2話・未来のために必要なこと
「クー、クー」
ああ、だれかがクーを呼んでる。
女の子の声。悲痛な声。悲鳴のように、呼んでいる。
「わたしが、たすけるから。かならず、たすけるから」
おなじだね。おなじことを、かんがえているんだね。
助けるんだ、必ず。クーを、死ぬ運命から。
だって、クーは。
「わたしの、おうじさま」
* * *
(不思議な夢を、見た気がする)
ふと、脳裏をよぎった夢の残滓。
一瞬、本当に一瞬そちらに意識を取られた。その瞬間。
「意識が散っているぞ!」
「っ!」
大声と共に、ガン、と木刀と木刀がぶつかる鈍い音が響いた。散っていた意識を寄せ集める。
いまは王都から護衛兼剣術指南役としてついてきてくれたダレエン先生と剣術の稽古の真っ最中だった。
意識を散らしたわたしが悪いのは当然で、叱責が飛んでくるのは当たり前。
真っ直ぐに先生を見上げて、私は木刀が飛んでいかないように手のひらに力を籠める。
「踏み込め!」
「やあああ!!」
指示を貰って、木刀を大きく振り上げて先生に振りかざす。
だが、正面からやすやすと受け止められた。成人男性と幼い女の子の力の差を考えれば当たり前ではあるのだが、悔しくもある。
先生が軽く力を込めて木刀を押し返すと、そのままわたしは後ろに吹き飛ばされてしまう。
地面に足がめり込むような錯覚。どうにか倒れこむのをこらえて、先生を睨み上げる。
「目に力が戻ったな。そのまま突っ込め!」
「はい!」
わたしはもう一度強く木刀を握り締めて、先生に駆け寄って木刀を振りかぶった。
「ライラさまはどうして剣術のお稽古をされるのですか?」
今日の稽古は終わりだと告げられて、順番を待ってくれていたクーと交代した。
ダレエル先生に、クーがさっきまでのわたしのように打ち込んでいるのを汗を拭いながら見詰めていると、いつの間にか庭園に顔を出していたらしいフレーレに問いかけられる。
わたしは少し考えて首を傾げる。
わたしのなかで剣術と魔術を磨くことは、この先の未来を知っていればこそ必要なことだ。未来を見通す聖女であるフレーレに隠す必要はないとはいえ、人目のある中庭という場所では、さすがにフレーレにそれを伝えることは難しい。
だからわたしはにこりと笑った。少しだけ令嬢らしくないかもしれない、闊達な笑みで。
「守りたい人を、守るためです!」
はっきりと言い切ったわたしに、フレーレは少しだけ目を丸くして、それからおっとりと微笑んだ。
「それはとてもすてきなことですね」
「フレーレさまもでしょう?」
「え?」
わたしの問いかけにフレーレはちょっとだけ不思議そうにする。
だから、わたしは悪戯っ子の笑みで笑った。
「フレーレさまも、大切な人を守るためにがんばってるじゃないですか」
隣国まで二週間の旅をして、クーに求婚した。将来クーが死ぬことで嘆く人の心を守ろうと。
その人に恋をしたから、と。
二週間の旅をした今だからわかる。
幼い身体には隣国とはいえ、この世界で国を跨ぐのは苛酷な旅だ。
それでもフレーレは守りたいと願った。恋する人の心を。
それは、わたしが剣術と魔術の腕を磨くのと、何ら変わりないと思うのだ。
わたしの言葉にフレーレはゆるゆると微笑んだ。頬を赤く染めて、嬉しそうにこくんと頷く。
「はい、そうですね」
その表情は恋する女の子のそれで、わたしたちは顔を見合わせてふくふくと笑いあった。
* * *
「ライラさま、お着替えはこちらです」
「ありがとう、セイラ」
一日のルーティーンの一つである剣術の稽古を終えて、浴室を借りて汗を流したわたしにセイラが差し出したのは公爵家から持ってきた品の良いドレスだ。
オレンジ色のドレスはわたしの金色の髪より少しだけ色が濃い。
セイラに手伝ってもらってドレスに着替えて、与えられた客間に戻る。
少しだけ休憩したら、次は魔術の勉強が待っている。
魔術は理論から学ばないといけないので、これまた公爵家からついてきてくれた専属の家庭教師に教わることになる。
クーも王家から連れてきている家庭教師に教わっている。
子供にとって一年の差は大きい。
わたしとクーでは学んでいる範囲が違うので、一緒に勉強することはできない。
そもそも、私は「火」属性で、クーは「水」属性なので、学ぶべき属性からして違う。
遊学して、少しだけクーとの距離が縮まったと思っていた。でも、実際には一緒にいられる時間は思ったより少なくて、ちょっとだけ面白くない。
本当に少しだけ、不満が顔に出ていたらしい。セイラが困ったように眉を寄せる。
「ライラ様、魔術の勉強は嫌ですか?」
「ちがうの、クーさまと一緒に勉強できたらすてきなのにな、っておもっただけなの」
「一緒に?」
「そうよ。下町ではね、子どもたちは一人の先生におおぜいがおなじことをならうのよ」
学校のシステムを簡単に説明したわたしに、セイラが興味深そうにうなずく。
思えば、セイラは学校や勉強とは縁遠いはずで、わたしはいまさらながらに自分の我儘が恥ずかしくなった。
この世界では、学べるだけ贅沢なのだ。それが専属の家庭教師ともなれば、なおさらだ。
(感覚、ちょっと麻痺してるかも)
贅沢に慣れている。
公爵令嬢ライラとしては仕方ないとわかっていても、世間との常識の乖離はそのうち足元を救われる気がする。
公爵令嬢としての日常に支障が出ない程度に意識してなおした方がいいかもしれない。
ふう、と浅く息を吐き出す。頬をぐにぐにと両手で揉んで、わたし笑顔を作った。
「だいじょうぶよ、セイラ! 勉強はすきだから!」
うそ、本当は勉強は苦手だ。好きじゃない。
でも、そんなことをいっていたら、クーを救えない。救える可能性を自分で消してしまう。
だから、笑う。言い聞かせる。自分自身に。
「さ、客間にもどりましょう。午後も予定がいっぱいだわ!」
明るく笑うわたしに、セイラがぐっと言葉を飲み込んだのがわかった。
でも、あえて気づかないふりをする。
わたしはライラ・フォン・アラベリア。クーの婚約者。
だから、クーの隣に並ぶために必要な勉強には貪欲にならなくちゃ。
クーの命を助けてそこで終わりではないのだから。クーと並んで歩む、未来のために。




