6話・幸せのために必要なもの
過ぎたことは考えすぎても仕方ない。
セイラをお父様に引き合わせた事実はどうやってもなくならないのだから、ならば今わたしに出来ることをするしかなかった。
クーリストの幸せに必要こと。絶対条件としてクーリストの生存はもちろんのこと、万一の事態を考えて、私自身が世界を滅亡に導く旅に同行するための準備がいる。
この世界は剣と魔法の世界だから、剣術や魔法を磨く。
将来、世界滅亡の旅に出ると言ったら、お父様やお母様は絶対に反対するだろうけれど、反対されても言いくるめられるだけの実力をつけなければならない。
元々魔法の勉強はしていた。
王家に連なるならば、女の私は剣術はまだしも魔法は使えなければならないからだ。
私の魔法の属性は「火」だ。この世界の魔法はよくある四竦み「火→水→風→土」と相反する「光⇔闇」だ。
光属性は勇者のみに現れる属性で、闇は魔王だけとされている。
だから、一般的には四属性のいずれかに属する。たまに二属性もっている反則的な人もいるが、私は無難に火属性だった。
この属性は大抵の場合、親から子に遺伝する。
私の場合、お父様が「火」でお母様が「水」だったから、火と水のどちらかが顕現する可能性が高かった。
王家は代々水属性だから、本当は私も水のほうがよかったんだろうけど、こればっかりは生まれつきなのでどうしようもない。
確かゲームでのクーリストは水属性だ。
「そこだけは王族らしい」という陰口も含めてよく覚えていますよ、お父様!
カークグリスは珍しい火と水の二属性持ちだったはず。
二属性持ちというのは本当に希少で珍しい。勇者の光属性に次ぐ珍しさだ。
その上、カークグリスの剣術の腕前は剣術師範が打ち負かされるほどだと聞いたこともある。
なんて反則的な王子様だろう。
「カークグリスに剣術教えてもらえないかなぁ……」
ぽつりと呟いた言葉は妙案に思えたが、すぐに頭を左右に振る。
カークグリスはすでに王族としての公務をこなしている。
忙しい彼をこれ以上煩わせてはいけないし、クーリストと婚約が内々に決まっている私が、カークグリスとの接点をこれ以上増やしては要らぬ噂が立つかもしれない。
となれば、だ。気は進まないが、お父様にお願いするしかない。
ぴょん、とイスから飛び降りて、わたしは身支度を整えると、お父様の書斎を目指すことにした。
本日は王城からの持ち帰りの仕事をしているはずなので!
* * *
「ダメだダメだダメだ!!」
「ええー」
「かわいく言ってもダメなものはダメだ!」
お父様に「剣術を習いたいのですが」と告げた途端、大反対の嵐に見舞われていた。
お父様がそこまで頑なに否定する理由がわからず首を傾げるわたしの前で、お父様は手にしている羽ペンをへし折る勢いで拳に力を込めている。その羽ペン、高いやつでは。
まぁ、宰相もしているお父様が持っているものは大抵高いものですが。
「もし! もしも! お前のすべらかな肌にキズでもできようものならお父様は……!」
「……」
親馬鹿ここに炸裂!
いやいやいやいやいやいや、そんな理由で反対されるとは予想外です。さすがに。
遠い目になった私の前で、お父様はぶるぶると震えている。
うわぁ、バイブレーション機能搭載だったんですね、お父様!
と、そんなことは置いておき。剣術を習うのはわたしの中で必須事項だ。
どうしたものかと内心ため息を吐き出していると、書斎の扉がノックされた。
わたしが振り向くのと、一つ咳払いしたお父様がいつも通りを装って返事をしたのは同時だった。
お父様の許可を得て開いた扉の先にはカークグリスとクーリストがいた。
「クーリストさま!」
ぱっと顔を輝かせた私に、クーリストが目を丸くする。隣にいたカークグリスが小さく噴き出した。
「私は無視ですか? ライラ嬢」
「あっ、すみません。ごきげんよう、カークグリスさま」
慌ててふわふわのスカートの裾をつまんでお辞儀をすると、お父様がまたわざとらしい咳払いをした。
わたしとクーリストさまの結婚に唯一否を唱えているというお父様としては娘がクーリストさまにメロメロなのは面白くないのだろう。
「お二方とも、いかがされましたか?」
「陛下から急ぎの書状を預かって参りしました。ちょうど城下町への視察が中止になって暇をしていましたので、散歩がてら私が使いとして参った次第です」
「……なるほど」
にこりと微笑んで告げるカークグリスの笑みはまさに王子様! って感じだ。
お父様は第一王子が使いっぱしりをしている事実に苦い表情をしたけど、それも一瞬。
すぐに表情を取り繕って、近づいてきたカークグリスが差し出した書類を受け取っていた。
「それにしても、なんの騒ぎだったんですか? 扉の外まで声が漏れていましたよ」
にこにこと微笑みながら、お父様が突っ込んでほしくないところを容赦なくつく第一王子。
カークグリスの隣にいるクーリストも不思議そうにお父様を見上げている。
お父様はこほん! と強めの咳払いをしたが、到底誤魔化せる雰囲気ではない。
しかし、お父様も口を開かない。
沈黙が場に落ちて、五つ数えたところで、わたしが暴露することにした。
「お父様に剣術を習いたいとお願いしていたのです。ですが、お父様は「ダメだ!」の一点張りで……」
困っています、と眉を寄せると上からお父様のじとっとした視線が降り注いでいたが、わたしは気にしなかった。
これはクーリストが生存するために必要なことなので。
しかもお父様はクーリストを殺す男なので。
好感度はかなり下がっているので。
「ライラ嬢が剣術を……?」
ぱちり、カークグリスが意外そうに瞬きをした。
わたしは「はい!」と両手を握り締める。
「これからの時代、女だからと守られるだけではダメだと思うのです! わたしは剣を持って人々を救いたいのです!!」
ちょっと演説っぽくなった。そして言ってることがなんか、あれだ。
救国の聖女かなにかっぽい。
でもまぁ、クーリストを救い上げるために必要だと思うので、力説したことに後悔はないが!
じぃっとわたしを見つめるカークグリスさまの碧眼の瞳。空のように澄み渡った青い目はわたしの心を見透かすかのよう。
お父様に見つめられるよりずっと怖い。でも、ここで引くわけにはいかない。
ぐっと拳を握りこんだままカークグリスを挑むように見ていると、ふいにカークグリスが表情を崩した。
ふわり、と。慈しみに満ちた瞳で、笑ったのだ。
(……え?)
どき、と心臓が高鳴るような、酷く優しい笑みだ。
目を見開いたわたしの前で、カークグリスがわたしの前に膝をつく。そしてわたしに手を伸ばして。
頭を、撫でてくれた。
「素晴らしい心構えだね、ライラ嬢。これは私やクーリストに守らせてくれ、というほうが無礼というものだ」
壊れ物を扱うかのような酷く優しい手つきで頭を撫でられて、今まで贈り物はたくさんされたけれど、頭を撫でられたことはなかったから、わたしが混乱する前で、再び立ち上がったカークグリスがお父様に告げる。
「王家に指南している剣術師範を公爵家に通わせましょう。陛下には私から伝えさせていただきます。どうかライラ嬢の意思を尊重して差し上げてください」
「殿下、しかし……」
「ライラ嬢は見た目に似合わず活発なご様子。このまま放っておいては一人で木の棒を振り回して稽古だ、と言い出しかねませんよ」
「む」
まってまってまって、さすがにそれは……するかもしれないな……?
すんと真顔になったわたしの傍にクーリストが近づいてくる。
クーリストが近づいてくれたというだけで嬉しくてわたしが笑顔になると、真面目な表情をしたクーリストがわたしの手を取った。
「ライラ、たとえ剣を学んでも」
「?」
ゆっくりと紡がれる言葉に、わたしが首を傾げると、クーリストは意を決した様子でごくりと唾を飲み込んで、言葉を続けた。
「僕が、きっと守るから」
大きく、目を見開く。
誰かを守ることを知らなかった。
自分を守る術すら知らなかった。
原作では氷の王子様。
そんな、クーリストが。彼が、わたしを、守ると。
嬉しくて、嬉しくて、わたしは、泣きそうなくらい、嬉しくて。
ほろりと涙を流しながら、わたしは満面の笑みで「はい」と告げて、クーリストの手を握り返した。