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行ってらっしゃいと言いたくて  作者: チノチノ / 一之瀬 一乃
第序章 今日から中学生
6/13

五夢「思い出して」

×  ×  ×

まで、飛ばしても大丈夫ですやで。


ちな、部活紹介のシーンです。


 「それでは野球部の皆さんありがとうございました!」


 副生徒会長の言葉がマイクを通して体育館に響き渡る。土で汚れた白のユニフォームに身を包んだ部員は足をそろえて退室する。


 今新一年生である俺達は二時限目に行われている部活動紹介を順番に見ているところだった。

 各部活の部長が新入生の前で一分間ほどのスピーチに、部員による部活動の一環を目の前で実演する時間が用意されている。


 自分はどの部活もぼーっとみていた。俺には最初から本命の部活があるのだ。そして次は待ちに待った部活の出番だ。


「それでは、次は水泳部による紹介です。水泳部の皆さん、お願いしまーす」


 三年生の生徒会役員による司会の元、水泳部がゾロゾロと新入生である我々の前に整列した。


「水着じゃなかったな」「背中に何か書いているな」「うわ、あの人かっこいい!」「手に何か紐ない?」

 

 ざわざわとする新入生をよそに、部長によるスピーチが始まる。同時に皆の感じた違和感が的中した。水泳部だから水着で登場するのか? と思っていたが実際は水泳部の部活動Tシャツを着ての登場だった。背中にはどうやら文字が記入されていて、【精神集中】と書いてあるように見えた。さらに感じていた違和感は加速する。


 ヒュンヒュンヒュン!!! とすごい勢いで、それも数十人で本当にすごい速度で音が鳴る。その正体は、


「うわ!はやぶさやスゴ!!」 「縄跳び!?」 「泳がんのかーー」 


 まさかの『縄跳び』だった。いろいろな声が飛び交う中、俺もさすがに想定外の内容だったので前のめりになって話を聞く態勢に入る。


 どうやら水泳部長の話によると、夏の間は水泳活動だが、冬の期間は泳げないので休日は水泳施設で活動し、平日の放課後は陸上トレーニングを行うようだ。だから、体育館では泳ぐことができないので陸上トレーニングの一環である縄跳びを披露したというわけだった。知りたいと思っていたことは大体部活動紹介で知れたので良かった。ほかの細かい内容は実際入ってからのお楽しみだ。


「水泳部の皆さん、ありがとうございましたーー」


 生徒会役員による言葉を合図にパチパチと拍手が体育館内に響き渡る。「それでは次は女子バスケットボール部の皆さん、お願いします」と次の部活の紹介に進む。当然男子バスケットボール部でも興味はわかないものを、女子部活となると、自分には関係がない話なので当然興味がわかない。しかし、なぜだろう、話に少し耳を傾けてしまっているのは、バウンドするバスケットボールにか、それともひらひらチラリズムのTシャツ、もしくは揺れるボール———


 なんとなく目に入ったのは、女子バスケットボール部の皆さんでも、生徒会役員でも、脇で生徒の様子を温かく見守る教師の姿でもなかった。

 朝、少しだけ話をした女子の目や声、髪型が鮮明に焼き付いていたものの、その横顔は初めて見た。


 見られていることにも気がつかないほどに、スピーチに集中して聞いている彼女の横顔をしばらく見つめていた。


 

 ×  ×  ×

 


「それじゃあ、明後日から仮入部期間が始まるから、今日家に帰ったら絶対に書きなさい。忘れないように」


 手元にある仮入部の用紙を眺める。空白の欄が五行あるのは五日にわたって仮入部期間が続くからだ。五日間の仮入部期間を満了した後、入部届を提出し、正式に部員になることができる。


 俺は悩む必要がないので、早速記入欄を全て水泳部で埋め尽くす。

 部活の数自体は多く無いが、この選択で中学校生活における三年間の使い方が決定される。今この時、慎重に選ぶべき案件であり、人生のターミングポイントなのだ。俺は、まぁ、水泳以外に選べるほどの才能も趣味もないので五日間とも水泳部でいいのだ。


「——ってことやから、各自よろしくたのむぞ! それじゃあ委員長 号令!!」


 仮入部届に記載している間に先生の話が終わっていたようで、委員長合図と共に今日の終学活が終わった。何か大事な話もしていた気もするが、まあ大丈夫だろう。


 ずっと座っていて、いい加減お尻が痛いので席を立とうとするも、立てない。原因は後ろから次の動作を止めている存在がいるからだ。

 持ち上げようとしたお尻は椅子から離れることなく、両肩に体重を乗せて邪魔をする存在を確認した。


「ちょっと、なんのつもりや」


 首を垂直にまげて背後に立つ姿を目視する。椅子に座った状態で顔だけを真上にむけるような態勢だ。

 背後に立つ人影によって俺の顔に影が差す。ただ背後に立つだけならここまで蛍光灯の光が遮断されることはないだろう。だがしかし、現在俺の視界は暗い。真っ暗だ。

 俺の呼びかけには無視を決め込み、目と目が合うも、暗い彼女の表情は何を考えているのか全く読めない。昨日からそうだ、何を考えているのか掴ませてくれない。


「……」


「無視せんでくれよ」


 俺の両肩を両手で抑えるだけでなく、全体重を預けてこちらを頭上から覗き込むのは、友達の凛でも給食委員の木町でも、小学校が一緒の友達でもなければ、新しく仲良くなりかけているクラスメイトでもない。

 なら、一体誰なのか。もったいぶる必要もない、切れ目でインナーカラーがローズピンク色の女の子だ。


「思い出した? 私の事」


「いや全くこれっぽっちも。で、こっちの質問には答えてくれんのか」


「こうしたら、思い出すかと思って」


 八重(やえ)はそう言って、切れ目から発する鋭い眼光が緩み、女の子らしい柔らかい雰囲気を纏う。何のことを言っているのかはわからないが、やはり俺と彼女は面識があるのだろう。

 

「八重さん、何度も言うけど、俺は八重さんを覚えてない。あと、思い出してほしいって言うなら、どこで君と会ったんか教えてくれへんか?」 


「……。ここではダメ」


「はぁ? なんで」


「だって、言っても絶対信じてくれんと思うし。それに、他の人に聞かれると……困る」


「じゃあ、なんでいきなりこんなことすんの。ちょっと、腰痛いんやけど」


「じゃあ、今日の放課後に『門の公園』で待ってるから」


「……は? なんで知ってんの」


「わかった?」


 有無を言わさぬ圧力に、わかったと伝えようとした瞬間、首と肩に電流が走る。今の体制をこれ以上続けると首がおかしくなってしまいそうだ。


「ごめん。肩痛いし、席立ちたいわ」


「……ん」

 

 一言聞こえるかわからないレベルの小声で返事をして、やっと解放してくれた。


 遮られていて暗かった視界が一変して突然明るくなったことで目が眩む。眩しさに目を細めてみるも、暗かった時間が長かったわけでもないので、時間をかけずしてすぐに順応する。


 座った状態で、今度こそ立ち上がろうとして初めて気付く。

 クラスがあまりにも静かだった。否、静寂なんて生易しいものではなかった。まるで緊張の糸がピンと張られたような緊迫感が伝わってくる。


 クラスメイトのほぼ全員が、俺を――俺と八重のやり取りをじっと見続けていた。


「……あ」

「……」


 周りの様子を見て、そして腰をあげかけた中途半端な姿勢で固まってしまう。一方で、クラスの様子など一切気にしていない様子の八重はこちらを見下ろしている。


 ――次の瞬間、クラスが爆発したのかと錯覚する勢いで押し寄せる。


「おいおい! お前らなんやできてんのか!?」 「え? 彼女彼女!?」 「ハヤシくんそれはえぐいってー!」


「うっ、うおおお!?!」

「……。」


 知っているやつから知らないやつ、仲のいい友達から嫌な笑みを浮かべる知人までもが。まるで、バーゲンセールの主婦のような怒涛の勢いだった。波に完全に飲まれてしまった俺と八重は、次々に質問と尋問のラッシュが続いた。

 俺はその初めての経験に当然困惑し、何もできずにもみくちゃにされる。八重は女子だから手加減されているのか、あまり激しく問い詰められている様子ではない。


「やからっ!! 俺は全く心当たりも何もないんやってーー!」


 何度も弁明と説明と会話を試みるもあえなく撃沈し、皆には俺から面白い返事が返ってくるまで離さないといった形相で問い詰めてくる。


「ちょっ! 質問をするなら俺じゃなくて! 八重っ! 八重さんに聞いてくれ!!」


 しばらくして、俺からでは面白い話は聞けないとようやく諦めてくれたクラスメイトから解放される。

 件の渦中にいるはずの八重はどうやったのか逃亡に成功した様子で、姿を完全に眩ませていた。


 しわくちゃにされたブレザーをパンパンと手で払って埃やら汚れを落としていると、二人の人影が近づいてきた。


「ケンゴ。大変だったな」

「ハヤシくん、女の子をたぶらかすのは感心しないよっ」


「お前ら……。見てたんなら止めてくれよ。てか見てたの気付いてたし、マジで助けてくれんかったこと恨んでるぞ」


 凛と木町が揃って他人事のように言葉を投げかけてきた。本気で助けてほしかったので、遠目で見ているだけの凛には特に失望したものだ。悪態の一つや二つもつかせてほしい。

 しかし凛はどうやら納得していない様子で、八重とは違った鋭さを持つ目をより細めて口を開いた。

 

「いや、そんなこと言われても。クラスであんなにイチャつく方が悪いだろ」


「待て待て待ってくれ。イチャついてないしそれに俺は悪くない、悪いのは全部八重さんや」


「ケンゴが覚えてないのが悪い」


「ぐ、ぐぅ……。確かに俺が八重さんのことを忘れてる可能性の方が大きい。いや、違う! そういえば教えてくれんかったんや! やっぱり俺は悪くないんや!」


 記憶力の悪い自分にも非があることは認めるが、でも思い出せという割に、何を? と聞けば答えてくれないのだ。それで本当に俺が悪いのか? 思い出せと言われて、思い出せないと答えを出しているのだから、向こうも臨機応変に対応してほしいものだ。


 でも気になることがあった。

 八重がどうして『門の公園』のことを知っているのか……。俺と母さん、弟の間でしか使わない呼び名が、他の人の間で使われていたとしてもおかしい。全く面識のない俺と八重の間でその名を今呼び、集合場所としたことが気になる。しっている間柄でないとありえない指定場所だ。


「お疲れ様っ」


 生気をクラスの皆に吸い取られた後、木町が両手を胸の前でぐっと拳を握りながら労わってくれた。その言動に少し力を貰えた気がして、気分は少し立ち直った。


「木町はほんまに、癒し枠やな。八重さんにも見習ってほしいわ」


「そんなこと無いよ~」とふわふわした返事が、殊更俺の疲れた骨身に染みるのに時間はかからなかった。



×  ×  ×



 時間は進んで放課後になった。

 放課後は部活動の時間に使うことになるが、俺達一年生が参加する仮入部は明後日からで、今日は()()()()


 何もないはずの放課後も、得体のしれない存在である切れ目女子が、放課後に公園に来いと言っいた。あれから気になって仕方がなかった。おかげで先生の長い話も全く頭に入っていない。というかあれは話が長いのが悪い。


 さて、凛と一緒に途中まで帰ろうかと思ってクラスを見渡す。いつもはいるはずの場所に、既に凛の姿がなかった。

 凛の席の近くに座っている友達に適当に声をかける。


「な、ちょっと、凛は?」


「え? あ、もうおらんな」


「あ、そう」


 いつもは一緒に帰るのに、もう先に帰ったのだろうか。もしかしたら仲良くなったやつと帰ったのかもしれない。

 仕方ないから今日は一人で帰ろう。生憎今日は帰る前に寄り道もしないといけないことだし。丁度いいと前向きにとらえる。


 一人で学校を出て、約束の場所まで向かう。


 約束の場所である『門の公園』とは、俺の住むマンションの近くにある公園だ。

 幼い頃に自転車の練習やボールで遊んでいた思い深い公園で、中学校から家の登校経路の途中にある。


 「着いたけど。……まだ来てはない、か」


 ベンチと時計に、謎の門型の大きいオブジェしかない公園には俺以外誰もいない。

 学校まで続く道をみても女子生徒の姿はなく、散歩をしている老人くらいしかいない。どうやら早く着き過ぎたみたいだ。


 座って待つかと、適当なベンチに腰掛ける前に汚れが気になって手で払いのける。よし、これで座って待てるやろ。


「おまたせ」


「――ってどぅわあああ!!」


 驚いて振り返ると、座って待つ予定だった相手が目の前にいた。彼女は大きく仰け反った俺のことを無視して、汚れを払ったばかりのベンチに我が物顔で座る。


「って、ちょちょっ……! そこ俺が座る予定の」


「じゃあ君も座れば?」


「ええ……。ってか、なんで? さっきまでおらんかったのにいつの間に来てたん」


「よく節穴って言われる?」


「……。八重はよく口悪いっていわれるんちゃう?」


 仲良くなるまではさん付けで呼ぶつもりだったが、止めだ。

 座る予定のベンチに彼女が先に腰掛けてしまったので、仕方なく俺は立ったままで話を続ける。


「で? 聞かれたら困る話ってなんなん。ってか、なんで門の公園の呼び方もしってるん? 俺の母さんと知り合い?」


 俺には記憶がないが、八重とはどこかで会っているらしい。覚えがないが、ただ忘れているだけならそれでよかった。彼女には悪いが、忘れているだけならこれから知っていけばいいだけの話だ。


 しかし、なぜ親と弟しか知らない話を知っているのかが不明だ。幼馴染の凛ですら知らない話なのだ。それ以外の人が知っているはずがない。精々、親も知っていて、友達の間でも呼び合っていた名前のある公園は『何もない公園』くらいだ。


 怒涛の質問に、少し迷った様子の彼女は目線をあちこちへと移動させる。


「落ち着いて聞いてほしいんやけど、私には君との記憶があって」


「おん、知ってるけど。俺は覚えてないけど、昔会ったことがあるんやろ?」


「いや、違うくて」


「違う? じゃあいつ会ったん。最近?」


「……未来で」


「ああ、未来な。うん、それなら過去でも最近でもないわなぁ。なるほどね、未来ね。……。……」


「……。」

「……。」


 無言が続く。泳いでいた目も今はじっと俺をとらえている。ニヤニヤとした表情でも、人を試すような目線でもなく真剣そのものと言った様子だ。


 ミライって、未来? 過去の反対で、先の話ってことか。


「なに、まだ俺のことバカにしてんの?」


「違う。信じられんかもやけど、落ち着いて聞いてほしくて」


「はぁ。『色』の次は『時間』か? なんやこの世界なんでもありかよ」


「……色? 色って?」


「その髪色のことよ。目の色とかさ。そのインナーカラーは染めたんか?」


 この世界にとって髪や瞳の色が違うことは当たり前の世界。今更こんなことを言っても首を傾げられることくらいわかっていた。しかし、おかしなことを八重が言うので、つい俺も口走ってしまった。


「すまん、忘れてくれ。あと俺のこと君って呼ぶのもアレやし、ハヤシでええから」


「……黒色」


「は?」


「もしかして、甲矢仕はやしにとっての髪色は黒色が普通やったりする?」


 言葉がでなかった。


 誰一人としていなかった。いないと思っていた。

 この異常性に気付いている存在が、自分以外に、誰も。


 止まった時間が少しずつ再始動する。時間の経過を感じるとともに喜びの感情があふれ出してきた。


「お、おいおいっ! 八重も俺と同じなんか!! うっわ、マジか! よっしゃぁ、マジか……! うわあ嬉しい!! あぁよかった俺以外にもおったんや『普通』のやつが。はぁ、嬉しい……っ!」


 自分だけがおかしくなってしまったと思っていた。突如変わってしまった世界に不安でいっぱいだった。だと言うのに、それ以外に何も変わっていない世界に、余計におびえていたんだ。

 害がみつかるその時まではとりあえず落ち着いて行動しようと、諦めていたところで八重という仲間が見つかった。安心でつい声が震える。元の知っている世界を知っている存在が今、目の前のベンチで座っていた。


 立っていた俺は脱力してその場で手を地面について喜びを嚙みしめる。


「喜んでるところごめんけど、私は甲矢仕の言う『普通』とは違うと思う」


「え?」


「私の髪は昔からこの色だし、皆が黒色に毛染めしたり、黒のカラコンをしたりする光景をみたことはない」


「……え? え、待って。じゃあなんで知ってんの」


「だから、さっきも言ったけど私には未来の記憶があって、その記憶には、これまで知らなかったはずの甲矢仕と話してたり、皆が黒色の毛に染まってる変わった光景が広がってたから、その話をしただけ」


「未来の記憶に、皆が黒色……。俺と話してる記憶……?」


「そう」


 ベンチに座って頷く彼女をみて、息を飲んだ。その話は俺の知っている世界と同じ光景だ。


「信じられないかもしれんけど、本当にその記憶がなぜかあって」


「――いや、信じる。信じるわ、八重の言うてること」


 ついこの間までは小学生だった俺が、中学生で八重と仲が良かったという話に混乱はしている。でも、さきほどから八重が言っていた未来の記憶を本当に持っているなら、『門型の公園』のことを知っていることも納得できる。未来の俺がきっと八重に話をしたのだろう。


「え、本当に? 信じてくれる?」


「まあな。だってもう、信じられへん出来事なら既に起こってるからな。それが増えただけやし……。それに、知らんけど未来で八重と仲良かったんなら、これから仲良くなれるってことやろ?」


「え、まあ……」


「え? 仲良くはなかったん……? はやとちった、はっず……」


 恥ずかしくて、八重に対して背を向けて空を仰ぐ。


 少しずつではあるが、わかってきた。


 恐らくだがこれは『並行世界』というやつだ。


 何かの拍子に俺はこの世界に来てしまった。八重は別の世界線で生活している八重と記憶が交差してしまった結果、時間軸の違う並行世界の記憶を得てしまったのではと推測する。

 予知夢とかも、こういった原理ではないだろうかと、世界の秘密を覗き込んだような感覚に気分が高揚する。


 ……つまり! つまりだ、どこかの世界線では俺よりも先に中学生になっている俺が存在するということで、そこで俺の後ろでベンチに座っている女子、八重と話をしていたんだろう。


 首をひねって、少し彼女の様子を確認する。無表情で何を考えているのかわからない。

 ふっと息を吐いてから向き直って話題を変える。


「で、その記憶がなんであるんかは謎やけど、何か困ることでもあんの?」


 話題を変えるための質問を聞いた彼女が、さっと目線を逸らしたことに違和感を覚える。今までにない反応だと思った。


「――。ごめん、最初は甲矢仕も私と同じと思ってたから。話を聞いて思い出したりするかと思って、つい。私は、早矢仕と会ってから思い出す……というか、知った未来の記憶があったから」


 なるほど。

 結局、俺には八重との記憶を共有することも、思い出すこともできなかったわけだが。ここまで話すのも、未来の記憶を知って欲しかった、あるいは思い出してほしかったから。


 でも、そこまでのことをするのか?


 もし、俺にも未来の記憶があったとして……どうなる?

 もし仮の話ではあるが、俺と特別仲が良かったとして、八重がここまで未来の記憶に拘る理由があるのだろうか。仲がよかったとしても俺以外にも友人や、俺の代わりになる存在はいるはずだろうし。


 なぜ他の誰でもない俺が、未来の記憶を持っている可能性、または思い出す可能性を信じたのか。


 もしくは、俺にだけどうしても思い出してほしい未来があるとか……?


「なぁ、なんで俺には話したん?」


「え、それは……」


 例えばの話、俺に知ってほしい未来があったらどうだろう……。

 未来のことを事前に知っていることで何ができるか。一攫千金のチャンスだ。


 しかし、それなら自力でできるのではないか?


「未来の記憶って、どこまで鮮明にあるん?」


「え? あ、ああ。詳しくはわからないけど、場面の切り取りみたいな感覚で頭に残ってる、かな」


 自力では解決できない問題。

 未来を知っていることで解決できる問題。それを、俺に共有したい理由。


 未来を知ることで回避できる事件があるとか。

 回避……? 何を――危険だ。命に関わる何かが未来で起こって……、――。


「……なあ、もしかして俺死ぬん?」


 俺の言葉を聞いた八重の反応を見て、心は酷く沈んだ。


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