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行ってらっしゃいと言いたくて  作者: チノチノ / 一之瀬 一乃
第序章 今日から中学生
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一夢「最悪の出会い」


 中学校は自宅から徒歩十分のところにある。


 自分の通う市立中学校の生徒数は市内でも有名な少数校だ。二校の小学校から、残りものとなった区画に住む生徒を寄せ集めたのが我が校。

 生徒数は少なく半分の生徒が小学校から同じになるため今更緊張はしない。

 

 しかし、今俺は別の理由で緊張をしている。


 紅葉色の髪をした母さんと並んで中学校まで向かう道中が原因だ。ここまでくる間に知り合いと保護者、知らない人まで色々な人と接触する機会があったが、ほとんどの人の髪色が鮮やかに変わっていた。

 まるで異世界に来たのか、もしくはアニメの世界に入り込んでしまったのかを疑う光景だ。もしこれが夢だったなら、悪い夢だとも思った。


 草木の変わらない緑色で目を癒しながら母と他愛のない話をしていたら、中学校に到着していた。ちなみに母との喧嘩はいつものことなので、あの程度でギスギスするような関係では無い。

 

 校門前には続々と保護者とその生徒が通学している。

 門と咲き乱れる桜の木々をくぐり抜ける色とりどりの花々は一直線に進む。


「それじゃ、ママはこっちみたいやわ。入学式、こけたらアカンでー」


「こけへんわ」


 余計な心配とともに母さんは返事を待たずに『保護者案内→』の看板が差す方向に向かって歩いて行く。

 それを横目に見送って、自分もあの目が痛くなるような集まりに混じろうかと思ったタイミングだった。

 肩を後ろから叩かれたので振り向くと前髪で片目が隠れた男子が立っていた。


「ケンゴ。久々」


「……ええっと、ごめん。誰?」


 身長は俺よりやや高く、痩せても太ってもいない標準的な体型の男子中学生が目の前にいた。しかしそんな彼から少し特異な雰囲気を感じるのは彼の前髪が理由だろう。

 鋭く冷酷さを宿したかのような瞳は右目だけしか確認することができない。伸びた前髪が彼の左目をカーテンのように隠しているからだ。


「冗談のつもりか? 入学早々酷い挨拶だな、おい」


「ごめんごめん。冗談よ。……で、誰?」

 

 俺の言葉を悪ふざけと捉えたらしい。彼は溜息を吐いて俺を追い抜いた。後ろ姿を眺めていると本当に置いて行かれそうなので駆け足で追いつく。

 彼は小学校一年生からの付き合いになる古い友人の相上(あいかみ) (りん)。髪は俺と同じ黒色だった。そして凛の黒色は俺よりも濃い、闇を映したように真っ黒だった。


「ごめんって、凛! あ、髪伸ばしたんやな?」


「……。」


「髪ええやん! これからそのままで行こう! うん似合ってる、うん!」


「はぁ……、さっきの発言は水に流してやる。髪は伸ばしてない、切った」


 ジト目で睨んでくるので、へへと笑って誤魔化す。もう付き合いの長い仲ではあるが、今でも地雷を踏みぬいてしまうのは悪癖と言える。反省して今後は二度と同じ馬鹿はしないと神に誓う。


「ケンゴは相変わらずボサボサだな」


「おいこら馬鹿にすんな。これでも結構整えてるんやぞ」


 慌てて手櫛でボサボサと指摘された箇所をとく。数秒前のやり取りの意趣返しと言わんばかりの弄りに思わず笑ってしまった。凛もつられて笑う。


 知り合いや友人に挨拶をしながら、遠目から見えてた学生の群れに俺と凛も混ざる。


「人多いな、さすがに」


 生徒が進んだ先にはエントランスホールがあって、人が沢山集まっている。人の群れの中には見知った顔ぶれで集まっており、肩の力がふっと抜けた。髪色は違っていても、知り合いを見つけると安心する。


「色が違うだけで印象も変わるもんやな」


「色って何の?」


「え? あ、いや別に。制服とか、統一されてるし」


「あーね」


 つい漏れた独り言に凛が反応していたが、なんとか誤魔化す。この様子だと凛もこの異常性には気付いていないようだ。

 

 少数校とは言え、たいして広くない学校のエントランスホールに人が集まればそれなりの群れになる。目の前に広がる光景に思わずうへぇと声が漏れた。


「あの人混みに混ざる気にはならへんなー」


「クラスの確認もまともにできそうにないな」


「クラスの確認? あれってその群れなん?」


 エントランスホールにいるほとんどの生徒がやや斜め上を見上げている。おそらく彼らが見上げた先にあるのがクラス発表の用紙だろう。


「俺らもクラス確認しにいこーや」


「……わかった」


 人の波をかき分けてクラスの発表用紙の前までたどり着く。

 目線を少し上にあげると規則的に並んだ文字が横に並んでいる。よく見れば知った名前があったり、中には懐かしい名前もあった。


「ケンゴ。同じだ、俺と同じクラスの一組だ」


「お、マジか。凛と同じかー、ひとまず安心や」


 一年一組の用紙には自分の名前があることを送れながら発見する。そこにはしっかりと 甲矢仕(はやし) 健剛(けんごう)の名前があった。


 クラス発表の用紙が三枚壁に貼られていて、そこにはフルネームで生徒の名前が書き連ねている。他の生徒の名前も適当に確認したところで、これ以上立ち止まっていても他の人に迷惑になるだろうことは明白。


 さて一組の教室を目指そうと思ったところで、後ろからガヤガヤとより一層声が騒がしくなるのを感じる。その声は周りの有象無象に対して存在感を激しく主張をする三人の男子生徒のものだった。


「いっや! ガチでマブイって!」

「でもでも? フーマなら余裕なんちゃう」


「んー? まあ、一年で選抜とかいけるかもなー?」


「まっじ! まじか! 俺もバスケ部はいろっかなぁ~」

「やめとけって! おまえはサッカー一筋やろ~?」


 ゲラゲラと下品な嗤い方、というと過剰な表現ではあるものの、後ろから声高々に登場してくる集団。一人として知らない顔ぶれなことから、恐らく俺が通っていた小学校の生徒ではない。別の地区から来た生徒だ。

 人も集まってきて、このままここで停滞しているとより混雑し、迷惑するだろうことは明白だ。


 さっさと教室に向かおうかな。


「……なぁ、凛。一組なのはわかったけど、教室はどこにあるん?」

 

 騒がしくしている生徒に一瞥くれてやっていた凛も、俺の(とい)に反応して周りを見渡す。

 こうも人が多く停滞していて流れが無いと、どこへ向かへばいいのかわからない。

 周りを見渡していた凛は嘆息して俺に向き直った。


「おいおい、今日から中学生。よく見てから言え」


 呆れたと言わんばかりの表情で凛が親指を差した方向には、『一年生のクラスはこちら』の案内の看板があった。その先の角で曲がったところに階段を上るように指示がある。どうやら一年生の教室は二階にあるようだ。


「いや、人が多いからあの看板見えにくいし、しゃーなくない?」


「……そうか、背低いもんな。ごめんごめん」


「おい。今俺のこと見下ろしてから言ったな? バカにすんな、これから伸びるねん」


 凛に案内されるままに階段を上り、教室に入る。中には既に数人の生徒が席に座っていたり、友達同士で群れている。中には友達も混じっている。髪色はそれぞれで目が痛いのは変わらない。


 やはりこの光景を異常視しているのはどうやら俺だけらしい。


 席がどこかわからないので近くの印象が違う友達に聞くと、教卓を見ろと言われた。

 教卓には一枚のプリントが置いてあった。


「何か書いてるぞ」

「席順ちゃうか? これ」


 プリントには席の絵とその枠の中に生徒の名前が印刷されている。丁寧にどちらが教卓側かわかるように黒板と教卓の絵と文字まで印字されていた。


「ほんまやな。ってことは、俺はあっちか」


「残念だな。俺は反対側の席だ」


 自分が見た方向は廊下側なのに対し、凛は窓側の席。俺の名前は『甲矢仕(はやし)』なので『ハ』だが、凛は『相上(あいかみ)』だから『ア』。席順があいうえお順であれば必然的に席は離れる宿命だったのだ。


「残念いうけど、凛は最初からわかってたやろ」


 俺はそんな当たり前のことを小学校から学んできたはずなのに、つい忘れてしまう。いつだって自分に都合のいいことばかりを想像して話してしまう悪い癖だ。しかし頭の良い凛は俺とは違って、残念だというが思ってもないことだろう。


「まあな」


「俺はほんまに残念やと思ってるけどな。隣の席の可能性も捨ててはなかったで」


「いや、隣の席は女子やろ」


「ああ、そうか」


 適当に名前を見ていると、やけに難しい漢字を使用した苗字を発見する。


「うわ、知らん漢字や。……、小学校一緒じゃないよな?」


「大丈夫だ、俺も知らん」


 自分よりよっぽど記憶力のいい凛が知らないというのだから安心だ。しかし、漢字が難しくて読めないことに少し恥ずかしい思いもあったが、凛も読めないなら安心だ。胸を張ってわかならないと言い切れる。


「おいケンゴ。お前の考えてることが手に取るようにわかるぞ。俺は読めるからな」


「嘘つけー。変にかっこつけんでも大丈夫やって! まだ習ってもないんやから仕方ないって」


 ()()と書かれた文字を指差しながら、俺は笑って凛の肩をトントンと慰めるように叩く。肩に置かれた手を鬱陶しそうに払ってどけた凛は、少し顎に手をあてて考える動作をとってから言った。


「え、なんて?」


「だから、この苗字の読み方は諏訪(すわ)だ。す・わ!……わかったか?」


「お、おう。やるやん。で、ほんまにあってんの?」


 俺と一緒にされたことがそんなに嫌で嘘をついたのかと思ったが、その疑問は別口からの発言で否定されることとなった。


「それ。俺の名前。何、どうしたん?」


「え、あ。すわ……?」

「……」


「そっ! 俺が諏訪(すわ)。一年よろ~」


 突然後ろから諏訪を名乗る声が聞こえて、振り返った先にいた男は先ほどエントランスホールで騒がしかった男子生徒の一人だった。それも、一番目立っていた男だ。


「たしかフーマとか呼ばれていたな」


 凛のいつもより少しトーンの落ちた声が、諏訪の名前らしき記号を形だけで呼ぶ。いつも一緒にいる俺くらいにしか凛の様子の違いはわからないかもしれないが、確かに凛は目の前の男を少し警戒していることが伝わってきた。


「おー、そう。下の名前が風真(ふうま)。諏訪 風真。あ、さっきの下での俺達の会話聞かれてたん? はっずーー」


「いや安心していいぞ。俺はお前たちの会話なんぞ興味もないし聞いてもいない」


「いや、は? なんか感じわるない? お前名前何?」


「……相上(あいかみ)だ。別に覚えなくてもいいぞ。俺はお前のことを覚えるつもりもないからな」


 厳しい言葉のラリーを返す二人の雰囲気は険悪となる。

 確かに俺も凛も、諏訪のような男子に対して苦手意識はあるが、ここまで正面切って喧嘩腰で話を進めると思っていなかった。


「す、諏訪くん! ご、ごめんごめん! 凛のやつちょっと寝不足で苛立ってんのよ!」


「……入学式に寝不足で来るなよ。それ理由になってるか? えっと、お前は?」


「あ、俺は甲矢仕(はやし)! で、そう! 入学式! 入学式もあるし今日はこれくらいにしておこう! なっ!?」


「……まぁ、ハヤシの言うことに従うみたいで腹立つけど、入学早々問題を起こしたいわけでもないからな。大人しくしたるわ」


 不毛な喧嘩をこれ以上発展させることなく幕を閉じた。

 ついつい安堵の息が零れそうになったところで凛が、何か言いたそうにしていた。咄嗟に手首を掴んで抑止する。

 少しこっちを見て逡巡の末、凛は自分の席の方まで歩いていった。これで本当に終わった。


 これ以上この教卓近くで突っ立ているのも気まずいので、これから一年間お世話になる机と椅子の元まで向かった。


「……。」


「……?」


 席に向かう道中、一番後ろの席に座る女子と目が会った。

 切れ目でインナーカラーがピンク色。より細かく言うならローズピンク色で主張が激しい。しかし黒髪とよくマッチしていた。


 そういえば、ピンク色の人はあまりいないよなぁとクラスを見渡す。少なくとも一組には彼女一人しかいない。

 クラスを見渡すフリをして、あくまでも目が会ったのは偶然を装う。つい気になってしまいもう一度彼女の方を見る。


 また目が合った。


 というか、多分ずっとこっちを見ている。

 自意識過剰かもしれないので反射的に後ろを見るも、俺の後ろに彼女の友達がいるなんてこともなかった。

 俺は今、名前のわからない切れ目のクラスメイトからずっと睨まれている。

 綺麗で近寄りがたい雰囲気もあって、自分から話しかけようとは思わなかった。


 また、別の機会で話すきっかけがあるだろう。今ここで無理をする必要もなし。


 気を取り直して、ずっと背負っていた新品の、まだ全然軽いリュックサックを机の横にかけてから席に座る。

 気が付けば諏訪の近くには知らない男子生徒が集まっていて、次々と楽しそうに会話が弾んでいる。人が集まってきてからは声量をより一層上げて、存在を主張していた。


「俺、まっじで! フーマと近くがいいな~!」

「お前と席近かったらうるさいからゴメンやわ」

「ちょ! ひどいやーーん」


 彼等は結局ギリギリまで教卓前でたむろしていた。

 次々に登校してくる生徒に声をかけ、興味のない生徒には反感を買わない程度に適当な挨拶をする。反対に、これから仲良くする価値があると判断したであろう生徒には弾んだ会話をする。


 教卓前で堂々と存在感を放ち、これから一年間関わるクラスメイトを選り好みする姿には少し嫌な印象を覚えるが、彼等のコミュニケーション能力とリーダーシップが発揮されだしていることを感じる。


 教室にぞろぞろと生徒が入ってきて時間が経ち、一組の担任の教師が自己紹介をしたころには、もう俺はヘトヘトになっていた。

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