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迷宮踏破ディアンシーク

作者: 久遠蒼季

 夢、とはなんだろうか。

 いや、夜に見るあれやこれやでなく。

 幼い頃の未来への展望であったり、現実的な目標であったり。

 あるいは叶わないと知って、少し暗い気持ちを箱に詰めたものであったり。

 そうではなく、遂げる遂げないに関わらず、胸に灯す先行きを照らす道しるべであったり。

 そういったなんでもないものが、活力になる。

(──休憩も終わりだな)

 そんなとりとめもないことを考えながら、赤髪の青年・カイルは僅かに閉じていた(まぶた)を上げる。座る地面は石畳、背を預けているのは石壁。通路によって繋がれた石室の一つである。

 世界各所に物理法則を無視して生成が続けられるダンジョンが現れて数百年。そこは魔物が蔓延り罠が散りばめられ、しかしその最奥に宝を抱える「夢」の宝庫である。人々は冒険者となり、装備を整え仲間を募り、踏破を目指して今日も深淵へと潜る。

 ここは《無限迷宮街(むげんめいきゅうがい)》、第三五八一三八五番扉『魔導(まどう)(つら)なる陥穽(かんせい)回廊(かいろう)』、その最奥一歩手前。日々生まれるダンジョンは、扉と共に現れる。古の時代に大魔導師がダンジョン生成位置を魔術により巨大な城内のみへと制御し、ダンジョン攻略都市として栄えたのがこの街である。

 生成されるダンジョンにはいくつかの法則が存在するが、最も重要な要素が扉の形状である。この扉の形状によりダンジョン内部の様相が一部窺えるのである。

 第三五八一三八五番扉『魔導(まどう)(つら)なる陥穽(かんせい)回廊(かいろう)』。確定情報は「探索型」「単独」「魔導」。

 要約すればボス等の大型モンスターは存在せず罠型であり、侵入可能人数は一パーティーにつき一人のみ、生成される宝物は魔法関係であるということだ。この魔法関係の宝物と罠型ダンジョンという点が非常に曲者であり、通常の罠であれば物理的な仕掛けであるのだが、魔法感応型の罠と併せて乱立することとなるケースが大半となる。罠の解除に長けた斥候(せっこう)は魔法型の罠に弱く、魔法使いは通常の罠に弱い。どちらにも高い技能が要求される。しかもだからと言って特別いい宝が出土するわけでは無いと、過去の記録は物語っている。

(やっと回ってきたチャンスだ。詰めを誤らないように念入りに)

 そんな不人気ダンジョンに、カイルは全てを託していた。

 簡易の結界石(けっかいせき)で作り出した安全地帯の内部でツールを点検していく。各種道具の点検、簡易探索用の魔導石、自身の服に糸を落とすような(ほつ)れがないか。

 彼には夢がある。そこに手をかけるにはいくつもの難関があるが、その一つをクリアするためにもこのダンジョンの踏破は必須であった。

 安全地帯の先には、細く長い、大人一人が丁度通れる程度の狭い回廊。身体強化した上で全力疾走でおよそ十五秒といったところか。だがしかし、当然のように罠が群れを成している。

 シンプルな感圧版。魔術による動体感知、魔法を検出する為の精霊感応板、壁には空気の動きを検出する魔術まである。それは所狭しと点在しており、作動した場合にどうなるかは分からないが無闇にかからないに越したことは無い。

(とはいえ一つも作動させずに通り抜けは厳しそうだな)

 今手元にあるのは斥候のツテを使い、大枚(たいまい)をはたいて手に入れたこの日の為のとっておき。一定範囲内の罠の感知系統を一つ無効にする魔導具である小さなガラス瓶。いずれ来たるチャンスの為に、カイルが準備した切り札である。

 だがしかし、注意しなくてはならない。無効にできるのはどれか一つの感知系統だけである。

「ここに来たんなら、取るべき道は一つだよな!」

 パチンと自身の手で両頬を叩き、自身に言い聞かせるようにひとり口に出す。

 瓶の中には魔石が入っており、備え付けのレバーを引いて中身を砕くことで念じた周囲の感知系統を十秒ほど無効化する。

 つまり最初から、走るだけでは足りないのだ。

 カイルは左腰のホルスターから細いチェーンで結ばれた手のひらサイズの魔導書を左手に、右腰のホルスターから前腕ほどの長さのショートワンドを右手に構える。そして胸ポケットから件の小瓶を取り出し、杖を持つ右手で柔く握り込む。

 準備は簡潔、あとは覚悟だけだ。

 目を閉じて、浅く空気を取り込み、深く長く息を吐く。

 自身の生命力を精霊が好む形──、魔力(まりょく)へと変換して精霊を誘引する。

 行うは、魔力を糧とし言の葉を(もっ)て精霊へと超常を依願(いがん)する秘術。

 即ち、魔法である。

「──」

 カイルの紡ぐ言葉に合わせ、魔導書が開き淡く緑に光る。

 魔法の詠唱とは五つに大別される精霊に、五種類の形状、四種類の動作から一つずつを選択し、魔法の内容をひとつなぎの文章として口にすることを指す。この五霊(ごれい)五形(ごけい)四動作(よんどうさ)(いず)れと認識しているかが最も重要な要素であり、その文言自体は魔法使いの裁量に委ねられる。要はイメージが肝要なのだ。

 ところで。

 魔法は精霊へと依願する秘術であるが、その内容のほとんどは攻撃に限られる。補助的な動作、まして便利な汎用高速移動魔法などはない。何故そうなのかは未だ解明されていない。

 それを十分理解しているからこそ、カイルは通路に背を向ける。

 瞬間カイルの眼前に烈風が吹き荒ぶ。密室で解き放たれた暴風により、カイルの体は背後の通路へと高速で吹き飛ぶ。間髪入れずに右手に握り込んだ瓶のレバーを引き魔石を砕いて魔導具を起動する。

 止めるのは魔法の感知系統である。

 感圧番は宙を飛んで触れていない、魔法の検知は無効。

 しかし動体検知は残っている。

 すかさず反応した罠により槍衾(やりぶすま)が起動する。速度のおかげか紙一重で回避するが、次いで後方の罠が作動している。

 せり出した無数の穴の開いた石壁。

 背後からの矢筒である。

 息を飲む間もなく、カイルは咄嗟に背負っていた鞄を背後へと放った。

 感圧番により罠が作動して壁が築かれ、矢は土壁へと突き立つ。そうしてカイルが回廊を抜けてその先へと転がったのはほぼ同時であった。

 跳ね起きるようにして周囲を確認する。天井は遙か高く、周囲は開けている。正方形、正確には石のみで構成された立方体の部屋で、広さは一辺が先程の回廊の長さ程か。撃破型のダンジョンであれば、ボスモンスターがいる部屋だが想定通りがらんどうである。そして入ってきた丁度右手側の端には祭壇(さいだん)があり遠目だが宝箱が見える。

「ハ、ハハッ」

 カイルの口から思わず笑みが溢れる。このダンジョンの踏破、ひいてはこの最奥の宝箱が、彼の長年の夢を叶える為の物であった。

 そうしてそちらへと足を向け、


 カツンという音に、その足を止めた。


 すぐさま腰を落として身構える。

 音がしたのは自身が出てきた回廊の丁度正面の壁。見ればそちらにもカイルが通ってきたのと同じような空洞がある。

 つまり、

「先客がいるとは思ってなかったわ、想定外」

 そこから別の冒険者が現れることに何の不思議もなかった。

 布を何枚か重ねたような群青の丈の長いローブ、鍔の広い三角帽、手には宝石で装飾された背の丈ほどの長杖。

 精霊効率に則った基本装備。現れたその女性が純然たる魔法使いであることは一目瞭然であった。

 警戒を解かないままカイルは嫌なことを思い出していた。

 数十年前現れた同系統のダンジョンを踏破したのは斥候技能と魔法を扱える冒険者ではなく。高位の魔法使いであったと。曰く、誰にも攻略されないから手慰みにと、圧倒的な魔法の力で罠も何もなく、無理矢理踏破したという。

 つまり目の前のこの女性は、罠を暴く斥候系の技術もなく力押しでここまで到達できる魔法使いであるということ。加えて言うなら、衣服の汚れが少ないことからカイルより後にダンジョンに入ってきたのだろう。

 音に聞く高位魔法使いは皆パーティーを組み、さらに高難度のダンジョンへと挑んでいてこんなダンジョンにはこないだろうという調べであったが、自分の調査不足が憎い。

 そんなカイルを尻目に、臆する様子もなく女性はカイルへと歩み寄る。

「で、ここの宝物は魔法使い用のアーティファクトなのだし、当然譲って頂けるのよね? だって貴方、どう見ても魔法使いじゃないもの」

 魔法をかじっただけの斥候でしょう? と女性は嘲笑うように問いかける。ひらりとしたローブの形状は精霊を纏いやすくし、面積の広い布地は精霊を流すパターンが縫い込まれている。いわゆる魔法使い然とした装備というのは最低限の装備である。

 対するカイルの装備は皮の軽鎧一式に、初心者向けの魔導書にショートワンドだ。

「生憎これでも、魔法使いメインでやらせて貰ってんだよ」

「あっそ。けどそれなら、なおのこと理解できているでしょう?」

 女性に指摘されるまでもなく、魔法使いとしての彼我(ひが)の実力差は十二分に見えている。

 それでも、

「夢の為には譲れないっつったら……、笑うか?」

 ここで退いてしまえば、自身の夢は手が届かない物となる。

 そんなカイルに女性は表情を動かさず、杖を翳して半身に構える。

「えぇ、宝を手に入れたら笑わせてもらうわ。冒険者の取り決めは十分理解してるのよね?」

 迷宮探索にはギルドによる取り決めがいくつかある。

 その中で最も重要視されているのが最深部の宝物の取り扱い。

 基本的には早い者勝ち。だが複数パーティーが同タイミングで最深部に居合わせた場合は、当人達の合議によって決定する。

 そして合議とは、殺人以外の全て(何でもあり)の事を指す。


 であれば、冒険者同士で行われる合議とは、

(ほのお)精霊(せいれい)!」

(こおり)精霊(せいれい)

 戦闘による決着である。


 二人は同時に一呼吸で必要な分の生命力を魔力へと変換し、周囲の精霊を励起(れいき)させ纏う。

 その中からカイルは炎の精霊へ、女性は氷の精霊への魔法詠唱を開始する。それぞれが手にした魔導書と長杖に光が灯る。

「「()()()として、()射貫(いぬ)け!」」

 唱えるは呪文。どの精霊へでも詠唱可能な基本形状の魔力と、基本動作の攻撃を接続する基礎魔法。その自由形成可能な魔力を光球(こうきゅう)へと形成し、矢として精霊を纏って撃ち出す基礎魔法。二人の周囲に、それぞれ赤と青の光球が浮かぶ。その数、カイルが十。女性が十七。

(ほのお)射手(いて)!」

(こおり)射手(いて)

 間髪入れずに二人は光球を矢として射出する。直線軌道ではなく外へ広がって弧を描き、敵へと目がけて飛ぶ。ある光は交差し、ある光は打ち消し合い戦場を駆け抜ける。互いに自らへと抜けてきた矢を魔力で編んだ障壁(しょうへき)で防いでいく。

「ッ」

 息を飲んだのはカイルの方。

 分かってはいたことだが、基礎能力はあちらの方が各上である。装備の質以前に、魔力量も精霊操作も勝っているところが一つもない。障壁で防いでも生命力は削られるのは承知の上だが、想定よりもダメージが大きい。

 だとすれば踏み込まなければ勝機はない。

 ダンッと地面を蹴り、カイルは駆け出す。迫り来る氷の弾雨から姿勢を低くして急所を障壁で守り、左右にカットを入れ回り込むように一足で距離を詰める。

「コール:ウィンド、セット:マギアックス、アクト:スラッシュ!」

 最後の光矢(こうし)を回転で躱し、詠唱と共にショートワンドを軸に魔力を圧縮した刃を形成する。

「エア・ザッパー!!」

 動きの勢いを殺さず滑り込むように女性の背に刃を叩き込む。風の精霊によって加速された魔力刃が轟と音を立てる。

「……高機動型の魔法師、といったところかしら」

 だが、届かない。

 女性の背には赤の魔法陣による障壁。それは自身の魔力だけではなく風の精霊を阻む炎の精霊を織り込んだものだ。

「ぜんっぜん練度(れんど)が足りないわね。舐めてる?」

 反撃に備えすぐさま後ろへ飛ぼうとするカイル。しかし叶わない。刃が障壁に噛まれていて身動きが取れない。

(いかずち)の精霊、(つるぎ)となりて、降り注げ」

 女性の詠唱が淀みなく紡がれる。カイルは発動中の魔法を強制終了して刃を解き、転がるように後ろへと飛びずさる。

降雷(こうらい)剣舞(けんぶ)

 地面を這うカイルに追従するように雷で形成された剣が無数に降り注ぐ。頭や胴体は障壁で辛うじて防いだが、防ぎ切れなかった刃が手脚を切り裂いた。それでも動きを止めれば物量差に押し切られるは必定(ひつじょう)。這々(ほうほう)の(てい)で受け身を取って跳ね起きた時には手脚はズタズタになっていた。跳んで走って、という戦い方はもう出来ない。

 痛みに思考が鈍るが、ここで手は止められない。カイルはすかさず魔導書とショートワンドを(かざ)し先手を取りに行く。

炎精(えんせい)よ──」

「インターセプト:A・β」

 バヅン、と構成しようとしていた詠唱の一部が削り取られた。

 魔法戦闘における魔力障壁と対を成す対抗策、インターセプト。詠唱前に相手が励起した精霊から相手の魔法式──詠唱予定の形状と動作を読み解き、魔力を当てて奪い取る技法。

「ッ、弾丸となれ!」

 カイルが奪われたのは動作指定の詠唱。残った形状を何とか言葉にして、炎の弾丸を形成して女性へと撃ちだす。インターセプトに魔力を回したおかげで堅固な障壁形成は出来ないが、破れかぶれの魔法などあり合わせで急所を防ぐ程度で十分である。

「風の精霊、我が意を矢とし、撃ち射貫け。──風の射手」

 炎の弾丸の撃ち切りを確認し、風の精霊と併せて光球を無数に生成し、掃射(そうしゃ)する。直線、曲線を描き迫る魔法の矢に避けられる脚のないカイルは障壁を張ってギリギリ踏み止まる。

 否、立っているのも限界であった。

「ガァッ、つッ……」

 荒い息と共に、カイルは膝をつく。体の中の生命力が削られていくのが実感として認識できる。もはや立ち上がれないと、他ならぬカイルの心が叫んでいる。

「もう終わりにしてくれないかしら?」

 女性は杖を下げ、辟易したように告げる。

 合議はこれで決着であると。

 降参し、宝物を譲れと。

「到底、飲めねぇな」

 楽になりたいという自身の正気の部分を押し殺し、あえて口の端をつり上げて女性を()めつける。

 そんなカイルに嘆息(たんそく)して、女性は指を向ける。

「だったら指摘させて貰うけど、その初心者向けの魔導書。記録した魔法と効果を詠唱文言ごと保存する、ただの備忘録でしょう? 舐めてるの?」

 カイルの魔導書は指摘通り、効果を確認した魔法をどのような詠唱で発動したかを記録し、状況が整えばいつでも同じ魔法が使用できるという魔導具である。

 しかし魔法とは万能の技術ではない。

 魔導書が使用可能なのは記録された精霊、形状、動作が揃った時のみである。

 いつも望んだ精霊が在る訳ではなく、いつも望んだ形に魔力を精霊に接続できる訳ではない。また形状を魔力で構成した物と指定するなら、それが矢なのか槍なのか剣なのか、それらは状況に合わせて変化させなければ効果的に運用することは出来ない。

「魔法詠唱の真髄は、使用可能な精霊と魔力から、状況に合わせて行使可能な魔法を編み出す千変万化の現象行使よ。それを詠唱文すら整えずに記録したままなんて、出来損ないもいいとこ。誇りはないの?」

 つまり魔法使いに求められるのは瞬時の可用リソースの検分と取捨選択、いわばアドリブ(りょく)なのだ。初級魔導書は便利ではあるが、魔法の頂きへは程遠い。

「んなこたわかってんだよ」

 女性の言葉に、カイルは歯を食いしばる。自然と体には力が入っていた。泣き言を叫んでいた理性は、もはや立ち上がることを応援していた。

「それでも俺は、魔法使いになりたいって夢の為にここまで来てんだ」

 両の手に魔導書とショートワンドを握り締め、吠え立つようにカイルは両の脚で地面を踏みしめた。

「才能が無くても、向いてなくても、無駄だと笑われても、それでも俺は、命の恩人みたいな魔法使いになるって決めてんだよ」

 肩で息をしながら、それでもなお崩れることなく、カイルは女性を見つめていた。

 この世界ではよくある話である。

 幼い頃にダンジョンから溢れた魔物に襲われて、偶然居合わせた冒険者に命を救われて、少年少女は冒険者に憧れる。ありふれた珍しくもないスタートライン。

 だが当然、人には向き不向きがある。腕力や器用さ瞬発力、頭脳労働や魔力操作など何もかもが得意な人物など稀である。カイルもその例に漏れず決して万能ではなかった。

 魔法に関する才能は下の上。とりわけ形状の生成と詠唱構築に到底努力の範疇を超えたビハインドがあった。加えて言うなら軽戦士(けいせんし)や斥候としての才能はあり、冒険者になるだけなら充分な下地は持っていた。目標を少し変えてやれば、手が届く物となるはずであった。

 だが、そうではない。

 そうではないのだ。

 カイルは幼き日に自分を救った魔法使いに憧れたのだ。

 それを譲ることは、どうしても出来なかった。

「つーことで譲ってくれたりしないか?」

 そう奮い立たせたところで、現実は何も変わらない。傷も癒えなければ、目の前の女性を撃破する手立てもない。カイルは未だ窮地に立たされている現状を打開すべく、会話を引き延ばしにかかる。

「あり得ないわね。貴方の言葉を借りるなら私にも夢があるもの」

 へぇ? と話を促しながら、食いついたとカイルは内心拳を握る。何せこうして戦わずにおしゃべりしているだけで、体力が僅かだが回復する上に、情報は何でも値千金である。

「私の夢は、没落した我がウィズディーン家の再興」

 僅かに目を伏せた後、強い意志を持ってカイルを見据える。

「未知の物でも、それが何か分からなくとも魔導関係のアーティファクトは全て手に入れて研究して返り咲いてみせる。それが私、フィオナ・ウィズディーンの夢。あんたみたいななんちゃって魔法使いと一緒にしないで」

「……立派だな」

 嫌みなく、カイルは笑う。ウィズディーン家といえばダンジョン探索の黎明期(れいめいき)から続く魔法の大家で、魔法体系の一般化に大いなる貢献をしたという事で有名であった。これはカイルも知るよしもないことだが、彼が魔法を学ぶにあたって足がかりとなったのは、大昔のウィズディーン初等魔法教導書をベースにした物である。しかし今では昔は有名であったという話にとどまり、ダンジョンで日々生まれる伝説に掻き消されてしまっている。その一族が今もダンジョン探索をしていたなどと、初耳である。

「で、このまま戦うなら惨めな結末は理解してるのよね?」

 話は終わりとばかりに、下ろしていた長杖を再び構え女性、フィオナは再び魔力を励起させる。

「それで構わねぇよ」

 相対(あいたい)した空気感で理解できる。フィオナはカイルの時間稼ぎなど承知の上で会話に乗った。

(まだだ、まだだ! 思考を止めるな)

 ならば何故会話に乗った。何を告げた。情報を精査する時間は無い。情報の上辺を掠うだけでもいい。言語を越えて思考せねばならない。

 魔法使い、整った装備、理路整然、的確な魔法、冷静沈着、こちらへの軽蔑、魔法使いとしての誇り、夢、古の魔法の大家、アーティファクト、未知、驕り。

(あー……)

 一つだけ、結んだ線の先に光が見えた。

 みっともないどころか、横紙破りもいいところをいく最低な作戦。それでも取れる手立てはこれしかない。

 何か変化を感じとったのか、フィオナはバックステップで距離をとり、身構える。

 魔法使いは魔法による攻撃を受ければ受けるほど、体内の生命力が精霊へと馴染んでいく。これを精霊(せいれい)浸潤(しんじゅん)といい、その生命力から変換される魔力の質は向上し、必然魔法も強大となる。先程まで立ち上がるのが困難となるほど魔法を受けたカイルの精霊浸潤はフィオナよりも高いだろう。すかさず長杖を前へと翳し、精霊を励起し、

「ッ!?」

 動こうとしないカイルに僅かに杖がぶれた。

 魔法行使は精霊収集、魔法式の構築、詠唱の手順で行われるが、精霊浸潤はこの構築速度にもプラスに働く。同時に魔法行使を開始すれば、カイルの方が先に動く。だからこそ先程の無駄話にはあえて乗り、出方を窺ったのだ。

(無抵抗ならそのまま撃ち抜くまで!)

 相手の魔法を万全に受けきるか後の先をとるか、どちらかの予定であったがこうなれば関係ない。何かを企んでいるようだが、こうなれば自身の魔法を信じるしかない。

「炎の精霊!」

「──インターセプト:D・βッ!」

 その動揺をカイルはすかさず突く。

「やっぱ、火から繋いで俺を倒しきるならこの組み合わせだよな」

 読み通りであると、カイルはあえて口にして吠える。

 反撃の第一手。自ら動きを制限することでフィオナの予想の範疇から外れ、攻撃の単調さを誘発し、インターセプトで相手のリソースを奪う。

 だがこれは本命ではない。外れたら外れたで耐える予定であった。

 本命は、次の一手。

大地(だいち)の精霊! (きば)()()()て、立ち上がれ!」

 相手が持ち直す前に、すかさず詠唱し、魔法を放ちにかかる。

「グラウンド・ウォークライ!」

 カイルを中心に、石室が震撼(しんかん)する。

 直後、整然とした石畳の地面を砕き、無数の身の丈ほどの円錐が隆起する。

 瞬く間に石室中へと広まろうとするそれらを、フィオナは(あし)(さば)きと障壁でいなしていく。最初こそインターセプトの流れから驚嘆させられたが衝撃を(かわ)せば、追従してくる石柱を防ぐのは難しくない。

 この手合いの魔法の特徴として、一度発生した地点には再び魔法は発生しない。つまり石柱を迫り来る方向に対して、障壁を使用して前へと躱してしまえば後は後方へと迫る石柱を見送るだけだ。タイミングや障壁の強度を考えれば言うほど簡単な手法ではないが、

 事実フィオナは、石室中を埋め尽くす魔法の円錐を躱してその上に立ち、魔力消費のみの無傷で捌ききった。

(……石室中?)

 ふと違和感が頭をよぎった。

 そう、二人はいったい、何のために戦っていたのか。

 息を飲み瞬時にそちらへと目を向けると、そこには砕け宙を舞う宝箱と、その中身を天高く拳を突き上げ、勝者への報奨であるはずのアーティファクト──、古い羊皮紙のスクロールをその手に収めたカイルが敢然と立っていた。

 空間中を埋め尽くす石柱はこのためのブラフ──。

(けど、アーティファクトはそれが何であるか分からなければ機能しない!)

 ダンジョン内の冒険者同士の合議の際、持ち逃げが滅多に発生しないのはこの性質による。最奥の宝箱からは何かしらの特殊な力を有したアーティファクトが出土することが多いが、それらは正確に詳細を把握していなければ使用することはおろか起動することすら出来ない。だからこそ、鑑定士(かんていし)なる職員が冒険者ギルド内に常駐している。もっとも、単純な金銀財宝であったとしても、出し抜いて奪った状態で対面した相手から逃げるのは容易ではない。

(とでも思ってんなら、考えが甘ぇ)

 フィオナは言った。何か分からなくとも魔導具なら全て手に入れると。

 対するカイルは、このダンジョンの為に十二分に準備をしてきた。いつか来る、この日のため。「探索型」「単独」「魔導」の全てが揃ったダンジョンが必ず最奥に抱えるそのアーティファクトを手に入れるため。

 躊躇わず、カイルはスクロールの紐を解き、高々と広げる。余りに想定外のことが続いたせいか、フィオナは硬直してつい眺めてしまった。

 スクロールの名は《マジックストラクチャー:エクストラシェイプ》

 魔法詠唱の三要素、精霊、形状、動作の中段。常人であれば七生(しちせい)かけても習得できない、魔法法則から外れた特殊形状。その構造式を、使用者の身に刻むスクロール。

 焼けるような痛みと共に腕に刻まれた紋様を確認し、噛み締めるように拳を握った。

 魔法構築にハンデのあるカイルが魔法使いとして大成する為の、壁を壊して夢を叶えるための大きな一歩であった。

「貴様ァァァァァァアアッッッ!!」

 戦いの勝者にこそ栄光をという大前提を崩す蛮行(ばんこう)にフィオナが激昂する。怒りに任せ、カイルに叩き込む魔法の構築を開始する。

 だがしかし、彼女は怒りのあまり失念している。

 スクロールを入手したということ以外は状況──、精霊浸潤はカイルの方が進んでいるという現状は何も変わっていないということに。

 今度こそカイルは、最短ルートで魔法構築を開始する。

 周囲の精霊、体内魔力、精霊浸潤、可用リソース、そして構築可能となった特殊形状。

 それらを即座にパスで接続し、カイルは魔方式を構築し、フィオナより先に詠唱を開始する。

苛烈(かれつ)たる(ほのお)の精霊」

 魔導書に記されていない、カイル自身の魔法を。

()は爪、()は牙、()(たてがみ)

 通常の魔法では構築不能な形状。有史以来、数種が確認されているが、カイルが手に入れたのはその中でも最もポピュラーなもの。

「煌々(こうこう)たる紅蓮(ぐれん)(いち)へと束ね、全てを(ほふ)獅子(しし)となりて」

 生命を生み出すことが出来ない魔法において瞬間的とはいえ意思を持った存在を顕現(けんげん)させるまさに超常。数々の伝説の魔法使いが操るその秘術。

 特殊形状、《神獣(しんじゅう)》。

流麗(りゅうれい)たる水の精霊、剣槍鎌矛(けんそうれんむ)となりて──」

 フィオナもまた構築した魔法を詠唱する。彼女にもまた負けられない意地がある。

 互いの間に遮る物はなく、ただ己が魔法を作り上げる。両者の眼前の空間には、多重の魔法陣が構成されていく。臨界まで高まり溢れ出した魔力に耐えきれず、円柱はもはや塵芥と化し元の石室へと戻っている。

 カイルとフィオナは同時に詠唱の結びを高らかに宣言する。

「吠え叫べ!」

「狂い咲け!」

 まるでそう決まっていたかのように、二人は同時に杖を翳した。

神焔(しんえん)赫灼獣(かくしゃくじゅう)ッ!!」

氷武帝(ひょうぶてい)乱舞(らんぶ)!!」

 かくて魔法は放たれる。

 フィオナの眼前の多重魔法陣からは水流で構成された巨大な剣、槍、鎌、矛──、ありとあらゆる刃を持つ武器が無数に射出される。

 対するカイルの魔法陣は線で結ばれ一つの魔法陣となる。そこから現出した炎の獣腕が迫り来る武器の群れを弾き飛ばし、主人の身を護る。そうして魔法陣を突き破るようにそれは顕現した。

 炎で構成された巨大な体躯に、一際赤く輝く鬣。爪と牙は熱により白く発光している。紅蓮の獅子が咆哮を上げる。

 その相貌にフィオナは僅かに身動ぐが、すぐさま杖を振るい直す。水の武具たちは獅子の腕に弾かれたがまだ生きている。射出角度をばらけさせ、タイミングをずらし多段的に殺到させる。

 それを、轟と。

 紅蓮の獅子は咆哮と共に解き放った火炎で吹き飛ばず。水は火を消すという条理を覆し、雄叫びを上げる。

 それでも、武具の大半は蒸発したが、まだ残っている。炎を巻き上げ続ける神獣といえど、生物であるが故の弱点はある。死角となる後頭部目がけて大刀を振り下ろす。

 その極限の戦闘下の判断故に、フィオナは瞬間失念していた。

 これは炎の魔物ではなく、担い手の存在する魔法であるという初歩的な事を。

 カイルのショートワンドの動きに合わせて獅子は回転し、背後から迫る凶刃を紙一重で躱す。そうして指揮棒のように振るわれたカイルの号令に従い、紅蓮の獅子はフィオナへと突撃しその炎を巻き上げた。辺りに熱風を巻き上げ衝撃を撒き放ち、神獣はその役目を終えて光の粒子へと還っていった。

 カイルは脚を引きずりながらフィオナの元へと向かう。

 見ればローブに焼け焦げた後はあるものの、本人は気絶している以外に問題はなさそうであった。

 純粋な魔法によるダメージは肉体よりも先に、まず生命力を削る。命に害が及ぶのはその先、生命力を全て削り守りを無くした肉体を破壊した場合である。こう思えば剣でのやり取りよりよっぽど人道的である。

「とはいえ、目を覚ます前に退散するか」

 合議とは何でもありが冒険者ギルドのモットーではあるが、今回の件は割とグレーである。幸いカイルは名乗っていない。目的を果たしたのだから逃げるが吉である。

 そうしてカイルは、荷物を失い、多くの傷を負い、それでも夢への手形を手に入れてダンジョンを後にした。



 

 

 Epilogue


「つーわけで、激戦の末に俺もいっぱしの魔法使いになった訳よ」

 数日後、結局カイルは酒場で武勇伝と共に紋様の刻まれた腕を冒険者仲間たちに見せびらかしていた。無論、脚色と同時にズルをしてアーティファクトを手に入れた件は誤魔化してである。

「ほー、ついにマジカル器用貧乏スカウトのカイルも廃業かー」

「便利だったのになー」

「るせーよ、なんちゃって魔法使い言うな」

「今日は言ってねーだろー?」

 ゲラゲラと笑いながら、仲間と共に軽口を叩く。

「お前らにも見せてやりたいぜ。俺のカッケー神獣をよ!」

「──興味深い話ね。私も混ぜて貰えるかしら」

 氷のような言葉に、カイルの身が固まる。

「私も魔法使いなのお話混ざってもいいかしら?」

 カイルの横にぴったりつくように、一人の女性が腰掛ける。

 友人たちはやんややんやと騒ぎ立てているが、カイルは引きつった顔で硬直している。

 布を何枚か重ねたような、あちらこちらが手直しされている群青の、丈の長いローブ。少し欠けた、鍔の広い三角帽。背には宝石で装飾された背の丈ほどの長杖。そして聞き覚えのある声。

 フィオナ・ウィズディーンが満面の笑みで、ジョッキ片手に座っていた。

「(何の用だ、糾弾か!?)」

 小声でカイルは必死めに問う。ここでネタばらしをされてはカイルの評判は地に落ちる。

「研究の為よ」

 それに対して、割とあっさりとした表情でフィオナは返した。

「言ったでしょう? 何であろうと研究するって。ならアーティファクトが刻まれた貴方を調べればいいんじゃないって気付いたのよ。ね、カイルさん?」

 先程の会話聞かれていたのか、名前ももはや割れていた。

 これから先の未来を思い、割とアンニュイにカイルは息をついた。


 カイルが手に入れたのはあくまで魔法使いとして大成するための一つの足掛かりに過ぎない。ここで終わっては、まだまだ「なんちゃって魔法使い」は卒業出来ない。

 彼が魔法使いとしての道を歩んでいくのは、また別のお話である。

 

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