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超短編小説『千夜千字物語』

『千夜千字物語』その9~二人の思い出

作者: 天海樹

「ねえ、この前あのお店に行ったんでしょ?

 どうだった?」

「君はさんざん試着したあげく

 僕が似合うと言ってもどこか気に入らず、

 結局は何も買わなかったんだよね」

「えー、ただの冷やかしじゃん。私ってサイテー!」

といってサチは笑った。

知らない人が聞いたらよくわからない会話だが、

これが二人の日常だった。


二人が出会ったのは、街の小さな書店だった。

サチが店員に目当ての本があるか尋ねると、

その店主は

「あれ? その本を取り寄せていましたよね」

と言いながらカウンター裏にある本を取り出して、

輪ゴムで留めてある注文書にある名前を読んだ。

「サトウサチさんですよね」

「あぁ、そう言えば頼みましたね」

とサチはバツが悪そうに答えた。


代金を支払い本を受け取って店を出ようとした時、

サチと店主のやり取りを聞いていたタイキが声を掛けた。

「失礼ですけど、そこの病院に通ってますよね?」

「そうですけど」

サチは怪訝な目で見つめながら答えた。

タイキはやっぱりそうだという顔で

「僕もそこの脳神経外科のタカヤ先生に診てもらってるんです」

と言って、

サチのことを「何度か見かけたことがある」と話した。


話してみると、原因は違えど

同様の記憶障害があることがわかった。

タイキは軽い脳梗塞の後遺症、

サチは交通事故時の外科手術後の後遺症だった。


会って話すのは決まって、

記憶障害による困ったことや悩み事だった。

記憶違いをして得意先とのアポをすっぽかしたり、

記憶が抜けて友達との会話を白けさせたり、

これはこれで意外にも盛り上がるものだった。


悩みや苦しみを共有できる存在の出現に

二人は急速に距離を縮めていき、

そのうち付き合うようになった。

ただ一緒に暮らすようになると

共有する時間が多くなり、

言った言わないといった些細なことから、

二人の思い出が一致しないストレスから、

言い争いが増えるようになった。


ある日、タイキが

「この前渋谷の古着屋いったでしょ?」

とサチに訊くと

「私じゃなないんじゃないの?」

と言うので、

タイキはその時のことを話すと

「それウケるー!作ってるでしょー?」

と大笑いした。

それを見てある提案をした。

「片方の記憶がないときは、

 お互いに埋め合って共通の思い出にしよう」

「食い違ったら?」

「二人の記憶の楽しくて面白い出来事を

 思い出にしたらどうだろう?」

「ズルいけど、それいいー!」

とサチは大喜びで賛成した。

それから二人は、

記憶を埋め合いながら

いま幸せでいる。

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