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行ってらっしゃいと言いたくて  作者: チノチノ / 一之瀬 一乃
第一章 委員総会の無断欠席コンビ
9/13

八夢「忍び寄る不穏」

「はい、それじゃ次回はP.(ピー)十四から! 予習復習をしっかりするように」


 六時限目も終わり、数学の教師が最後に「委員長、号令」と合図を出して流れるように挨拶をして終了。


 皆思い思いに今日一日、というか一週間の疲労を吐き出すかのように愚痴を零す。かくいう俺も、給食委員総会を無断欠席したこと以外は順調に進んでいたはずだったのだが……。


「おい、ケンゴ。お前どうした……?」


 親友の凛が俺の席まで来た。

 この後は掃除の時間なので、凛と一緒に教室で掃き掃除だ。そのために教室の後ろにあるロッカーから綺麗なホウキを取り出した。

 流れ作業で塵やら消しカスやらを教室の後ろへ後ろへと行くように掃いていく。このまま凛を無視してもよかったが、適当に答えてやることにした。


「昼休みが終わったのに気付かんかっただけ」


「そうか。よかったな、遅刻扱いにならんくて」


 遅刻扱いにならなかった。比喩でも嘘でもなく紛れもない事実。


 国語の授業が始まって五分も経たない間に、俺は教室に入室した。急いだ様子で後ろ扉を開けた俺は、「トイレの大に」とお腹を摩りながら嘘をついたのだ。

 そして先生の寛大な処置で、教科書の読み上げを行うだけでことが済んだのだった。

 正直、クラスメイトの目線が痛くて仕方なかった。遅れた理由もトイレに籠っていたからと主張したことが余計に恥ずかしかった。それよりも遅刻扱いの方がダメージがでかいのだから、恥を偲んで恥をかいた。

 

 五時限目の終わりには少しからかわれることもあったが、それも耐えた。


 少し話して会話は終了し、掃き掃除の後は机拭きに専念する。


 この学校は少し特殊で、清掃活動の際には無言で行うことが徹底されている。

 掃除の時間がやってくると最初は少しガヤガヤとしているのだが、数分も経てばクラスどころか廊下、階段、トイレ、校舎内が静寂に支配される。響くのは窓を磨く音や黒板消しの掃除クリーナのやかましい機械音、また机をガタガタと移動させる際に響く振動くらいだ。時々業務連絡で話し声が聞こえるが、全員が静かにしている中の話し声はよく耳に届くので、必要以上の会話が続くことはありえない。


 教室の半分以上の掃き掃除が進んだくらいだった。廊下で見張っていた担任の教師が生徒に呼ばれて移動した。それを見計らったかのように、一部の生徒がクスクスと小声で話しだす。


「おい、お前。……くっくっくっく」「あほちゃう、はははは」「やめとけって、くくく」


 ……たまに、こうやって悪ガキ共がじゃれあうこともあるが、表立ってはしない。内輪だけで行っているので誰もつっこまない。まあ、迷惑のかからない範疇であれば許せてしまうのものだ。誰も、荒波も立てたくはない。


 俺は普段と変わらずに無表情で目立った動きもせず、ロボットのように同じ動作を繰り返す。すると、先ほどまで少しじゃれあっていた生徒の一人が俺の背中にぶつかってきた。後ろからいきなり押される形になって思わず俺は前のめりになってこけてしまう。


「ん? あ、わり! 見てなかったわ~」


 ぶつかった拍子に転んだ俺に気付いた様子のクラスメイト――諏訪(すわ)が悪びれる様子もなく軽く手をあげて謝罪の意を表明した。これでは謝罪の『い』どころか『しゃ』もない。どつきまわしたろかコイツ。

 一瞬だけ反射的にでそうになったグーの拳をそっと抑える。

 器の大きくない俺は少しだけ苛立ちを込めて「気をつけろよ」と注意しながら立ち上がる。

 

 その一連の流れを見ていた取り巻きどもと見つめあって数秒、こちらを嘲笑の笑みで見てからまたじゃれあい始めた。


 クソガキに黒い炎を燃やしながら一声かけようとしたが、やめた。

 担任の教師がクラスに戻ってきているのを敏感に感じ取った野郎共は、蜘蛛の子が散るように己の担当している箇所に戻ったからだ。


 掃除もそのあとは何事もなく終わって、あとは終学活。最後に部活動のみ。なんだか今日だけでどっと疲れた気がする。家に帰ったら爆速で眠れそうだ。

 

 気が付けば日直が終学活を進行し、各委員会が報告することを全体に伝えている。風紀委員がハンカチ・ティッシュ忘れが多い、だの保健体育委員からは体育授業前の着替えの時間が遅いだのと言っている。

 そういえば給食委員も何かあったかと木町を見てみると、木町もぼーっとした様子で報告を聞いていた。


 仕方ないかと俺は溜息を吐きながら、手をまっすぐあげると日直がすぐに俺を指名してくれた。起立すると、ぼーっとしていた様子の木町も意識を取り戻したようで慌てて席を立った。


「えー、給食委員からです。今日は金曜日ですので、当番だった人はエプロンを各自持ち帰り、洗濯・アイロンをした状態で来週の月曜日に持ってきてください」


 間に「えー」と何度か言いながらも機械的に報告を終え、最後に以上ですと言って席に座る。

 木町も一歩遅れて席を座ってから、こちらを振り返って拝むように両手を合わせるポーズをとった。口の動きから「ごめん!」「ありがとう!」と言っている気がするのでそれにサムズアップで返す。


 それから終学活は順調に進んだ。

 委員長の掛け声にあわせて礼をしてゾロゾロと動き出す。急いでリュックを背負って部活動に勤しむ者もいれば、教室でたむろしている者、また着席して何やら書き物をしている者と様々だ。


甲矢仕はやし


「――っ」


 腰を抜かした。

 後ろから突然声がしたことに驚いた俺は声をだせずにその場にへたり込む。もちろん近くにいたクラスメイトは俺の様子に驚いていた。

 心臓が飛び出て死ぬかと思った。


「あー、驚かせてごめん、でも漏らさんくてよかった」


「――っ!」


 言葉にはならなくて、ただ、顔が真っ赤になったことが、耳から感じる熱で理解した。

 勢いに任せてそのままの体制で言い返そうかと思ったが、地べたにへたり込んだままの姿勢で怒鳴っても情けない。

 力の入らない足腰に代わって、机に手をかけて立ち上がろうとする。熱で浮かされていた頭も段々と冷静になってきた。

 時間をかけてようやく立ち上がる。立ち上がるも不安定な重心が原因でよろめく俺を八重がそっと支えてくれた。

 不思議と苛立っていた感情はどこかへ行って、頭は冴えわたる。


「ただでさえ変な顔が、余計変な顔になってるけど?」


「ごめんと思ってんのなら変な顔とか余計なこと言わんでええわ」


「私にだけじゃなくて、他の人にも見られてるから親切心で教えてあげてる」


「あぁ、そうかいそうなのかい。それはどうもあ・り・が・とうッ」


 これ以上話していても余計に惨めな思いをしそうなので先に行かせてもらう。


「……それじゃあ先に行ってるわ」

 

 一人で歩くくらいなら問題がないくらいには力が戻ったことを感じる。

 俺も部活に行くかと、重くもないリュックを背負いなおして教室を出ようとしたとき、視界の隅に水色の袋が入り込んできた。青い袋の前まで行って、クラスを見渡すものの誰もこの袋を取りに動こうとする様子はない。思わずこめかみをおさえる。


「おいおい、誰や給食エプロンを忘れてるのは……?」


「二番って書かれてる」


「っておい、まだ行ってなかったんかい。ほら、さっさと部活に……」と言ったところで一つの可能性が浮かんだ。今、ここで八重は俺に何かがあると思ったのではないかと。

 クラスを見渡すも、誰一人として不審な動きをしているように見えない。人か、それとも物か。もしかしてクラスメイト以外の誰かが廊下や外から……?

 こそっと八重にだけ聞こえる声で耳打ちする。


「まさか、ここであるんか?」


「え? 違うけど」


「違うんかい」


「うわっ、うるさっ」


 思わず耳元の近くで声が出た。耳を抑える八重に悪いと片手で謝って本題に戻る。


 気を取り直して給食当番の番号が記載されている当番表を確認する。今週はA当番の週で来週はB当番だ。ちなみに俺はC当番。

 えーと、これはA当番のぉ~~……、二番は~~~……?


「二番は宇都宮」


「……。わかってるわ」


「でも、その宇都宮がおらんな。もう帰ったんか?」


 既にクラスにいないことがわかってさらに頭が痛くなった。

 宇都宮とは一応同じ小学校だったが、別段仲良くはない。

 つまり彼がこの後一体どこへ行ったのかわからない。部活か。帰宅したのか。終学活でちゃんと言ったのに、ちゃんと人の話は聞いとけよな(人のことを言えない)。


「多分部活。誰かに聞いてみたら?」


「それも記憶?」


「いや、こんな記憶は持ってない。初めて見る出来事のはず」


「そうか、でも今はまだ学校におるってことさえわかってたらいいわ」


 宇都宮は出席番号順で凛の次だから、凜が何か知っているはずだ。まだ教室に残ているが、数人でだべっている。

邪魔にならないよう、小声で聞きだすことにした。


「なぁ、ちょっと凛」


 思ってたより声が届いて、皆の会話が止まってしまった。

 事情を説明し、どこにいるか聞く。


「ユートなら多分バスケ部や」


「サンキュ」


 今度こそ邪魔にならないように軽く感謝を伝えてさっと離れる。これ以上邪魔にはならなかったみたいで、凛も会話に参加していた。

 気が付くと八重の姿もない。多分水泳部に向かったのだろう。


 凛の姿を最後に見て、青いエプロンを片手に廊下を歩く。

 バスケ部は体育館で活動しているはずだ。水泳部が活動する場所とは真逆の場所だから少し億劫だが仕方ない。普段は給食室に向かうときにしか利用しない廊下を歩き、体育館に到着する。


 体育館の中からはキュッキュッとバスケットシューズと体育館の床が摩擦で擦れる音が響いていた。

こっそり扉を開けて中をのぞく。館内から響く音でわかってはいたが、まだボールを使ってはいない。扉を開けてボールが俺の顔面にヒットする心配はない。それでも一応慎重に行動するためにも、扉の隙間から確認する工程に間違いは――、


「なにしてんの」


「――っどぅぁぁぁ!?!」


 後ろから突然声をかけられたことに驚いて、情けない声がでた。急いで振り返ると、そこには木町がジト目でこちらを見ている。心臓が飛び出るかと思った。マジで俺死ぬ?


「マジで心臓に悪いからやめてくれんか」


「……ヘンタイ」


「ち、ちゃうわ。俺は、ほら、これ! これを渡そうと思ってやな」


 どうやら男子バスケットボール部ではなく、隣の女子バスケットボール部を覗いていると思われたようだ。


 しどろもどろになりながらも俺の右手にある青い袋を見た木町は「あー」と納得する。そして、その仕事に気付いてしまった木町はしらーっと目をそらした。


「大体、女バスのお前がこれに気付いてたんなら、ここまで俺が来んくても宇都宮に渡すことができ「あ、あーー!! ウツノミヤくんね、わかったわかった! せっかくここまで来たんやし、ハヤシくんが直接渡すといいよ! うんそうしよう! 呼んでくるから待ってて!」 ――って、あ、おっ、おい」 

 

 木町が早口で捲し立てるかのように言った後、すごい勢いで男子バスケットボール部の元まで駆けていく。


 まあ、正直助かった。扉の隙間からみていたものの、結構本気で取り組んでいるものだからどのタイミングで声をかけたものか考えあぐねていた。

 

木町が男子バスケ部の集団の中から一人の男子を連れてこっちに来る。遠目からでもわかる存在感。中学一年生で既に中学二年生よりも体格が大きいため彼の存在は目立っていた。


「ケンゴくん。すまないね、持ってきてくれて」


 俺の手にあるエプロンを確認した宇都宮は、申し訳なさげな顔でありながらかつ爽やかな顔で片手を上げる。

 ナチュラルな名前呼びに狼狽えた俺は「お、おう」と反応が遅れた。反応が遅れたことは気にも留めず、「サンキュな☆」とまるで語尾に星がつきそうな爽やか具合。思わずぐぬぬと声が出そうだ。


「言い訳にはなるけど、しっかりと鞄にいれたはずなんだよね……」


「そうか。週末やし、疲れてるんかもな。気をつけろよ」


「そうかもしれない。わざわざありがとう!」


 エプロンを受け取った宇都宮は「それじゃ僕、部活に戻るね☆」と最後まで爽やか笑顔を絶やさずに、部活に戻っていく。途中に抜け出した宇都宮に対して、特にお咎めがあるようでもなく、むしろ宇都宮が加わったことでより一層盛り上がった気さえする団結力。……おいおい、あいつ同じ一年生だよな?


 隣で俺と同じ方向を見つめる木町は「ウツノミヤくんはね」とバスケ部の事情を知らない俺に補足するように話し出す。


「一年生で既に来週の練習試合に参加できるレベルなんだよ。もちろん他の一年生は全員ベンチ。中には二年生を出し抜いての選抜だから、期待の星なんだよね」


 語尾に星がついていそうなやつだなんて思っていたら彼そのものが星だった。なんてやつだと感心しながら、入り口からその姿を凝視する。

 あまりのセンスと実力で、一年生で年上を出し抜いたのか。それに、どうやら上級生からも認められている雰囲気があって、溶け込めているのは彼の人格が成せる技だろう。悪意にはじかれることなく溶け込めるそのコミュニケーション能力までお持ちとは恐れ入った。


「ゴールデンウイークを過ぎたころには、レギュラー入りが確定するかもって話」


「はぁぁー、すげぇやつがいたもんだな。……ん?」


 男子バスケットボール部の集団の中に気になる島があった。少し離れたところでグループができているが、彼等の様子がおかしい。その中には同じクラスの諏訪もいた。


 ある方向を見て固まった俺に「どうかした?」と聞く木町。何もないと言って体育館を後にする。


 少し話過ぎたかなと先ほどのことを思い返しながら、長い廊下を歩く。

 グラウンドからは運動部の掛け声が木霊し、特別棟からは吹奏楽部の重く腹に響く音が反響する。


 今週も疲れたなと、ため息ばかりが漏れ出していた。



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