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行ってらっしゃいと言いたくて  作者: チノチノ / 一之瀬 一乃
第序章 今日から中学生
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零夢「鮮やかなアクム」

 これが夢なら、早く覚めてくれと言いたい。


 中学生になって早々、世界がおかしくなってしまった。しかし無事に入学式を終えた俺は二日後、さらにおかしなことを言う女子生徒と接点を持ってしまう。


 自分と一人の女子生徒以外誰もいない『門の公園』で改めて対面する。

 その女子生徒は自分の目の前にあるベンチに座っている。俺が座ろうとしていたベンチに、彼女が座っていた。


 放課後に公園にいるのには理由がある。彼女に呼び出されたからだ。


「で? 聞かれたら困る話ってなんなん。ってか、なんで『門の公園』の呼び方もしってるん? もしかして母さんの知り合いとか?」


 肩口まで伸びたボブカットに()()()()()()()()()()()()の女子生徒の名前は八重(やえ) 夢咲ゆめさき

 中学生になって初めて会ったはずの女子生徒に、学校で『久しぶり』と声をかけられたのが始まりだ。いや、異常が起き始めたのはもっと前からだが……。


 俺は彼女を知らないし覚えてもいない。初対面のはずの彼女は、俺のことを別の誰かと勘違いをしているのかもと思った。しかしその考えは違うと確信する。

 何の脈絡もなしに『放課後に門の公園で』と言われたからだ。


 『門の公園』とは、俺の家からすぐ近くにある公園で、母さんがそう呼び始めた思い出深い公園だ。名前の由来として、ベンチと時計以外に大きい門型の謎のオブジェがある。

 昔から困ったことや、悩みを持ったときはこの公園にある決まったベンチに座って、マンションをぼーっと見ていたりもした。


 せっかくなのでいつもの定位置であるベンチに座ろうとしたところを、彼女に先に座られてしまった。ベンチは詰めれば三人は座れるくらいのサイズだが、横に座るのは気が引けたので、立ったまま彼女を見下ろすことにした。


 座る彼女が中々質問に答えようとしない。どうやら口を開いては閉じたりと、何か言い淀んでいる様子だ。


 教室で、聞かれたら困るというくらいだ。どんな話が飛び出てくるのか怖い。


「落ち着いて聞いてほしいんやけど、私には君との記憶があって」


 来た。


「……おん、知ってるけど。俺は覚えてないんやけど、昔会ったことがあるんやろ?」


「いや、違うくて」


「違う? じゃあいつ会ったん。最近?」


「……未来で」


「ああ、未来な。うん、それなら過去でも最近でもないわなぁ。なるほどね、未来ね。……。……」


「……。」

「……。」


 無言が続く。泳いでいた目も今はじっと俺をとらえている。ニヤニヤとした表情でも、人を試すような目線でもなく真剣そのものと言った様子だ。


 ミライって、未来? 過去の反対で、先の話ってことか。


「なに、まだ俺のことバカにしてんの?」


「違う。信じられんかもやけど、落ち着いて聞いてほしくて」


「はぁ……。『色』の次は『時間』か? なんやこの世界、なんでもありかよ……」


「……色? 色って?」


 首を傾げる彼女に『色』と聞かれて俺は反射的に頭部を凝視した。詳細に語るなら、その鮮やかな色に染まった髪を見ていた。


「その髪色のことよ。目の色とかさ。そのインナーカラーは()()()()()?」


「はぁ? 染める? まだそんな齢じゃないんですけど?」


 イラついた口調で聞き返す八重を見て溜息をつく。


 地毛ってことを知っていながら、つい言ってしまった。


 この世界にとって()()()()()()()()()()()()()()()()()()。今更こんなことを言っても首を傾げられることくらいわかっていた。しかし、おかしなことを八重が言うので、つい俺も口走ってしまったのだ。


「すまん、忘れてくれ。あと俺のこと君って呼ぶのもアレやし、これからはハヤシでええから」


 同級生でありながら、君呼びだと違和感があるので苗字呼びをするように促す。納得していないのか、俺の話を聞いていなかったのか、彼女は黙りこくってしまう。

 少しして、彼女はどこか探るような目つきで顔をのぞき込んできた。


「……黒色?」


「は?」


 ボソッと独り言のように言う八重に反射的に聞き返していた。


「もしかして、甲矢仕はやしにとっての髪色は黒色が普通やったり、する?」


 言葉がでなかった。


 誰一人としていなかった。いないと思っていた。


 この世界の異常性に気付いている存在が、自分以外には、誰も。




×  ×  ×



 ――ユメを見ていた。


 具体的なことは思い出せないのに、何か大切なものを失った。そんな喪失感を抱えた夢だ。

 夢ならはやく目覚めてしまいたいと思ったとき、遠くから音が聞こえる。遠く、遠いどこかで懐かしい音が聞こえてきた。


 昨夜は寝付けなかった。腕と足の位置と枕の高さが落ち着かなかったからだ。

 もう何年も使い古された寝具だというのに、他人の物のように感じる。見慣れたはずの天井も、今と昔も変わらず同じはずなのに。

 中々寝付けずにいたが知らない間に意識を手放していたようだ。

 

 未だにけたたましい機械音が鳴り響いている。不快の原因なる物を多少乱暴に止めて、もう一度、眠りに――、


 

「あんた、おきーな。今日から中学生やろ。はよ準備しー」


「ん? んぃ……」


「入学式もあるんやから、ボサボサの髪整えーな」


 返事にもならない声でのそのそとミミズのように動く。目覚まし時計のスマホをストップしようと腕を伸ばすが届かない。伸ばした腕が、あるはずの場所より手前に置いてあったスマホをつかみ、今度こそアラームを止める。止めた直後即二度寝をしようとした俺を邪魔したのは母さんだろうか。


 一向に起きてこない俺に「寝坊するで!」と語気の強い怒りを孕んだ声が頭に響く。この不愉快な感覚もやけに久々な気がして不思議だ。それもそうか。昨日までは春休みで、決まった時間に起きる必要などなかったからだ。


「母さんに起こされたのも、なんか懐かしいな……」


 見慣れた天井をぼーっと眺める。


 まだまだ惰眠をむさぼりたいが、今日から中学生なんだから仕方ない。

 目をこすりながら起き上がると、リビングからはテレビキャスターの声と星座占いの情報が流れている。キッチンには父が新聞紙を広げて難しい顔をしていた。台所を見ると母さんが父さんの分の弁当を用意していた。

 

「ケン。おはよう」

「ケンちゃん、おはよう。もー、やっと起きたん?」


 父と母の挨拶に無言のままたちすくむ。台所の方をを見たまま動かない息子を訝しむ目線に意識が返ってきて、遅れて「おはよう」と挨拶を返した。


 いつもと同じように、いつもと同じ表情で、いつもと同じ挨拶が投げかけられる。


 日常の何気ない朝のやり取りに、普段の自分ならダラダラと台所にある自分の定位置に座って、用意された朝食にかぶりつくだろう。


 しかし、今日は違った。

 数秒、いや数十秒以上フリーズした脳ミソには目から入る情報量で埋め尽くされてしまった。眠気も吹っ飛ぶ衝撃がこの世の何もかもを忘れさせる。

 

 ――ただ一つだけの『変化』を残して。


「か、母さん。そ、その……、髪……は?」


「ん? なによ。ずっとそこで。はよ朝ごはん食べーや」


「か、母さん……っ! その髪色どうしたん!?」


 台所で何やら父さんの弁当の用意をしている母さんの長く綺麗な髪が赤色に様変わりしていた。

 元々綺麗だった黒髪は歳のせいか白髪が増えてまばらに目立つようになり、白髪染めで明るい茶髪に染まっていた、昨日までは。

 でも今は赤色――より観察するなら紅葉のような色で染まっていた。寝る前の記憶はまだ寝起きのせいかおぼろげだが、確かに街中で目立つような髪色ではなかったはずだ。


「はあ? 髪色? ママの赤色の髪は私が生まれてから今日まで変わらんよ。なんかアンタ、小さい子みたいなことを言うなぁ」


「はぁ? 昔から? いや、だって昨日まではたしか茶髪やったはずで、……。な、なんで、……あ! そうか俺を驚かせようとしてるんか?!」


 母さんの元までふらつく足どりで近寄り、髪の数本をそっと掴む。染めた、にしてはすごく綺麗で傷んだ様子もない。もっとも、自分に髪質を見抜ける程のスキルは持ち合わせていないが、昨日までの母の傷んだ髪は覚えているからわかる。そういった形跡すらないのだ。しっかりと掴んで触ったことでわかったが、どうやらウィッグでもない様子。


「い、一応聞くけど、染めた?」


「アンタほんまに様子おかしいで?」


「俺は大丈夫やから! 答えてくれ、髪染めた?」


「あー、もう、うん。染めたよ」


「なっ! なんや!! ほらやっぱり!」


「でも! 白髪染めしただけ。別に色変えようとなんて思ってないで」


「え……? じゃ、じゃあほんまに最初から赤……?」


「だからぁ、そうやって言ってるやんかー! ほんまにどうしたんよ!?」


「そ、そっか。うん。寝ぼけてた、わ」


 訳がわからないまま、無理やり納得して食卓で朝ごはんにありつく。パンが喉を通らずに、無理やりコーヒーで流し込む。

 やっと頭が覚めてきて、周りを冷静に見ることができ始める。

 隣の弟の椅子は空席だ。まだ起きる時間でもないらしい。対面に座る父さんは新聞紙を読んでいる。その父さんを何度見ても頭で鳴る警報が静かなままだったことに気が付いて、せき込んだ。


 「と、父さんは、黒髪のまま、なんやな」

 

 新聞紙を両手で広げていた父さんは、息子からの言葉に反応した後、静かに新聞紙を畳む。昔から使用している回る椅子を回転させて、父の顔を真正面から見る。

 自分と似ていると言われる父さんの顔をこうしてじっくりと見るのは久々だが、その意識と視線は口元に集中する。


「何を言ってるんや、ケンゴ。お前の黒髪はパパ譲りの遺伝やろう」


 静かにはっきりと告げる父さんの言葉を、またゆっくり咀嚼する。つまり父は昔から黒色、ということだ。

 まだ鏡を見ていないので確認はできていないが、俺の髪色も黒髪らしかった。


 少しずつ、なぜこうなったのかは理解できないが、状況は飲み込み始めた。すると自分の発言と取り乱し用を恥ずかしくなって、両親の顔をみることができない。

 先ほどまでのやり取りを誤魔化すために適当に話を振る。


「弁当、母さんが用意してるん?」


「……? いつもママが用意してるやんか」


「そ、そうやっけ。 なんか最近、というか、しばらくずっと父さんが自分で用意してた気がするんやけどな」


「はあ? あんたいくら朝が弱いからって寝ぼけすぎてるんちゃう? 昨日何時まで起きてたんよ」


「そこまで遅く起きてない。……三時には寝たはず、やけど」


「あんたなぁ!」


 俺と母さんは相性が悪い。仲が悪いわけでは無い。でも口喧嘩は毎夜絶えず、父から説教をされるまでが流れだ。しかし今日は違う。母さんは髪色が変わっても『母さん』が変わったわけではないことに少し安心する。

だからいつもはここで反発するが、今日は黙った。


 父の「ケン」と呼ぶ声に騒がしかった空間が静まり返る。


「今日から、中学生や。その自覚がケンにも芽生えたか。成長したな」


 突然父さんに褒められた事実に、空いた口が塞がらない。別に褒められて嬉しくないわけではない。ただ今は複雑な気持ちでいっぱいだからだ。口論が発展しなかったのも。今の俺の精神面が成長したからではなく、混乱しているから怒りの感情がわかないだけだ。

 

「……大丈夫なんか」


 昔よりは父と話すことが多くなったものの、まだこの独特な距離感に馴染むことはなかった。今後の学生生活よりも父との会話の方が緊張する。

 

「どうやろ。なんか疲れてるんかもしれん……」


「そうか。無理はするなよ」


 ただそれだけを聞くと、父は席を立って洗面所へ行った。


 あまり緊張はしていない。

 自分の通う中学校の生徒数は市内でも有名な少数校であり、市立のため決められた区画に住む生徒だけが通う。学年の半分は同じ小学校の生徒でほとんどが顔見知りと思えばなんてことのない。


 残ったパンを急いで口に放り込み、残りをコーヒー牛乳で流し込む。

 自分も学校の準備をするかとハンガーに手をかけたとき、テレビからまだ俺の誕生月の星座の名が聞こえてこないことに気付く。嫌な予感をしながら画面を睨んでいると、


『12位の方はごめんなさい、ふたご座のあなた。思わぬことの連続でハプニングになるかも!? そんなあたたのラッキーカラーはピンク!』


 最悪なお知らせは聞いていたそばから吹っ飛んだ。原因は星座占いの画面から数人のアナウンサーが映し出された瞬間に理解してしまったからだ。

 

「……黒髪やったのが、緑色になってる」

 

 ——髪色が変わったのは母さんだけではない。そして、以前と同様に黒髪の人もいる。


 我が家で起こった事件は、この世で起こった大きな事態へと大きく舵を切って動き出す。

 幸先の悪い学生生活に一株の不安を感じながら、ブレザーの制服に袖を通し、準備を終えた俺は紅葉色の髪を纏めた母と一緒に家を出発したのだった。

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