゃん。
「ありがとう私の子」
赤ちゃんは、にっこりと笑った。
その笑顔が私の1番の宝物になった。
ベビーベッドから赤ちゃんの鳴き声が聞こえる。
「さてと……
お母さん1年生は今日も頑張りますか」
玄関に羽が落ちたあの日から私の毎日は羽ばたき始めた。
コウノトリ便――受取完了です
ちなみに今の中学生はもうペリカン便が無い時代の産まれ
ちょっとジェネレーションギャップを感じました。